第6話 捜索願

 ホームレスが殺されたその日に、所轄警察の方で、捜査本部が出来上がり、さっそく、捜査会議が行われていた。本部長になるのは、門倉警部で、部下の清水刑事、桜井刑事、さらに辰巳刑事という、K警察署では、お馴染みの面々が捜査に当たることになった。

 初動捜査に参加した清水刑事と桜井刑事の報告がまず行われていたが、そこに、鑑識からも詳しい内容が入ってきた。

 捜査本部は昼から行われたが、その間に司法解剖が行われ、犯行現場付近の目撃情報などを当たってみたが、いかんせん夜中のことなので、誰も目撃情報を得ることができなかった。しかも、その時点では、死亡推定時刻もハッキリしておらず、ホームレスの正体も分かっていなかったので、目撃情報を聞き出すのも難しかった。

 第一発見者の筒井正孝の話も曖昧で、ハッキリとしなかったが、それもホームレスの正体も分かっていないことから、初動捜査がうまくいかないのもしょうがないことではあった。

 だが、まったく成果がなかったわけでもない。

 死体が発見されてから、警察が到着し、鑑識の捜査と、第一発見者への事情聴取を行っている間に時間が過ぎていき、次第に普段の散歩やジョギングにやってくるはずの人が公園を訪れて、その人たちは、すぐに踵を返して引き返すようなことはなく、この異様な様子を眺めていてくれたおかげで、彼らにも事情を訊くことができた。

 たとえば、毎日五時半にこの公園の外周をジョギングしている人に話を訊くことができたのだが、その人は伝染病が流行り出してからの運動不足を解消するためにジョギングを始めたという、まだ初心者に近かった。そのため、毎日、同じ時間にここにきて、判で押したような毎日を過ごしていたおかげで、そのホームレスのことが少しだけ分かったのだった。

「あのホームレスですか? ええ、見たことありますよ。あの人は毎日ではないですが、いつも五時半になると、この公園にやってきます」

 というではないか。

「毎日ではないということは、曜日が決まっていたということかな?」

 と訊かれて、

「私はジョギングを始めて一か月なので、ハッキリtとは分かりませんが、私がき始めてからは決まった曜日ですね」

 というではないか。

「それはいつですか?」

「火曜日と木曜日だと思います」

 ということだった。

「週に二回ということですか?」

「ええ、私の知っている限りはですね」

 とその人は話してくれた。

 死体が発見されたその日は、金曜日であった。そのジョギングをしている人の話を信じるとすれば、ジョギングをしている男が現れる五時半には、この公園にはいないはずだったということになる。最初は、この男性がウソをついているのかも知れないと思ったが、その後に同じように散歩をしている人の意見も聞けたので、訊いてみると、ジョギングをしている男性の話のウラが取れた証言であった。二人が共謀でウソを言っているわけではないだろうから、どうやら、

「ホームレスが現れるのは、火曜日と木曜日ということになる」

 という話には、信憑性がありそうだった。

 それを捜査本部で報告すると、

「じゃあ、殺されたホームレスは、金曜日の五時半の時点ではその公園には姿がないということだと考えると、殺されていなければ、どこか別の場所に言っていたということになるのかな?」

 という辰巳刑事に対し。

「そういうことになりますね」

 と桜井刑事が答えた。

「ここに鑑識からの報告書ああるので、説明しておきましょう。まず死亡推定時刻ですが、やはり最初に見られていたように、午後十時過ぎくらいだったようですね。そして凶器は胸に刺さっていたナイフに寄る刺殺。出血多量によるショック死ということですね。そして、被害者の胃の中は空っぽだったということ、つまり、その日はほとんど何も食べていなかったということでしょうか? しかし、だからと言って空腹で弱っていたということもないようで、そもそも、あまり色の太い人でもないということ。これで分かることは、付近に落ちていたおにぎりを食べていなかったことが証明されたことになりますね」

 と、清水刑事が報告した。

「あのおにぎりは何だったんでしょうか?」

 と桜井刑事が訊くと、

「鑑識の分析結果として、あのおにぎりには、青酸カリが混入されていたということであるが、実は致死量には達していないくらいにしか入っていなかったらしいんだ。だが、食べていれば、ショック状態になったことは間違いなく、死なないまでも、救急車を呼ばれるくらいの状態で発見されていたことになるようだ。どちらにしても警察が出動することにはなったと思うのだが、この青酸カリを混入した人物と、実際に反応に及んだ人物が同じかどうかも捜査してみないと分からないだろうね」

 と清水刑事が言った。

「この男性の自殺ということも考えられますよね?」

 と、辰巳刑事が訪ねたが、

「もちろん、その可能性もあるだろう。だが、今の段階では何も言えない。そういう意味でもまずは、この被害者が何者であるかということを突き止めるのが、まずは一番大切なのではないかと私は思っているんだ」

 と、清水刑事は言った。

「ジョギングの人の話では、毎週、火曜日と木曜日の五時半過ぎに、この公園に来るということですよね?」

 と、辰巳刑事が訊くと、

「ああ、そういうことだね」

 という清水刑事に対して、

「火曜日と木曜日に何かあるのだろうか? 五時半にこの公園に来なければいけない理由が」

 と、独り言のように桜井刑事が呟いた。

「誰かと待ち合わせをしているとか、誰か気になる人物がその時間に来ているかということでしょうかね?」

 と辰巳刑事がいうと、

「ジョギングをしている人も散歩をしている人も、そのホームレスの存在までは気にかけてはいたんだというが、気に掛けていたのは、その存在までで、その男が何をしているのかなどということはまったく意識をしていなかったという。だから、不審な行動というのはなかったのではないでしょうか?」

 と桜井刑事がいうと、

「ただ、早朝の公園でのホームレスというと、その存在は目立つかも知れないが、いたとしても、別に不審ではないので、目撃者の言い分には、十分な信憑性があると思うんだ」

 と清水刑事が言った。

「でもですよ、ホームレスが一人でポツンと公園に早朝になって現れるというのは、おかしくないですか? 夜中に寝ぐらとして、公園を利用して、人が増えてくる早朝にいなくなるというのなら分かりますが、逆というのは、どうも解せないんですよね。しかも、週に二回だけという決まった時間ですよね。そのあたりも、このホームレスの男の行動が、不審とは言えないが、何か秘密を持っていると言えるのではないでしょうか?」

 という桜井刑事が訊いた。

「ガイシャの身元が分かるものは何もなかったんですよね?」

 と、横から辰巳刑事が、鑑識からの報告書を持っている清水刑事に聞いたが、

「そうだね、所持品は何もなかったという。そして指紋照合もしてみたが、指紋から身元を判明することはできなかったので、少なくとも被害者が前科者だということはなさそうだ」

 と言った。

「となると、分かっている情報としては、火曜日と木曜日の五時半過ぎくらいに、毎週どこからともなく現れるのがこのホームレスだということが分かっているだけですよね。でも、本当にこの人なんでしょうかね? ホームレスの恰好さえすれば、誰でも見間違えるということもありますよね?」

 と桜井刑事が言ったが、

「それは、何とも言えないね、目撃者は、あくまでもホームレスと言っているだけで、同一人物だとは言っていないわけだからね。そういう意味ではハッキリと同じ人物だとは言えないかも知れないが、だが、別の人物だという証拠もない。可能性としては、同じ人物だと考える方が信憑性はあると思うんだ。だが、それが今回のガイシャと同一人物かどうかということは、信憑性としては薄い。結び付けるだけの材料が、今はまだ希薄だと言ってもいいだろうからね」

 と、清水刑事が言った。

 目撃者の捜索も行われたが、さすがに深夜ということもあって、なかなか見つからなかった。近くに住む大学生の話ではあったが、

「午後十時頃というと、あの近辺は一番人が少ない時間帯かも知れません」

 という話だった。

「どういうことですか?」

 と聞くと、

「もちろん、深夜に入って、一時頃以降はそれこそ人がいないのかも知れないけど、それまでの時間帯では一番少ないでしょうね。九時頃までは結構、通勤客が帰ってくる時間なので、すぐそばのバス停から人が歩いてくるんです。ちなみに、住宅街やマンションが立ち並んでいるところにバス停を降りてから帰るのに、あのあたりは結構人が通るんです。だから、駅から帰る学生や、サラリーマンは九時くらいまでは多いと思うんですよ。しかも九時頃までは本数も多くてですね。でも、最終バスは十一時台にあるんですが、九時すぎから最終バスまでには二台しかないんですよ。だから、とたんに人が通らない時間になるんです。さらに今は自粛期間中でしょう? 時短営業のために、飲んで帰る人も九時前までにバス停に降り立つことになるので、余計に九時過ぎからは人が少ないんです。それでも最終だけはそれなりに人はいるので、十一時台というのは、まったく人がいないということはないと思うんです。もし、犯人が目撃者がいない時間を狙うのだったら、十二時を過ぎてからにするか、十時台ということになるんでしょうね。そういう意味では、目撃者を探すというのは難しいかも知れないですね」

 と言っていた。

 この話にはかなりの信憑性があった。

 実は今、自粛期間中であったが、この公園の近くには、今は店を閉めているところが多いのだが、スナックや酒屋、スーパーなどと言った店が立ち並んでいて、昼に夜に、本来なら客が少なからずいる場所であったのだ。

 自粛期間中の全国での深刻な問題として、

「空き巣事件」

 というのが、横行していた。

 自粛期間中、政府や自治体が、要請ということで、いろいろな店舗に自粛を求めたりすることで、経営が悪化してしまっていた。

 店舗に限らず、仕入先であったり、イベントを行う業種であったり、サービス業などは、相当な痛手で、店を閉めるところや、人件費削減ということで、不当正当を問わず、リストラに遭ってしまい、明日どころか、今日の生活もままならない人が増えてしまった。

 それによって、発生した新たな問題が、自粛して閉められた店舗へ、空き巣として入り込み、商品や金目のものを盗むという窃盗行為であった。

 店が乱立していて、歩行者もいない夜の店舗への侵入は、意外と難しくないところも多いだろう。さすがにすーおあーなどは難しいが、本来なら夜に営業しているこじんまりとしたスナックやバーなどは、そこまで警備を徹底していないところもあるだろうから、侵入しても、警報機すらついていないところもあるのではないか、

 そんな店を狙っての犯行が増えてきたことから、しっかりとした自治体や警察機構であればいいのだが、なかなかそこまでやってくれないところは、

「自分たちの店は自分たちで守る」

 とばかりに、公民館に集まって、夜の見回りの徹底を行っているところが多い。

 ここの地区も、同じように、公民館から、有志や店の代表が集まって、店が乱立しているところを中心に、街の見回りを行っているのだ。特に夜中の時間帯に、数組に分けての見回りが行われている。

 これには店舗を守るという目的だけではなく、不要不急の外出を控えるという自粛も考え、特に若いやつらの中にいる、自粛を何とも思わない一種の、

「社会のゴミ」

 ともいうべき、連中を取り締まるという意味でも重要な仕事であった。

 そのおかげで、最終バスが過ぎた後でも、この公園を定期的に見回っている人たちがいるので、やはり、この公園に人が一番いない可能性がある時間帯といえば、ちょうど、犯行時間くらいなのではないかと思われた。

 先ほどの大学生の話と、これらの最近の事情とで、犯行時刻がこの時間になったという理由は証明されたようである。

 ということは、犯人はそのあたりの事情をすべて分かっていて、犯行に及んだのであろう。

 ただ、何と言っても被害者が特定できていないことから、これが本当に殺人なのか、さらに殺人であれば動機は何なのか。そこまで分からない限り、犯行時刻の目撃者を探すのも難しいことから、犯人が誰であるかなどということは、なかなか絞り込むことなどでっきっこないだろう。

 被害者をなかなか特定できずに、三日ほど経ったある日のことだった。それまで事件現場近くの住宅街で被害者を知っている人がいないか、あるいは、行方不明者がいないかを調べていたが、なかなか見つからなかった。二日目からは県警にも行方不明者を当たってもらったが、なかなか該当する人が見つかることもなかったが、それが四日目になって急転直下で被害者が分かることになったのだが、それが意外なところからの情報であった。

 この話が出てきたのは、まったく違うところから、まるで湧いて出てきたような話からだった。

 警察に詰めている新聞社の記者が、辰巳刑事に相談があると言って、話をしてきたことから始まった。

 その番記者は、そもそも週刊誌のライター出身だったのだが、ここ数日、何かに思い悩んでいるような雰囲気を、辰巳刑事はすぐに察して気にかけていた。

「何か悩み事でもあるんですか? それなら話くらいは訊きますよ」

 と、その記者に話した。

 以前、辰巳刑事が自分の刑事としての限界を感じていた時、その記者に相談とまではいかないが、一緒に呑みに行ったことがあって、その時に言ってくれた言葉がきっかけで立ち直ったことがあった。

 たぶん、その記者は自分の言葉の何が辰巳刑事の心を打ったのかわからなかったのだろうが、自分の話で立ち直ってくれたことが嬉しくて、お互いにそれから、昵懇になった。プライベートでも一緒に呑みに行ったりと、きっと、勧善懲悪型の辰巳刑事に対して、週刊誌であったり、新聞などというマスコミという、広い範囲から狭く見ることに対して長けている彼の存在は尊いものだったのだろう。

 だから、今回は逆に辰巳刑事は、

「自分が今度は彼を助ける番だ」

 とばかりに話を訊こうと思ったのだ。

 辰巳刑事の性格をよく分かっているだけに、本当は余計に話していいものなのかどうか迷った新聞記者だったが、話しかけられてしまったのであれば、もう隠しておくことはできないと思ったのだろう。

 新聞記者は、話しにくそうにしながらも、意を決して話始めた。

「辰巳刑事は、週刊誌などの記者で、特ダネを得ようとする記者がどこまでのことをしているかということはあまり詳しくは知らないでしょうね?」

 と切り出した。

「うん、新聞記者などのマスコミというと、警察という立場から見ると、警察のように公務員であるがために、ガチガチになっているのとは反対に、少々危ないことでも、ギリギリまで冒険して書くというイメージがあるんですよ。つまりは、我々警察がもっとも嫌いな職業の一つなのかも知れないね」

 と、これが他の新聞記者であれば、絶対に話すわけもないような話をぶちまけたのだった。

 それでも、その新聞記者は神妙にしていて、その言葉に反論しようとはしなかった。いや、反論する気力もなかったというべきか、顔はまずます真っ青になっていくようで、これ以上彼を追い詰めることは、せっかく何かを言ってくれようとしている相手に対して失礼であると思ったのだ。

 なので、それ以上責める口調をやめると、彼はゆっくりと口を開き始めた。

「これは、話していいことなのかどうか迷ったんだけど、もし、これを言ってしまうと、新聞社、雑誌社などという垣根を超えて、マスコミ業界に大きな衝撃になるので、本当であれば言いたくないのだけど、殺人事件ということもあって、もし、これをマスコミが何も喋らずに事件が解明されないままに終わってしまったり、警察に先に解明されてしまえば、今度はマスコミがそれどころではない状態に陥ることが分かっているということを前提に、話させてもらうんだが……」

 という少し長い前置きの中で、

「警察も、事件によっては、内偵であったり、おとり捜査などということもやっているだろう? 麻薬捜査などの場合がそうなんだと思うけど」

 というと、辰巳刑事は少し怖い顔になって頷いた。

 まさか、話がこっちの方向に向かってくるとは思ってもいなかったので、話を訊くと言った手前後には引けないのだが、心の中で、少し後悔している自分がいた。どうやら、アンタッチャブルなところに踏み込んでしまったらしいということが分かってくると、自然と表情がこわってきてしまうのも仕方のないことであろう。

「業界でも、特ダネをたくさん輩出していることで有名な、旭日出版という会社があるんだけど、そこは、少々ヤバい方法で取材ネタを拾ってくるということで、業界の間では公然の秘密になっていたんだけど、そこの一番の売れっ子というか、特ダネ回数の多い記者が最近行方不明になっているんだ」

 と訊かれて、

「いつから何だい?」

 と聞くと、

「ここ数か月くらいなんだが、誰も見かけた者はいないらしい」

 というので、

「それはどういうことなんだろう? 当然、捜索願は出しているんだろうね?」

「ええ、出してはいると思うんだけど、でも、警察は捜索願を出しただけでぇは、簡単に捜索はしてくれないだろう? よほどの事件性でもない限りね。だからひょっとすると捜索願は出してはいるけど、本当に捜査してくれているかどうかもよく分からないんだ」

 という。

 確かに警察というところは、事件性がなければ、ほとんど警察は取り扱わない。一般の人は捜索願を出せば、警察が捜索をしてくれると思っているかも知れないが、それは大間違いだ。

 よほど、何か確証になるものがない限り、捜索はしない。

 例えば、遺書のようなものが見つかったり、部屋の中から血の付いた凶器、あるいは、毒薬でも見つかれば、自殺、あるいは犯罪に関係があるとして、警察は捜索を行うが、そうでなければ、まず捜索を行うことはない。

 また、女性などであれば、失踪する前に、ストーカー被害に遭っているなどで、被害届があれば、捜索をするかも知れないが、これもあくまでも、その度合いにもよるだろう。

 あまり長く捜索を続けることもできず、打ち切られることもあるだろう。辰巳刑事は、自分が警察の人間だから、内情はよく分かっている。その中で自分が、

「警察官であるがゆえに」

 という前提の下に、せっかく勧善懲悪を目指して警察官になったにも関わらず、ガチガチの縦社会による理不尽なことがここまでたくさん存在していることには本当に憤りを感じている。

 だから、思い悩むことも多く、

「本当は勧善懲悪を成し遂げたいという気持ちがあるなら、上を目指さなければいけないのだろうが、上を目指すには、勧善懲悪ではいけないという理不尽な矛盾が存在していることで、今後どのように警察で生きていかなければいけないかを、絶えず考えないといけない」

 と考えていた。

 しかし、事件は待ってくれない。一生懸命に刑事としての仕事をまっとうしていかなければいけないことも分かっている。まずは全体を一気にただすことなどできるはずもないので、目の前に起こっている事件を一つ一つ解決していくことが、今の自分の責務であり、実際に高みを目指すという意味でも必要なことだ。

 そもそも、辰巳刑事は、コツコツと目の前の仕事をこなすということには長けている。警察学校時代にも、先生からは、一様に、

「彼は、コツコツとこなしていく努力家型だ」

 という評価を受けていた。

 刑事課に配属になってから、上司の門倉警部からも同じように、

「彼は勧善懲悪なところがあるが、何よりもコツコツと努力ができるすばらしい部下である」

 という評価を受けていた。

 だから、門倉警部が刑事時代から、新人だった辰巳刑事と一緒にコンビを何度も組んできて、辰巳刑事の成長を一番支えてきたのか、門倉警部だった。

 門倉警部は、刑事として、最前線での活躍が長かったので、最近までは捜査を続けていた。そのせいもあってか、人脈も広く、門倉警部の名前を出せば、普通の刑事には答えてはくれないような情報も、積極的に話してくれる人も結構いたりした。

 辰巳刑事はそんな門倉警部の刑事時代を忠実に踏襲していて、

「門倉刑事の後には辰巳刑事がいる」

 と、K警察署管内では、よく言われていたものだった。

 だから、この新聞記者も辰巳刑事には、かつての自分のこともあって、全面的な信頼を置いている。それでも、この情報はかなり勇気のいる提供だったに違いない。

「そっか、今回の事件と、君の教えてくれた記者の失踪がどこかで繋がっている可能性もあるわけだね_」

 と辰巳刑事はいうと、

「ええ、確証となるものは何も発見されていないんですが、週刊誌業界では、この話が少しウワサになりかけているんですよ。出版社が、それを何とか止めようとすることは必至なんですが、そのやり方によっては、事件の関連を匂わせるに十分な証拠になるのではないかと思っているんです。でも、下手をすると、やつらに先に情報を掴まれる可能性もありますよね。だから、その前にと思って辰巳さんにご相談したわけです」

 とその記者は言った。

「ありがとう、じゃあ、その情報を元に捜査させてもらうよ。今日は貴重な情報を与えてくれて助かったよ」

 と、辰巳刑事は、恐縮していた。

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