第3話 人生の終了は実に呆気ないな。

 俺が気がつくと、水面の上に佇んでいた。


『俺は一体、いつの間に死んでんだ?』


 身体は見事に透けていて水面が見えた。

 覚えているのは直前の風味と衝撃だけ。

 左斜め後ろからドンッと衝撃を喰らって、


『気がついたら、ここに居たと。俺の身体は』


 肥っている所為か水面に浮かび、顔面が水に浸かっていた。呼吸すらも出来そうにないな。


『誰も居ない場所で死ぬ予定が、このままだと解剖は確定か。まぁ事故みたいなものだから』


 解剖云々よりも無縁仏として、処理されて終わりだろう。免許証はあっても家は既に無し。

 戸籍もそのまま死亡者として処理される。

 最後は世界から消えて居なくなるだけと。

 そう思っていたら水面を滑るように、


「間に合ったわね」


 先ほどの行き倒れが突然現れた。


『き、君は!?』


 君は何者なんだって感じだな。

 苦笑しつつ死者に話しかけてくればな。

 彼女は俺みたいに透けている訳ではないし。

 なのに誰からも気づかれていなかった。

 俺の問いかけすら通じていないのは、


「お礼を授けようと思ったのに無視だもの」

『お、お、お礼って?』


 その存在故か妙に不可思議な感じがした。

 上から目線、人間が昆虫を見るかの如く。

 唯一通じたのはお礼の言葉だけだった。


「行き倒れた私に恵んでくれた、お礼よ」

『ああ、さっきの』


 そのうえ誰にも気づかれる事なく俺の亡骸を不思議な力で浮かせて燃やした。


「お礼、させてもらっても、いいかしら?」

『って、身体が一瞬で粉々に!?』


 淡水で濡れに濡れた、水分を多く保つ身体が一瞬で蒸発する様は、考える事を放棄させる事案でしかなかった。


『・・・』


 人外。彼女は人外だと改めて知らされた。

 それなら歩道で行き倒れていても、誰からも気づかれる事はないだろう。俺に死者を見るような力なんて無いからな。そのような力があったなら人生はまた別物になっていただろうし。

 生まれて直ぐポストに捨てられ、孤児として生きてきて、なんとか自活して死に物狂いで営業職を頑張った。

 十年もの間に蓄えた脂肪分も、死亡に至る病気に変化して、気づけば白い灰に早変わりだ。

 しかも白い灰がどういう原理なのか知らないが、ダイアモンドに変化して大きさまで変わったのは不可解だった。形状は人間の身体か?

 すると彼女は空間の裂け目へと、


「それで、私からのお礼なのだけど、私の世界で生まれ直してみない?」


 ダイアモンドを片付けて問いかけてきた。


(今、生まれ直しとか言ったか? 世界とも言ったよな? 私の?)


 これはどういう事なのだろうか?

 俺は理解不能なまま彼女へと問い返す。


『せ、世界?』

「例えるならこの世界とは別の世界。異世界と言えばしっくりくると思う。まだ出来たてだから文明は少々・・・幼いけれど、どうかしら?」

『い、異世界』


 これは俗に言うところのヲタクの領域では? 

 俺の趣味ではないが時々同僚に薦められて読んでいた事がある。アタリハズレも多いけど。

 でも、それなりに面白かった記憶がある。


「勿論、赤子からではなくて、大人の身体で」


 その言葉の意味は理解出来なかったが、


『そ、それって、あの、ゲームとか、小説の』


 世界の話に関しては何処か見覚えがあった。

 ゲームは嫌でも関わっていたから忘れよう筈がないがな。ソシャゲの開発は地獄だったわ。

 しかも、サ終なんてザラだったしな。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女は苦笑しつつ頷いた。


「ええ、貴方の見立てであっているわ」

『異世界』


 この世界に思い入れがあるなら断る事もあるだろうが言うほど思い入れは無い。

 どうせこの後は消えて空気になって何処かしらで蘇るだけだろう。俺の消滅後がどうなるかなんて考えたくも無いし。

 彼女は俺の様子を横で眺めつつ問いかける。


「どうかしら?」

『ど、どのみち、世界から消えるだけだったなら、俺は生まれ直したい。まだ未練もあるし』


 そう、未練はある。

 それはこの世界に対してではない。

 まだまだ食べていない未知なる食べ物があるなら食べたいって思ってもいいよな。今世では食い過ぎた弊害で病気を作って、あと数時間の命だったのだ。最後は河川に転落して死亡だったのだから、病気云々なんて関係無かったが。

 すると彼女は笑顔で頷き両手を空に翳した。

 その直後、空間が歪んで、ポッカリと大穴が開いた。大穴の中は黒い空間で何も見えない。


『す、凄い』

「そりゃあ、私が世界を作った神ですから!」


 笑顔で無い胸を張ってドヤっている。

 というかその発言の真意は何なのか?


(今、神と言った? 私の世界? そういえば先ほども、私の世界って言っていたっけ?)


 俺は人外なのは気づいていたが、その存在が想像以上に身近過ぎた事で、驚きを示した。


『か、神様? 神様がなんで、行き倒れに?』


 驚きもあったが疑問にもなったな。

 神様なら行き倒れなんてしないだろう。

 一般的な認識なら、神とは全知全能だろ?

 なのに行き倒れていて、美味しそうにクレープを食べるとか、不可思議でならなかった。

 俺からの問いを受けた彼女・・・女神様は頬を膨らませながら俺の腕を引っ張っていった。


「・・・」


 褐色肌だから顔が真っ赤になっても分からないよな。唯一分かったのは、表情の変化だけ。

 頬を膨らませたまま大穴に入って、光がある場所に到着すると、彼女は途端に笑ったから。


「美女が笑うと心を奪われるとはこの事か」

「ありがと。私を美女って言ってくれて」

「あ、声に出て・・・お、思った事が声に?」

「ここはそういう空間だからね。神を除くと誰であれ思いの内は隠せないの」


 隠せない空間か。

 そうなると俺の思った事が丸々伝わると?


「胸が無いのに美女。残念美神と呼ぶのか?」


 またも思考した事が口に出てしまった。

 それを聞いた彼女は目を見開いて驚き、


「胸は無くてもいいんです! あんなの視界を遮る事しか出来ない肉塊でしかないのだから」


 誰かを思い出したのか急に怒りだした。

 平面を誇りに思う女神様と覚えとこう。

 そんな他愛ない会話を行いながら、


「俺を怒らないので?」

「そんな事で怒っても意味ないでしょ」

「一応、怒っていたような?」


 彼女は神殿風の建物に俺を案内する。

 行き倒れても女神様ってことなのかもな。 


「それは巨乳の同僚に対してよ。残念美神は私ではなく、同僚が呼ばれているあだ名だから」


 ああ、それで驚いていたと。

 なんでそこで口に出たのかって事ね。

 というか同僚って居るんだ。

 女神様もそこらの社畜と変わりないと。

 すると彼女は空間の裂け目から、


「今から、貴方の身体を作ってあげるわね」


 ダイアモンドを取り出して大理石の台に横たえた。その透き通ったダイアモンドは人型をしており、よく見ると付いていた。

 妙に見覚えのある大きな何かが股の間に。

 俺の身体を今から作るとあるがダイアモンドと俺とが、どう繋がるのか理解出来なかった。


「これは依り代でね、生まれながらの性質を刻むための道具なのよ。これと貴方の魂は深い部分で結ばれているから、性質が決まったら、あとは世界に降りる前に肉体が再構成されるわ」

「えっと、そうなんですね」


 理解は出来ていないが理解したフリをした。

 見透かされていそうな気もするけれど。


「ふふっ。それで何か望む物はない?」

「えっと、そうですね。健康的で健全な生活さえ送れたらそれでいいです」

「ただの健康体でいいの?」

「ええ、俺が強いチートは不要ですから」

「前の子はチートなる代物を欲したけど?」

「ま、前の子?」

「あ、なんでもないわ」


 妙に意味深な逃げ口上だよな。

 もしかすると前にも似たような出来事が?

 この神ならあり得るから、これ以上は追求しないでおこう。予想外にポンコツみたいだし。




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