魔女と僕の選択⑤

 ――――

「おい――」

「おい、君――」

「おい、おい、大丈夫か」

 おじさんぽい声に私は目が覚めた。

「君、大丈夫か、こんなところで寝るもんじゃないぞ」

 私はハッとなって状態を起こして、体をまさぐる。

 体に傷がない――。

 服も襲われる前のままだ。

 私は時が止まったかのように混乱をした。

 体のあちこちをまさぐるが手に一切の血が付かない。

 上半身を起こして座り込んだまま、混乱で停止していた。

 自分の周りを見渡しても、血の跡すらなかった。

 あれだけ血を流していたのなら、ちょっとした血の池ぐらい出来ていても不思議でもないのに……。

 その間もおじさんは、何度も声を掛けてくれたが私が反応を示さないので「大丈夫か……」と言って立ち去っていった。

 思考が現実に帰り、見渡すと私が道のど真ん中で寝ていたことが分かった。

 幸いにしてまだそこまで人の往来はないが、通る人たちは私を怪訝そうな顔で遠巻きに見ながら歩き去っていく。

 さすがに移動しようと、立ち上がり近くの建物まで歩く。

 建物陰に入り、改めて体を撫でまわした。

 やはり血の痕跡どころか、ナイフに刺された形跡すらない。

 刺されたであろう部分を、服を脱ぎ確認したが結局何も残っていなかった。

 その辺に転がっていたちょっと尖った石を拾い、試しに指先を切ってみる。

「痛っ」

 普通に痛かった。

 切り口からは血が滴り、その落ちた雫が地面に跡を残す。

 指を口で咥え、指を舐めながら。

 普通に痛いし、舐めたら余裕で血の味がするじゃん!!

 私は昨夜の出来事を、恐怖のあまり本当はなかった出来事とごっちゃにしてしまったのだろうと結論づけた。

 少し休むと、本当は少しこの街に滞在したかったけど昨夜襲ってきた男たちにまた見つからないとは限らないから、街から移動することに決めた。

 街から出ると特に整備はされてないむき出しの土の道が目の前に続いている。

 だが往来はあるようで地面は固くなって道になっている。

 この道を行けばどこかの街には繋がっているだろうと、今度はこの道に沿って歩き始めた。

 道の両側には薄暗い森が広がっている。

 時折ガサガサと森の中で草が何かに擦れる音がしている。

 私はその音から何かが出てくるのかと、音が聞こえるたびにドキドキした。

「たった一人で、こういう夜道を歩くのはやっぱり怖いな……。道中で気のよさそうなキャラバンがいれば同行させて貰おうか……。でも、また襲われるのは嫌だなぁ…………」

 一人でブツブツと呟きながら歩く。

 早朝から歩くも、結局誰も通りかかることはなかった。

 辺りが暗くなり、この辺で野宿をしようと薪を集めに森に入った。

 落ちた枝を拾っているうちに少し奥に入ってしまった。

 すっかりと落ちた陽と、それ以上に重なる葉が光を通さない木々。

 近くでガサガサと音がしたとき「しまった!?」と思った。

 だけどもう手遅れ。

 手に小さなナイフを持ち、どこから襲われても良いように身構えるがなかなか襲ってはこない。

 しばらく耳を澄ませるが、音が突然しなくなった。

 そのまま音がしていた方へ意識を集中させる。

 しばらく凝視しても、何も反応がない。

 ふっと息を抜いた瞬間、それは襲い掛かってきた。

 息を抜いた瞬間だったから、反応が遅れた。

 その大きな狼は私に馬乗りになって、体に爪を立てる。

 なんとか一度その狼を押しのけるが、今度はその狼は姿を隠すことなく睨みあう。

 私はてっきりその狼しかしないと思い込んでいた、思い込まされてしまっていた。

 真横から別の狼が私にめがけて、飛び掛かってきた。

 一瞬気を取られるが、殴り飛ばして難を流れる。

 視線を戻した時にはそこにさっきの大きな狼は居ない――

 今度は三匹が一度に襲い掛かってくる。

 それぞれの狼に腕やら肩やらをガブガブ嚙まれたり、ズタズタに引き裂かれる。

 手に持ったナイフでそのうちの一体の喉を切り裂き蹴り飛ばす。

 そこから二匹増え、三匹増え、必死に抵抗をしたが、数で押し切られズタズタにされ、体の肉を食われる感触と振動だけがする。

 なんとか、二、三匹程度は屠ったが、結局はその狼たちの糧となった。

 肉や内臓まで食われ、片目も潰されたのか半分見えない、かろうじて見える視界には自分の肉や骨が見え隠れする。

 今度こそ終わったと思った。

 痛みもここまで八つ裂きにされると感じないんだなぁと思いながら、もうちょっと幸せになりたかったなと思った。

「こうして私は中身を狼たちに食われて、内臓をグチャグチャに食い散らかされたり、骨だけになったりしたのでした」

 あの時は腸とかも飛び出してた、びろーんって。

 懐かしそうに自身のグロテスク体験を語ると彼女は昔話もおしまいという感じで、おちゃらけた風に締めた。

「いま、普通に生きてんじゃん」

 僕は唐突な締めに突っ込みを入れた。

「それからも、何度か同じような目にあったりしてー。ようやく、あっ自分って死なないんだって思ったんだよね」

 彼女はそれらもさもなんでもなかったかのように語る。

 それでも、当時の彼女にとっては辛い出来事だったはずだ。

 なにせ、痛み自体は未だ無くなってないはずなのだ。

 でなければ箱の中での攻撃に苦悶の声や声が出るはずない。

「それにさ、歳も取らないの。あなたからしたら大分おばあちゃんだからね」

 歳を取らないことに気づくのはそれから40年くらい経ってからだけどねと彼女は笑った。

 彼女の見た目は僕よりもちょっと歳が上に見えるくらいしか変わらなく見える。

 ピピピピピピピピ――

 「彼の話だけど――」

 何かの音と彼女の会話が重なる。

「ちょっと、ごめん」といって、カバンからスマホを取り出した。

 ショッキングピンク色をした、なんとも彼女らしい色のスマホだなと思いながら取り出すスマホを見た。

 彼女は電話越しに何かしらのこちらには会話の内容が想像つかない応答する。

 「じゃあまたあとで」そう言って通話を終えた。

 スマホはすぐにしまわず、スマホに付けたストラップをブラブラとさせたまま。

 「ごめん、話の続きはまた今度。本当にごめん」といい、僕を残して立ち去ってしまった。

「彼女は不老不死なのか……」僕もそこに独り言を残し、立ち去った。

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