第7話 食事中に行う会話ではないな。
その後の俺は狼肉を初めて食べた。
その風味は前世で食べた最高級牛肉を超えた美味しさだった。この風味なら焼き以外でもいけそうな気がするほどの美味なる代物だった。
「な、なんだ? このジューシーな肉汁は?」
「美味しいでしょ? しかも肉汁も甘くて」
彼女は火加減を調整しながら狼肉を焼く。
俺は肉を食べては鉄串を脇に置き、彼女ことフレアから新しい狼肉を受け取るだけだった。
「く、口に含むだけで一瞬で溶ける肉は初めてかも。ほ、本当に狼だったのか? 牛肉と思っても不思議ではないんだが?」
一応、フレアも焼きの合間に食べてはいるけどな。今は俺への接待中だからか、笑顔で調理に勤しんでいるだけで。
「狼だよ。ここらでは比較的獲りやすい類いの狼。ただまぁレベル二〇からじゃないと狩れない類いの・・・動物、だけどね」
動物だと? だが、先ほどの赤い魔石は?
俺は鉄串を片付けながらポケットに収めた小さな赤い魔石を取り出して、フレアに示した。
「動物? でもこの魔石が一緒に取れたよな」
「動物で合ってるよ。魔石は世界の生物なら全て持っているからね。魔物だと魔法を撃ってくるから討伐可能レベルも格段に引き上がるの」
「なるほど、魔物との違いは魔法の有無か」
「それと魔石を持つ者は人族種も含むけどね」
「ひ、人も?」
これは一体どういう事なのだろうか?
ゲームや小説などでは魔石とは魔物や魔族より採取される類いのアイテムだったはずで、人の身には存在しない代物だった。それが、この世界では・・・かなり事情が異なるようである。
その証拠にフレアの苦笑の返答を受け、
「うん、人も。だから仮に命を奪うような事があったら、素材として魔石だけが手に入るの」
「・・・」
この返答には流石の俺も絶句だった。
するとフレアは何かを思い出したのか少々辛そうに語り始めた。
「い、今だから言える事なんだけどね」
それは転生前の会話にあった前の子の話だ。
その子は俺と同じ世界出身で年齢は十八才の高校を卒業したての元女子高生だった。
経緯は卒業式後に大型自動車に跳ねられ、たまたま訪れていた同僚に拾われたそうである。
肝心の時間軸は俺が高校を卒業した頃合いと同じだった。そういえば同じ孤児院で育った女子高卒が亡くなったのもその時期だったかも。
彼女の遺体は見せられない状態で遺灰となって孤児院の墓地に埋葬されたっけ。
(名前は確か
ただそれも、当人とは限らないから俺は聞くだけにした。もしかしたらってだけだしな。
そしてその子も俺と同じように提案され、
「私の元で生き存えるためのチートを欲したんだよ。同僚は魔人種の主祭神だったから人族種の施しだけは出来なかったからね・・・」
俺が求めていないチートをその身に宿した。
あとは救ってくれた女神様と別れ、人族種のために尽力して、勇者として完勝したそうだ。
だが、完勝の通達が各国に届いてから事態が急変した。それは各国から手のひら返しをされたのだ。魔人に一人で完勝する者、女勇者そのものが怪物として民から指をさされ、果ては所属する国で大々的に処刑されるまでになった。
「最後の最後で裏切るのかよ・・・」
「当時の私は不必要に干渉が出来なかったから彼女が自力で逃げ出す事を願うだけだった。彼女も衛兵の隙を突いて逃げ出したけどね」
「じゃ、じゃあ、今は?」
「魔人種に寝返っているね。それでも人族種だから、相手にされていなくて、与えられた小屋に引き籠もっているみたいだけど」
ああ、そのまま引き籠もりか。
それだけの事があったなら仕方ないかもしれないな。人間不信となっても不思議ではない。
命を張って戦ったのに命を取られるとかな。
直後、フレアは怒りの表情になった。
「その処刑理由を休暇前に降りて問い質したらね、魔人種に勝てる勇者なら身に宿す魔石は最高品質なのではないかって、言っててさ・・・」
ここで最初の話に戻るのだが人族種でも魔石が取れる措置は悪人のみに適用されるそうだ。
今回は神の法の穴を上手く利用されてしまい勇者を悪人と見做して罰しようとしたらしい。
それを聞いたフレアは処刑を発案した関係者達に対して魔物落ちの神罰を下したそうだ。
神の定める法を私利私欲で利用した罪でな。
「それもあって、以降は神の名の下に勇者職を得た者に限り、魔石を取り出す事は一切出来なくなったの。不死の縛りともいうけどね?」
つまり勇者職は後にも先にも、その引き籠もりの女勇者ただ一人ってことなのか。
(これはお詫びだけでは覆せない話だよな?)
最高の地位を与えると言われても、裏切りを行った者達が言っても、説得力は無いに等しいし、首を縦に振る者は居ないだろう。
しかしまぁ、神の定める法の抜け穴を見つける人間の業は相当なまでに、深いらしい・・・。
「どんなものにも穴ってあるんだな」
「それはあるでしょ。私にも穴はあるよ?」
「ど、何処に指をさしているんですか!?」
「そこは気にしなくていいじゃない。今はどうあっても子供は出来ないんだしさ?」
一応、嫁だから、そういう事も想定しているのかね? 今の俺はそんな気持ちなど全然湧かないのだけど。だがここで、フレアの言った問いかけに対して、俺は疑問を持った。
「い、今はって?」
これはどういう意味で出来ないと言ったのだろうか? 俺の気持ちか?
(それとも何か別の要因があるのかも・・・?)
そう思っていると、
「欲しいと思わないと生理が来ないから」
フレアが恥ずかしげな表情で呟いた。
褐色肌でも薄らとだが赤くなっているな。
「ああ、そういう・・・神でもあるんですね?」
「あるに決まっているでしょ!」
「そういえば女の子ですもんね」
「私も一応は女の子なんだよ!」
「そうでしたね。それより肉が焦げてますよ」
「あぁ、勿体ない・・・」
ともあれ、そんな重苦しい話は食後に行う事になった。今のままだと肉が全滅するからな。
食後は焚き火を行ったまま草原へ寝そべり、
「そもそもの話、魔人種は同僚の手で全滅しても新たに復活するからね。それで勝ったものと思うのは筋違いだと伝えておいたから、それを聞いた国家元首共は顔面蒼白で命じていたよ」
夜空を眺めながら話し合った。
食後に眠くならない事は不思議だったが。
「ああ、何がなんでも探しだしそうだ」
「普通に見つかるとは思えないけどね。私も彼女の居場所を知っているけど教える気にはなれないね。あの子にも選ぶ権利があるから・・・」
チートを得ても心根までは強くならないか。
俺には出世欲とか矢面に立ちたいという欲が無いから、女勇者の気持ちだけは分からない。
矢面に立つ気持ちは分からないが、裏切られた経験があるので同情だけは出来る話だった。
裏切りは職場よりも営業先で行われたけど。
「徹底的に裏切られた女勇者にとっては、人族など救う必要性が感じられないだろうな。好きに命じて、好きに殺されるだけの存在だから」
「その存在が私の信徒だから困り者なのよね」
「世知辛いっすね」
「本当にね。勇者として再度奮い立ってくれるなら万々歳、それが無理なら職を解いて、新しい勇者を世界から見つけ出すしかないのよね」
新しい勇者か。国家のために死にに逝けと言われるような職業を誰がやろうと思うのか?
処刑を行うような前例が出来たとなると誰であれやりたがらない最低職のような気がする。
俺はその際に不意に思った疑問を口走る。
「ところで職業って誰にでもあるのか?」
「一応、あるよ。私だと普通に神官だね」
「か、神が神官って?」
「その方が都合がいいの!」
「ああ、教会への出入とか?」
「うん。今は街ではないから素の状態だけどね。街に入って教会に向かう時だけは神官服を着る事にはなるかな? こんなの・・・ね?」
フレアはそう言いつつ立ち上がり、一瞬の内に赤白の神官服に身を包んだ。それは白い僧衣に赤い線が複数本入った特徴的な神官服だ。
頭には小さくて白い帽子を被っていて、炎の意匠が帽子の中心部、額の上に記されていた。
その意匠がフレアのシンボルなのだろう。
「はぁ〜」
「どうしたの? 長い溜息なんて吐いて?」
「いや、単純に奇麗だなって思っただけ」
「そ、そう? ありがと」
それを聞いたフレアは嬉しそうに微笑んだ。
ちなみに、俺の職業は賢者だとさ。
なんでも魔法を無詠唱で行使出来るのは賢者しか無かったらしい。いつのまにそんなスキルが使えるようになったのか知らないが、
「洗浄っと唱えたら身体がサッパリするよ?」
「せ、洗浄・・・おぉ! 不快感が消えた!?」
「でしょ? 割と重宝するんだよね。これ」
魔法が使いたかったのは本当だったから。
最初の魔法が洗浄だったのはアレだけどな。
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