第8話 未来の行政
とりあえず、未来において、何か少しでも話ができる人が欲しかった。何となくこの時代の話を聞かせてくれた人は、あまりいろいろなことに興味を持っていないようだった。この時代の人間は、良くも悪くも静かで、余計なことを話さない人が多いという印象だった。
数日が経った、生活は何とか、この時代のお金を使うことができることから不自由はない。
不自由がないどころか、金銭感覚の違いが三十年でここまで顕著とは思わなかったが、自分たちが使っていたお金は、ここでは相当な価値を持っているようだった。
この時代のお金にすると、令和三年から持ってきた自分の全財産が、五万円だったが、ここでは、その百倍くらいの価値があるようだ。まるで、円をドルで両替したかのような感覚だ。
そして、額面上の価値は令和三年と変わらない。したがって、一日しか過ごせないお金であれば、こちらにくれば、三か月以上遊んで暮らせるということだ。
「これだけの金があれば、十円は安泰なくらいではないか」
と考えた。
さっきまで科学者としての張り詰めた気持ちが、お金を見たとたん、急に気が緩んできた。令和三年では研究に必死になっていて、遊ぶなどという感覚はまったくなかった。
「タイムマシンの開発」
それだけが目標であり、生きがいだった。
だが、それだけに、タイムマシンの完成は自分の中に一筋の影を見せるのではないかという危惧は持っていた。
「目標を達成すれば、これからは何を目標に生きればいいんだ。いくら遊んで暮らせるだけのお金をもらっても、比較になるものではない」
と思っていたはずなのに、未来の世界にやってきて、急に百倍もの富が入ればどういう感覚になるか、創造とは違っていた。
そもそも、令和三年であれば、もっと冷めた感覚になっていただろう。しかし、ここは知らない世界。今のところ戻れる可能性は低い。下手をすれば、ここで生きていかなければいけないだろう。
そう思うと、寂しさがこみあげてきて、今まで自分が何のために頑張ってきたのか分からなくなってきた。
「未来にやってきて取り残されるために、タイムマシンを開発したのか?」
と思うと、まるで自分が入る墓を自分で掘っていたという、
「墓穴を掘らされた」
というのと同じではないか。
しかし、あくまでも研究は自分にとっての、
「趣味と実益を兼ねた事業」
だったのだ。
それを覆えば、自業自得でもある。そう考えると、ここで手に入ったお金を自由に使うくらいの贅沢はありではないだろうか。
まったく楽しいことも遊びもしたことがない。。女性と付き合ったこともなければ、友達とそこかに遊びに行くということもない。テレビも見ないい、情報など、まるで子供並みであった。
頭の中には計算式と論理が飛び交っている。他のことはすべてシャットアウトしていた。だからこそ、一人で未来に行こうなどという暴挙ができたのだろう。
自分の発明に対しての驕りと、他人の意見をまともに聞かないエゴとがまじりあっていたのだろう。それに、
「自分で発明したものは自分で検証する」
という建前であるが、手柄を人に取られたくないという思いもあったに違いない。
そんな思いを抱きながらやってきたこの世界、
「やっぱりやめておけばよかった」
と思ったがすでに後の祭りだった。
「こうなったら、せっかくこっちにいるのだから、ずっといたと思い、しかも、急に毛ね持ちになったのだから、今までできなかったことを何でもやってやろう」
と思った。
しかし悲しいかな、遊びを知らない松岡は、
「庶民の楽しみって何だろう?」
というところから入ったのであった。
まず気になったのが、女性を知らないということだ。ハッキリ言って、童貞である。この時代の童貞率がどれくらいなのかは分からないが、自分の研究所には童貞が多かった。もちろん、研究室で頑張っていると、女性と知り合う機会などあろうはずもない。
他の連中がどうだったのか分からないが、せっかくこの時代にきたのだから、風俗習慣がどうなのか、気になるところであった。
色街というと、相当古いのだろうが、よく見ると、ローマ字でそう書かれていた。ネオンサインはそこまではなく、よくテレビや週刊誌などで見る、新宿歌舞伎町などのようなケバケバしさはなかった。
よく見ると、ソープランドと書かれていた。そこがどういうところかを知らないわけはない。
「せっかくだから、行ってみよう」
と思った。
お金は腐るほどあるのだ。この世界では、百万円札があるようで、昼間のうちに両替してついでに、預金をと考えたが、考えてみれば、身分証明書もないのに、口座が開設できるわけはないと思っていたところに、
「証明書なしで口座が開設できます。ただし、期間限定です」
と書かれていた。
「そういうサービスもあるのか、さすが銀行もあの手この手だな」
と思い、指紋認証だけで、口座が開設できた。
「今は、昔と違ってスピード以外には、簡易さが求められるからですね」
というので、
「でも、身分証明なしの指紋だけって、大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫です。指紋から遺伝子が分かるので、DNA鑑定みたいなものですよ」
という。
しかも、口座への預金も限度はないとのこと。ただし引き落としに関しては結構厳しいようで、そこのセキュリティはしっかりしているようだ。引き落としなどは今回関係ないので、口座だけ開設し、預金しておいた。
一応、今回は百万円だけ持って出かけるのに、十万円札十枚を財布に入れた。
ソープの値段は、総額で六万円だということだ。令和三年でも、六万円というと、まあまあくらいではないか。そう思うと、この日の感覚からすれば、六万円は別にもったいなくはなかった。
童貞を捨てる相手は、別に好きな人でなければいけないなどという健気な考えを持っているわけではなかった。ただ、童貞を捨てる時間よりも、研究に熱中する時間の方が今までは貴重だっただけだ。
価値観の問題と言ってしまえばそうなのだが、開発も一段落、これまでやりたくてもできなかったことを片っ端からやってみたいとまでは思わなかったが、通りかかったのが、いわゆる、
「色街」
である。このまま、通り過ぎるにはあまりにも後ろ髪を引かれたのだ。
何よりも、気持ちがすでに、中に向いていた。身体も十分に反応している。
「こんなにドキドキが心地いいものなんだ」
と思った。
まるで、テストで百点を取って、そのご褒美に好きなものを買ってもらうということで、親から連れて行ってもらうおもちゃ屋さんの前にいるような感覚だった。
今回の童貞卒業は、曲がりなりにもタイムマシンを完成させることができたご褒美なのだ。あの時のドキドキを彷彿させ、気持ちよさが身体の奥からこみあげてくる。
中に入ると、昔のポン引きのお兄さんが、
「兄さん、ええ娘いまっせ」
と、まるで昭和を彷彿させるようだった。
――令和の風俗はどこに行ったんだ?
と思った。
ただ、お兄さんは声を掛けるだけで、こちらが興味を示さないと、すぐに中に入っていった。令和の頃だと、声を掛けないくせに、表をウロウロしているスタッフがいたりして、却ってこっちが気を遣うというおかしな状況があったりするものだ。
松岡は店に入ったことはなかったが、風俗街を歩いたことはあった。もちろん、一人ではなく、何人かであったが、店に入るつもりはなく、それなのに歩いている自分たちが本当は悪いのだが、相手が声をまったく掛けてこずに、睨みさえ感じたのは、あの男たちなりに、こっち中に入ろうという意識がないことを分かっていたということなのだろう。
だが、この時代のスタッフと思しき人たちは、こちらが話しかけないとまったくの無視で、睨んでくることもない。やはり、三十年でかなり違ってきたのだろうか?
そう思って歩いていると、一人の女性が声を掛けてきた。昭和であれば、ちょっとまずいと思わなければいけないのだろうが、その時の松岡はそんなことは微塵も感じなかった。
「お兄さんは、童貞なのかしら?」
と言ってきた。
「はい、そうですが、よく分かりましたね」
と、本当であれば、照れ臭くて顔を合わせることのできない質問に対して、こうも違和感なく答えられるなど、自分でも分からなかった。
「どうやら、私があなたを童貞だってどうして分かったかって、不思議そうですね?」
というので、
「あっ、いや」
としどろもどろになっていると、
「私には分かるというよりも、普通、女性であれば分かるものですよ。男性だって、見慣れれば女性を処女かどうかというのは、すぐに分かりますよ」
というではないか、
「何か態度に特徴があるんですか?」
「態度もそうですけど、顔に、経験があるかないかの見分けがつくところがあるんですよ。それさえ分かれば、あとは態度を見れば見当はつきます。ところであなたは失礼ですが、見た目は、二十代後半くらいに見えますが、間違っていればすみません」
と言ってきた。
「まあ、そうですね。でも、そんなにこの年で童貞って珍しいですか?」
と、松岡がその女性がこちらを見る目を気にしているのに対して答えると、さらに彼女はまた目を少し細めて、明らかに訝しがっている。
彼女は年齢的には自分と同じくらいだろうか。表にいるということは、どこかのお店のスタッフなのかも知れない。
「あなたがどちらから来たのかはよく分かりませんが、どうやら、この土地の人ではないということは分かりました」
というではないか。
「どういうことでしょう?」
と聞くと、話をはぐらかして、
「分かりました。無理にとは言いませんが、うちのお店の女の子と遊んでやっていただけませんか?」
というではないか。
言っていることは、完全な客引きなのだが、松岡にはそれだけではないような気がしてきた。彼女の言い分をそのまま受けるのは癪だという思いはあったのだが、何しろこの時代に関して何も分かっていないし、こんな自分に声を掛けてきたというのも何かの縁な気がする。入ってみることにした。
中で写真を見せてもらい、皆アイドル化女優のようなイメージで、さらに妖艶さを含んでいることから、なかなか選べない自分が優柔不断に見られるのが、どうも嫌だった。しかし、何度か写真を見ているうちに、自分の好みにドストライクの女性がいることに気づき、
「この娘にします」
と言って、指を差した。
今まで自分がどういう女性がタイプなのかということを、まったく分かっていなかった。というよりも、考えたことがなかったと言ってもいいくらいで、実際に写真を見ただけで、そんなにビッタリとしたインスピレーションに引っかかってくるなんて思ってもみなかった。
しかし、こういう店は、パネマジがあるということを聞いたことがある。
「写真写りがやたらといい女の子がいるから、パネマジには引っかからないようにしないとな」
と、言われたことがあった。
「パネマジ?」
「パネルマジックのことさ。光の角度やカメラの性能で、必要以上に綺麗に写すテクニックさ、アイドルの写真なんかにはよくあるけどな」
と言っていた。
「なるほど、写真を先に見て、テレビを見た時、幻滅したアイドルもいたっけな」
というと、
「そうさ。ひっかかっちゃだめだぞ」
と、いかにも先輩ぶって言われたが、その時は、半分鵜呑みにはしていなかった。
それが本当であっても、その時の自分には関係ないと思っていたのだ。それだけ研究に熱心だったということだ。
待合室で待っている時間が、これほど長く感じるとは思ってもいなかった。他の客が誰もいなかったのはよかった気がしたが、こんな時でも一抹の寂しさを感じるのかと思うほど、少し気になってしまった。
タバコは吸わない松岡だったが、他の人がいないのは幸いだった、テーブルの上にはシガレットケースとライター、それに灰皿が置かれている。すべてが金色で、薄暗がりの待合室の中でも光って見えたくらいだった。
「受動喫煙は、どうなったんだ?」
と感じたが、ついさっきも同じことを感じた気がした。
あの時は、途中で意識が朦朧とした気がしたが、確かファミレスでのことだったはずだ。
「あの時、結局どうなったんだろう?」
思い出せなかった。
この世界に来てから見るものすべてが珍しいと思うか、懐かしいと思うかのどちらかなのだが、どうもそのすべての意識が中途半端で終わってしまっているように思えて仕方がなかった。
そんなことを考えていると、今度は男のスタッフがやってきて、自分の前にひざまずくと、
「お客様、お待たせいたしました。ご案内いたします」
と言って、まるで自分の執事か奴隷のような態度だった。
さすが高級店、一味違うと思った。今まで入ったこともないくせに、なぜか懐かしさを感じる。それはスタッフに案内されて、女の子と対面した時にも思ったことだった。
スタッフに誘導されて、
「このカーテンの向こうに、女の子がおります。どうぞ、ごゆっくり行ってらっしゃいませ」
と、まるでホテルのフロントマンのようだった。
カーテンを開けると待望のご対面、どうやら、一番興奮が最高潮なのはこの瞬間なのではないかと思った。
「いらっしゃいませ。りえでございます」
と、自分が選んだりえ嬢が、膝をと三つ指をついて迎えてくれた。
ワンピースというべきか、シースルーのネグリジェのような姿で迎えてくれたりえ嬢は、なかなか顔を上げようとしない。
それは、なかなか上げないのではなく、自分が勝手に時間をゆっくり動かしているかのようだった。まるでスローモーションでも見ているかのような素振りで、りえ嬢は顔を上げたのだった。
上目遣いのりえ嬢に、すっかり参ってしまった松岡は、ムーンとした空気が鼻を突いたかのように感じ、その匂いがりえ嬢からしてくることに、身体がすっかり反応してしまった。
「どこかで見たことがあるような……」
と感じたが、りえ嬢はまったく表情を変えようとはしない。
考えてみれば、ここは初めてやってきた三十年後の世界。りえ嬢を知っているわけなどあるはずないではないか。
だが、その顔に懐かしさを感じたのは、高校時代に、バスの中で見ていた近くの女子高に通う女の子に似ていたからだった。
あれは初恋だったのかも知れない。
まだ当時は、将来どうしようかなどということを考える前だったので、
「研究に没頭しているので、他のことは考えられない」
などという言い訳もなかった。
だが、何でもできた時期でもあった。そのくせ、何でもできるという意識があったくせに、結局何もしなかった。いやできなかったのだ。何をどのようにすればいいのか、それすら分からない。分かっていれば当然分かってくる。その時の彼女に一声くらい掛ければよかったとは後になって後悔したこと。
後悔はしたが、
「あれでよかったんだ」
とすぐに思った。
声を掛けていたとして、その後何をどのようにすればいいのか、まったく分かっていない。声を掛けられなかったのは、そのことを自分の中で無意識に分かっていたからだ。冷静になって考えれば、どんなに気が動転していても、答えを見つけることができる。それがその後の自分が研究をすることになったタイムマシンに対しての姿勢であった。
だが、今回はもうあの頃の自分ではない。一つのことに集中しやり遂げたのだ。そのせいでこんなことになってはいるが、研究に対しては一切後悔していない。それだけ自分が出した成果が大きかったのかということを示しているのだった。
「お客さん、童貞のようですね?」
と言われ、少し恥ずかしがっていると、
「お客さんは、どちらから来られたんですか?」
という話になった。
「いや、さっきもね。表にいた女性スタッフから同じことを聞かれて、さっきは話をはぐらかされたんだけど、その気になっていたことを、りえさんからまさかこのお部屋で言われるとは思っていなかったので、少しビックリしているところなんですよ」
というと、
「うふっ」
と、ニッコリと笑ったかと思うと、
「それはきっと、表でしてはいけない会話だからでしょうね」
というではないか?
「私がどこから来たのかということをですか?」
「ええ、そうです。どうやら、あなたは、少なくともこの県の人間ではないということは分かりました。ただ、それだけではないですよね? 正直まったく事情を分かっていないように思ったんですが」
というので、
「ああ、まあ、そうなんですが、そのあたりはオブラートに包みたいということでいいですか? とりあえず、私もここがどういう街なのか、正直戸惑っています。できれば教えてほしいと思っています」
というと、
「分かりました。たぶん、あなたが違う世界からやってきた人だという意識で話をさせてもらいたいと思うんですが、この世界では、県によって、それぞれ法律が違っているんです」
「えっ、それって合衆国のような感じですか?」
「少し違いますが、ほとんどそれに近いと思ってもらっていいと思います。昔の条例が法律と同じで、裁判などでも、大きな効力を発揮します。だから、越県した時は、国境を渡ったかのような感じで、そうですね。ちょうどヨーロッパのような感じだと言っていいかも知れないですね」
「じゃあ、貨幣はどうなるんですか?」
「それは日本全国で共通です。でも、税金はそれぞれの県に収めることになるので、中央政府は存在しますが、行政の運営の主体は、書く都道府県なんですよ」
「そうなんですね」
「日本という国は、二十年前に一度、国家が崩壊しています。そこから立ち直るのに十五年が掛かって、やっと最近、軌道に乗ってきたというところでしょうか?」
「じゃあ、崩壊後の日本は、混乱していたんでしょうね?」
「世界の各国や国連が崩壊した日本をどのようにするかということで、各地域を一つの国とするように考えたんですが、それもうまくいかず、今のようになりました。アメリカの州よりも、厳格なところがあるくらいです」
「日本は変わってしまったんですね……」
「それで、この県の独自の法律として、成人法というのが独自に制定されたんです?」
「成人法?」
「ええ、実際にはもう少し長い名称なんでしょうが、通称で成人法ですね。この法律は、ほとんどの法律は今は満十八歳に達すれば、成人ということになるのですが、これは分かりますよね?」
「ええ」
「そこで、十八歳になったら、二十歳までの間に、男性であれば童貞を、そして女性であれば処女を卒業しなければいけないという条項があるんです」
「ん? それはどういうことでしょうか? 性に対して行政が絡むということは、普通は考えにくいんですが」
というと、
「この考え方には、根拠が二つあります。一つは、少子高齢化がかなり進んでいるということです。全国レベルでは水準を少しずつ上回っている程度だったんですが、この県ではかなり深刻なんです。したがって、結婚をなるべく早くさせて、子供を産んでもらうという考えですね。だから、父親が二十歳から二十五歳までに生まれた子供には県から結構な補助金が出ます。でもその分、それ以降に生まれた子供の分は結構削られるんですよ。そこも難しいところなんですけどね」
「なるほど、じゃあ、もう一つというのは?」
「これは、もっとハッキリとした理由で、性犯罪が爆発的に増えたからです。夜中に女性を襲ったりするのはもちろんなんですが、女性に危害を加えるわけではないんですが、自分の陰部を曝け出す、以前の公然わいせつのような、いわゆるくだらない罪が増えたんです」
「何か、両極端ですね」
「そうなんです。この両極端な犯罪のギャップを政府や専門家が危惧したんです。変質的な犯罪も凶悪な犯罪も、どちらも性的欲求不満から来ているのではないかというね。そこで考えられたのが、童貞や処女を早めに卒業させ、正常な精神状態にさせることで、結構を早めて、それを少子高齢化問題をも一気に解決させたいという思いからの法律なんです。要は、それだけ両極端な状態は危険だったということなんです」
というりえ嬢を見ていると、少し寂しそうにも見えたのだが、
「それで、成功したんですか?」
と、りえ嬢の雰囲気に気づいているにも関わらず、気付かないふりをして、話を続けたのだ。
「一応は、成功のようですね。犯罪も減ってきたし、実際に二十歳過ぎくらいで結婚する人も増えましたからね」
「でも、この話はあくまでも、性犯罪に対してと出産という意味で、恋愛感情にはあまり感知しないところに思えるので、性以外の夫婦生活が円満に行けているんでしょうかね?」
と松岡が聞くと、
「そこはよく分からないんですよ。実はこれは私の常連さんになってくれているお客さんがいるんですけどね。その人が言っていたんですが、人間って飽きが来る動物だっていうんですよ。確かに、恋愛をしている時、彼女とセックスをするのは、楽しかったし、結婚したら幸せなんだろうなって思うんですよ。でも、実際に結婚すると、普段の生活はいいんだけど、セックスになると、急に飽きてきたっていうんですよね。嫌いになったわけではなくて、あれだけ交際中会うたびにホテルに行っていたのに、結婚してしまって、彼女が自分のものになったとたん、達成感が満たされてしまって、今度はその達成感が飽和状態になったというんです。だから、他の肉体を求めるんだってね。だから、彼は私のところに頻繁にきてくれるようになったんですが、ある日聞いたんです。奥さんに飽きたっていっているのに、私には飽きないんですか? ってね」
「それで、その人は何と言っていたんですか?」
「飽きはきていないって。だって、君に対しては達成感という感覚ではなく、癒しを求めに来ているからね。だから、射精した痕の脱力感だって、悪くはないんだよ。妻に対しての背徳感のようなものも少しはあるのかな? って言っていたんです。でも、私は背徳感はないと思っているんです。もちろん、これがお金の絡まない女性相手だと不倫になるということで背徳感があるんでしょうけど、ここまで通ってきてくれると、彼の中で割り切っているはずだと思うんですよ。言い方は変だけど、私は子供にとってのおもちゃのようなものかも知れないと思っているんです」
「あなたはそれでいいんですか?」
「ええ、もちろん構わないわ。だって昔から疑似恋愛を楽しむ気持ちってあるじゃない。例えば、アイドルを追いかけるとか、二次元に嵌るとかね。だから、そういう意味では私はそんな男性にとってのアイドルでいられればいいと思っているし、癒しだと思ってくれれば最高だって思うの」
と言って、顔を真っ赤にしてりえ嬢ははにかんでいた。
それを見ながら、まだ童貞の松岡は、
「この人が俺の童貞を卒業させてくれるんだな。相手にとって不足はない」
と思いながら、彼女の横顔を見て、その癒しに少し感動していた。
彼女の言う通り、確かに話だけを聞いていれば、政策としては、最善の方法なのかも知れないと思ったが、それが最良かどうかと訊かれると、疑問符を感じた。
どこに疑問を感じたのかまでは、正直ハッキリと分かっているわけではなかったが、どちらかというと、何か形式的なところが感じられた。
それはきっとまだ自分が童貞だからという理由と、もう一つは、この世界というのが、本当に自分たちがいた世界の未来なのか、それが怪しい気がするからだ。
彼女のいうように、日本という国が、二十年前に崩壊したということは、何となく頭の中にあったのだが、それはあくまでも最悪のシナリオであり、
「まさかそれが本当のことだったなんて」
と感じると、自分の予感に恐ろしさを感じ、さらに余計にこの世界にいかに関わればいいのか、そもそも、この自分が関わってもいいことなのかどうか、そのあたりがハッキリとしないでいた。
それを思うと松岡は。
「どうしても、余計なことを考えないわけにはいかなかいな」
と感じずにはいられなかった。
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