第4話 未来にないもの
戦後になると、それらの話まで戦争犯罪の範囲に広げられ、問題としては、
「天皇に戦争責任があるのか?」
ということになった、
日本が戦争に負けるということは実質的に確定した時、政府が考えたことは、
「いかに有利になるように講和条約が結べるか」
ということと、
「国体の維持」
が問題だった。
国体というのは、当時の日本の体制で、
「国家元首は天皇であり、国民は天皇を中心とした元首のもと、憲法による統制である立憲君主」
というのが、日本の国体であった。
だからこそ、玉砕であったり、神風特攻隊であったり、本土防衛を基本とする一致団結した考えが持てたのだ。
しかし、令和三年にはどうであろうか?
政府は、伝染病が世界レベルで流行していて、水際対策が緩いのではないかと言われている状況の中で、総勢一万人からなる他国からの選手団とスタッフを受け入れ、オリンピックを開催しようとしているではないか。
「このままで開催すれば、日本民族の滅亡を意味する」
という有識者の判断もあるのに、政府は、
「安心安全なオリンピック開催はできる」
ということを、ただ繰り返しているだけだ。
何の説得力もない。感じることは、
「政府は利権のために、全国民の命を犠牲にして、国家を滅亡させる気か」
ということである。
かつての大日本帝国下での戦時中であっても、まだ人々を説得させるだけの言葉はあった。
しかし、令和三年においては一切ない。
「何をもって安心安全というのか、まったく科学的な根拠うはない」
と自分で言っているようなものだ。
「もし、開催しなければ、莫大な違約金が発生するから」
という理由なのか、それとも、
「自分が総理大臣の時にオリンピックを開催したという称号を得たいだけなのか」
のどちらかであろう。
しかし、開催することで、
「日本を破滅に追い込んだ首相」
として、自分も含めて、民族滅亡の憂き目に遭ったとしても、この言葉は永遠に残り続けるのだ。
歴史の教科書に、写真入りで、
「東京五輪が開催された時の首相」
という名目ではなく、
「国家を滅亡にと追いやった、史上最低の国家元首」
として、ずっと教科書に載るということになるとは、思わないのだろうか?
どれだけネガティブだと言えばいいのだろうか? それとも、ただのバカなのだろうか? これが一国の国家元首だというのだから、開いた口がふさがらないというべきであろうか。
たぶん、オリンピックはするのだろうから、民族が滅亡しているかも知れないということで、
「では、この世界は一体何なのだろう?」
と思ったが、それでも歴史が続いている以上、民族の滅亡は免れたということであろうか?
本当はそのあたりも知りたいのもやまやまだが、
「未来のことを知りすぎるのは、タイムパラドックス的にはよくないことだ」
と言われているし、松岡も同じことを感じている。
先ほどから見ている未来の世界がアンティークなのは、そのあたりのことが繋がっているのかも知れない。
あの時の何かが教訓となっているとすれば、過去に学んで、それぞれに微妙に違う文化を取りいれることを正解と考えたのかも知れない。
そのままマネしただけでは、また同じことを繰り返す、少しでも過去に学ぶことで、国家の滅亡を招かないように、過敏に反応しているのだろう。
「この世界は、きっと、オリンピックを境に、過去に学ぶことを覚えたのではないか?」
と思った。
令和三年時点では、その少し前から歴史に興味を持つ人が増えてきたのだが。それはあくまでも、
「トレンディー」
ということでの興味であった。
「歴女」などと呼ばれる人が増えてきたのも、インスタグラムやSNSの普及が大きかったのかも知れない。
しかし、この時代も歴史に造詣が深そうなのだが、それはトレンディーなどという生易しいものではなく、
「生きていくため、自分たちが生存していくためには必要」
だということなのだろう、
歴史を勉強することは楽しいのだが、その楽しさすら考えようともせず、
「歴史なんて面白くない」
と感じさせたのは。教育の在り方にも問題があるだろう。
「歴史って暗記ものだ」
と考えている人が多いようで、実際には、
「今を生きるための糧であり、さらに教訓なのだ」
ということである。
本来なら、必死に勉強して、自分なりの答えを出さなければいけないものだ。
だが、歴史は勉強して正しく理解さえしていれば、答えを導き出すことなどは、誰にでもできるからだ、
なぜなら、歴史が答えを出してくれているからで、学校で試験問題になるのは、その答えがハッキリと分かっているからであろう。
だが、歴史の本当の答えは、学校での試験問題とは違う。何が違うかということを最初に考える必要があり、その答えが見つかった頃には、歴史の答えがどこにどのように存在しているのかが、分かることになるであろう。
この時代のこの様子は、
「ひょっとすると、かつての歴史の答えをそのまま表しているのかも知れない」
と考えると、ただ、それが自分の知りたい答えに繋がっているという意味での答えだということも一緒に分かった気がした。
そもそも歴史の答えなどというのは、歴史が存在していれば、その瞬間瞬間がどこかの歴史の答えなのかも知れない。
「何かがあるから、今がある」
ということをいう人がいるがまさにその通りだ。
何も結論だけが答えではない。答えを導くためのプロセスも立派な答えなのではないだろうが。
そう考えもせず、
「結論が出ていないから、答えではない」
と考える方が乱暴なのではないかと思えてきた。
答えを求めるということは、当然、それが答えであるという証明も一緒に求められる。つまり、答えに対しての証明が、その間のプロセスであり、プロセスの分からずに答えが分かったとしても、誰がそれを答えだと認めてくれるだろうか?
回答というものは、まわりの納得がなければ答えだとはいえない。ものによっては、自分が認めることで答えだとすることができるものもあるが、余計に自分で納得できるものを無意識に探しているではないか。それと同じである。
「プロセスもなく、それを答えだとして、権力を使って思い込ませようとするのは、令和三年時点の首相や、その取り巻きの政治家の連中と同じではないか」
ということである。
考えてみれば、それが令和三年の首相の一番の罪ではないかとも思える。答えにならないことを強引に答えとして示そうとするから、ありもしない証明をかなぐり捨てて、民主主義を崩壊に追い込み、さらに独裁国家として滅亡に追い込もうとする、もう、怒りしか追いかけてこないなんて、情けないにもほどがあるというものだ。
そういう意味で、未来のこの時代に、過去の回帰があるということは、一度文明としては飽和状態に至ったことで、ここは新しい世界が芽生えたのかも知れない。
彼らにとって、この世界は、自分たちがいた令和三年の未来ではないのではないかとも思えてきた。
「あの、すみません」
と、料理を運んできたウエイトレスに訊いてみた。
ウエイトレスなので、そんなに詳しいことを知っているわけでもないが、ファッションやブームに関しては詳しいのではないかと思ったからだ。
「この時代のこのブームのようなものは、かつて一度流行ったことがあるものですよね?」
ということを聞くと、彼女は少しキョトンとした様子で、考えていたが、
「そんなことはないですよ。この時代の文化は過去に一つもない無双のものですよ。私たちが過去のものを模倣するなんてありえないじゃないですか?」
というのだった。
彼女の言い方は完全に力が籠ったものだった。説得力というのとは少し違っているような気がするが、その様子は、松岡が叱られているかのようだった。
「あ、いや、すみません。おかしな言い方をしてしまいましたね。では、また当たり前のようなことを聞きますが、今は何年ですか?」
と聞くと、
「令和三十二年ですよ。何を分かり切ったことを聞くんです?」
と言って、また怒り出したのを見た店長と思しき人が慌ててやってきて。
「お客様、よろしければ、こちらにお願いできますか?」
と言われて、奥に連れていかれた。
「お客様は、過去から来られたんですか?」
と訊くので、
「ええ、そうですが、どうしてそう思うんですか?」
というと、
「笑われるというのを覚悟でもう師走が。私はちょうど昨日見た夢で、過去の人と話をするという夢を見たんです。ちょうどその夢も店の女の子に過去の人間が不思議なことを聞いて女の子を怒らせるというシチュエーションだったので、それで気になったんです」
「そうだったんですか。実はそうなんです。タイムマシンを開発したので、未来に来ました」
と松岡がいうと、彼が、
「そうだったんだ……」
と言いながら、考え事をするかのように、次第に考えている内容が自分でもおかしいと分かっているかのようだった。
彼は少し間があったが、話を続けた。
「実は、今のこの世界には、タイムマシンというのは存在しないんですよ」
というではないか。
「えっ? じゃあ、この世界は、自分のいた世界の未来ではないのか?」
と、パラレルワールドを思い浮かべ、到着する世界を間違えてしまったということなのかと思い、
「タイムマシンは失敗だったということか……」
と松岡がいうと、
「実はこの世界では、タイムマシンを作ることは、法律で禁止されているんです。刑法でも、かなり思い罪であり、一歩間違えると、死刑になってしまいます」
というではないか。
「じゃあ、放火殺人並みということかな?」
「いえいえ、もっと思いです。もしタイムマシンを開発したことが分かると、身内は善財産没収のうえ、血縁関係にあるものは、刑務所で無償の奉仕が待っています。それだけタイムマシンというのは、世の中において、あってはならないもの。開発してはいけないものとされたんです」
という。
「タイムマシンだけですか?」
と聞くと、
「ロボットもそうです。ロボットも、タイムマシンも、人間に対して悪しか生み出さないものとして禁止されたんです」
「どうしてなんですか?」
「理由は、令和三年に行ったオリンピックが原因です、あの時の政府高官はタイムマシンを持っていて、日本人が滅亡する場合は、自分たちだけ別の時代に逃れて、また戻って歴史をやり直せばいいと思っていたんです。それをオリンピック開催寸前に察知した人がいて。クーデターを起こし、政府を破滅させ。国家の接待絶命の危機を救いました。それから日本人と世界の人々は、日本の国家とオリンピック委員会の連中を倒し、オリンピックというものがこの世からなくなりました」
「そうだったんですね。それでこの時代はタイムマシンとロボット開発を断念したということになったんですね?」でもロボットというのは?」
と聞くと、
「ロボットは、実際にもう運用されていたんです。そのロボットの代表が、オリンピック実行委員会の面々だったのです」
ということを聞くと、
「なるほど、だから、あの時、オリンピック委員会の会長や副会長は、国民などどうでもいいから、競技者が伝染病に罹らないようにワクチンを打てば問題ないなどという、日本国民を愚弄する表現ができたんですね?」
「その通りです。人間の血が一滴も流れていないやつらに、忖度などできるわけもないという理屈です」
「なるほど、じゃあ、我々のいた時代は、本当に悪魔の住む世界だったわけですね?」
「ええ、その通り。日本政府の中にもいくつかのロボットが入り込んでいましたよ。一番笑ったのは、ロボットのくせに体調が悪いから辞任した男がいましたよね? それも一度ならず二度までも」
「ははは、じゃあ、あの男もロボットだったわけですか?」
「そうじゃなきゃ、あんなに血も涙もないことができるわけでもない。しかも、どこかネジが外れていたのか、何かの政策を打ち出せば、すべてが裏目で、国民の反感ばかり買っていたでしょう? それこそ、忖度させることは得意でも、自分からは忖度できないというロボットそのものではないですか」
というのを聞いて。
「なるほど、あれ以上分かりやすいロボットもいないというわけですね?」
「そうですね。もっというと、その後任者も似たようなものでしたが、あっちは、逃げるのが得意でしたけどね。あのロボットは猪突猛進型だったようで、国民を説得するというよりも、自分がやりたいことだけを押し付けようとするので、見ていて何も感じないという会見が多かったんです」
「ん? だったら、何か逆な気がするんですが」
というと、男はニッコリと笑って、
「だから、それが計算だったんですよ。国民にやる気のない素振りを見せて、強行突破をする。それが、一番自分にとって被害が少ないとでも思ったんでしょうね。何しろ国民や世論とは考え方に結界を持っている人だったので、逆にある意味分かってしまうと、これほど分かりやすいロボットもいない。しょせん、やつは操り人形。国民の目を逸らすための捨て駒だったようですね」
というのを聞くと、
「じゃあ、すべてを裏で操っているドンがいたというわけですね?」
「ええ、その通りです。それが実は当時の野党にいたんですよ。それまでは党首の影に隠れて黙って潜んでいたんですが、オリンピックを強行したあたりから、入ってきた金で、この日本を牛耳るつもりだったんでしょうね。そして、日本からいずれは世界の制服を木富む秘密結社の元締め。それがその男だったんです」
ビックリする話ではないか。
「でも、タイムマシンやロボット開発を禁止するというのとは少し違うような気がするんですが」
と聞くと、
「それは、国家として一本化した開発をしているので、それ以外は許さないということです。秘密結社に対しての特殊警察も結成されましたからね。彼らは時として、総理大臣よりも強力な力を持っています。それくらいの力がないと、令和三年のクーデターが起こらなければ、日本民族は滅亡していて、そこから日本でロボット王国が取って代わる計画だったんですよ。日本を拠点として、全世界に散ったロボットの王国を作る。人間は領土で国家を形成するが、ロボットはそうではない。金の力と、彼らの絶大な特化した能力によって、国家が形成されるというわけです。何とか、その計画はぶっ潰すことができましたが、あれから全世界の人間は、急にシビアになって、ロボットを敵対視するようになり、タイムマシンを嫌悪するようになりました。そして、歴史の過去に学ぶことはしますが、文明や文化の答えを歴史に求めるようなことはしません。だから先ほどのあなたの質問にあったブームの再来ということは決してないのです。この文化こそ、生まれ変わった日本民族が最初に作り上げた文化なのだと言ってもいいでしょう。そういう意味では、あなたのいた世界の未来は、ここではないのかも知れないですね」
と店主は言った。
「それにしても、野党というのは侮れませんね。私などは、当時の野党は、政権与党を批判ばかりして、まったく代替案を示さない、そんな無能な連中がと思っていましたからね」
というと、
「その通りなんです。だからこそ、悪い連中に目を付けられるんです。野党というのは、与党しか見えていませんからね、与党を潰すためなら何でもやるという感じで、目の仇とはこのことです。だから、野党の中にフィクサーが潜んでいても、誰も怪しみませんよ。国民だって、野党は見るのも嫌というくらいに毛嫌いしていますからね。それも、フィクサーの計画通り、きっとその男は、仮想敵を攻撃するということを自分でやるのではなく、医らから操ることに掛けては右に出るものがいないほどの無双の人だったんだって思います。それこそ、ロボットだったんではないかって思うんですよ。一つのことに掛けては秀でているというですね。だから、そんなやつに掛かったら、野党なんて、小指の上で踊らせることができるくらいですよ。そうなると、誰も怪しみません。その男が与党の中に一人か、あるいは数人、自分の同士を作ってしまえば、与党内部の話はすべて聞けるし、遠隔操作で、いくらでも、見えない形で好きなことができる。いわゆる当時の流行語になった『リモート』というやつですね。そいつらが首相を洗脳していく、それによって、オリンピックの強行が行われることになったんです。もっとも、実行委員会の連中お必死ですよ。何しろ、オリンピック委員会と言っても、やっていることは自転車操業のようなものですからね。決まったことさえやっていれば、お金が入ってくる。それを知禁にして、自戒の開催もつつがなく行えさえすれば、またお金が入ってくるというところですね。開催さえできれば、やつらはそれでいいんですよ。逆にいえば、開催できない時のことは考えていないので、できなかった場合は、これほど弱い団体はない。完全に崩壊してしまって、それまでの闇が表に出てきて、死刑になってもまだ足りないくらいの罪状がいっぱい出てきて、そこで人生もジ・エンドというところでしょうか?」
と説明してくれた。
「そんなウラがあったんですね? もしその話が本当だったら、本当にそのフィクサーというのは、ロボットだったのかも知れませんね。そもそもロボットというのは、人間の役に立つために開発されるためであるのだけれど、マンガや小説に出てくるロボットというのは、基本的に悪の手下であって、自分たちの組織の利益のために働くというのが、定番ですよね。そこに正義の科学者がいて、正義のロボットを作る。その二つが戦うというのが、王道のロボットSFストーリーなんじゃないのかな?」
と松岡がいうと、
「ほう、令和三年という世界はそんなマンガを意識していたんですね?」
というではないか。
「この時代の人のマンガというと違うんですか?」
「ええ、ロボットというのは、基本的に開発してはいけないものなんです。だから、ロボットものを書くとしても、完成することは許されないんです、開発しようとする悪の組織があれば、その組織をやっつけるという勧善懲悪を人間が行うという話にしかすることはできないんです」
「じゃあ、話の幅が狭まってしまいますよね?」
というと、
「そうでもないですよ。ロボット開発がどれほど危険かということをマンガを通して知らしめる必要があるので、ロボット開発によって、悲惨な世の中になるという架空の話を描くのはいいんです。要するに、問題は、ロボット開発をすることは倫理上許されないということを教育で教え込むというところにあるからですね」
ということを聞くと、
「そうなると、さっきの野党のフィクサーというのが、本当はロボットだったのではないか? という仮説が、信憑性をいよいよ帯びてくるわけですね?」
と、松岡は興味津々で、身を乗り出しながら話を訊いた。
「そうなんですよ。そういうのが、今の世界の主流になっているんです。だから、この三十年の間にどんなことが起こったのか、我々は歴史では習っていません。ただ、一度世界は滅ぶ前に寸前まで行って、そこから立ち直った世界であり、そのために、昔の歴史を肘繰り返してはいけないという、一種の『パンドラの匣』のようなものだということを習いました」
という。
「ということは、あなたも本当の歴史を知らないわけですね?」
「ええ、どこまでが本当なのか分からないという意識を最近では持っています。だから、さっきの話もどこまでが本当なのか、ひょっとすると、マインドコントロールされているのではないかとも思っているんです」
と言って、恐縮しているようだった。
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