魔女と僕の選択④
こうなったら、私の昔話を話そうと思うわと彼女は言った。
どうせ話をするのなら、ちょっと静かで邪魔の入らないところにしましょうか。
そうして僕は先頭を歩く彼女の後ろについて、歩いた。
彼女の向かった先は、廃駅だった。
僕はこんなところに廃駅があっただなんて知らなくて驚いた。
彼女に促されるまま、駅のホームにあるベンチに並んで座った。
「私にはあるとき以前の記憶がないの。ある意味で記憶喪失、君らの尺度で言えばあってもなくても変わらないくらい遠い遠い奥なんだけどね」
彼女が話す姿はちょっと寂しそうだった。
「それでね、これから話すことは私が魔女になった話と彼の話をちょっとだけ」
そういうと彼女は自分の過去を静かに語り始めた。
私は気が付いたらそこにそこに居た。
それ以前の記憶はなく、自分が何者なのかさえわからなかった。
だけど傍らに私の手を引く、老人。
おそらくは祖母が居た。
祖母との生活は短かった、おそらく祖母だとされる人は私が私としての記憶が始まってから5年くらいで居なくなった。
死んだ、とかではなくて、居なくなった。
いつ、何があって居なくなったのかはわからないけど、神隠しにあったかのようにある日突然すべてのものがつい数舜まで使われていたかのようにそのままの状態で居なくなってしまった。
私は周囲の人たちに聞いた、私の祖母はどこに行ったのかと。
でも、みんなの反応は常に同じであった。
みんな口を揃えて言うのだ『そんな老婆を知らない』と。
私は何度も尋ね、探した。
初めこそ丁寧に接してくれていた人たちも、2度3度と聞くうちに鬱陶しがられ。
変なものにでも取りつかれたのかと街で噂までされるようになった。
街中を朝も夜もなく、何度も日が落ちるのを見届けながらも、何日も祖母を探した。
私はついぞ5年間の間に祖母に自分のルーツや、両親の存在さえも聞くことはなかった。
何故聞かなかったかと問われれば、別に不便に思うようなことがなかったのと二人での生活に満足もしていた。
あとはなんとなくその話題には触れるべきではないのだろうなという空気も感じていたからだろう。
もしかしたら、彼女であれば不快な顔すらせず教えてくれたかもしれない。
たけど、そんな彼女はどこかへ私を残して消えてしまった。
祖母が居なくなってから、私は祖母と住んでいた家に一人で生活を続けていたある日。
窓を割って、石が投げ込まれた。
石を拾うと側には魔女は出ていけ、という紙が落ちていた。
どうやら紙を石に巻き、この部屋に投げ込んだらしい。
その紙を見ているとなんだから涙が出てきた。
私はただ祖母を待っているだけなのに……。
それから私は祖母を探しつつ、自分のルーツを知るために旅に出ることにした。
最低限のものと、祖母につながりそうなもの、そしてお金に換えられそうなものを持ちそれ以外はそのまま置いていくことにした。
私は出来るだけ深いフードを選び、目立たないように目深に被り、出来るだけ女とわからないように体の線が消える服装を着て家を出た。
少し薄明るい早朝を選んで出たせいか、街にはほとんど人はおらず、誰かに声を掛けられることなくそのまま街を出ることが出来た。
街を出て、ふと立ち止まった。
街を出ることばかり考えていたせいで、どこに向かうのか、目的地を決めることなく勢いだけで出てきてしまった。
ハッと思った時には東側から出てしまっていて、これからどこに向かおうとも考えてなかったのでとりあえずそのまま東を目指した。
東を目指して歩き始め、何度か野宿を繰り返したのちようやく新しい街が見えてきた。
新しい街に入ったが、資金もあまりなく途方に暮れていた。
あたりが暗くなると、建物の隅で蹲って座り込んだ。
お腹がぐぅ~っとなる。
それを我慢しながら一生懸命寝ようとすると、ある男たちに声を掛けられた。
「おい。そこの。腹減ってるなら、うちに来るか?」
そのうちの一人から声を掛けられる。
後になって私を見て後ろの男たちはニタニタと笑っていた気がするけれど、その時の私にはただの善意にしか感じなかった。
彼らについて行き、家に入ると私はベッドへと押し倒された。
「お前の飯の前に、俺らがお前を食べてやるよ」
そう下種のような口調で彼らの一人は言い、私の衣服を剥ごうとした。
その間必死に抵抗したが、他の男たちに体を押さえつけられ、何も抵抗できなくされる。
必死に何かされるという恐怖と、そこから抜け出したいという思いで溢れそうになった瞬間――
辺りに衝撃波が走る。
自分を押さえつけてた男も、私を襲おうとしていた男もみんな建物の壁に叩きつけられる。
「お前、いったい何をした!!」
私は怯え、自分でも何が起きたのか全く分からない。
「クソ、なんだよ。この得体のしれない気持ち悪い女はよ!!」
そう男の一人は吐き捨てた。
私の前に居て吹き飛ばされた男が、再度私に近づく。
今しかないと思い、その男に渾身のタックルをする。
男もろとも倒れ込み、男はそのまま壁に頭を打ち付け気を失った。
激高した男のうちの一人が刃物をちらつかせながら距離を詰めてくる。
男の後ろに扉がある。
私は必死にそこから逃れるために、もう一度今度はその男へ飛び掛かった。
男は必死にナイフを振るい、そのナイフは私の脇腹の辺りに刺さった。
刺さった瞬間の痛みに顔をしかめたが、彼は私に刺してしまったということに動揺した。
その隙に脇腹に刺さったままのナイフもそのままに後ろの扉から転げ出る様に逃げ出た。
後ろからおいっ、とか待てっ、とか声だけが追いかけてくるが、その声も振り切った。
脇腹から零れる血で彼らが本当jに私を見つけようとするのならば、時間の問題だろう。
だけどこんな浮浪者を本気で追いかけてくる人間などいないだろう。
きっと狐につままれた程度にしか思ってない。
私は刺さったままになっているナイフの部分がじくじく痛む痛みに耐えられず、座り込んでしまう。
「いてて……」
痛みで声が出ない、血も相当流したような気がする。
なんだか頭もぼーっとするし、私はきっとこのまま死ぬのだろうなぁ。
ああ、おばあさんともう一度ごはんを食べたかった。
ああ、あんな甘言に惑わされなければ、一日食べないぐらい何てことなかったのに。
体を仰向けに地面に転がしながら、後悔だけが募る。
ぼーっとする意識の中、なんとかナイフを体から引き抜く。
引き抜く最中痛みで、何度か意識が飛びそうになったり、引き戻されたりと繰り返した。
カランッ――
ナイフをようやくのこと引き抜いて、地面に捨てる。
蓋がなくなったせいで、刺さっていた時よりも血が溢れる。
右手で血があふれ出る傷口を抑える。
もう助からないだろうな……、そう思いながらもあんな下種のものを体に入れたままの状況の方が許せなった。
バイバイ……。
心の中で呟くと、私は死へと意識を手放した。
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