第2話 休暇で得られた出会いに感激。
私は
本名はフレア・サジェースと呼ばれている。
年齢は生まれて間もない、二十七才だ。
で! 私は絶賛、おなかがすいている。
「おなか、すいたよぉ」
今日の私は自身の受け持つ大仕事が一段落したため、物見遊山と思いつつ、この都市へと訪れたのだ。それも着の身着のままの姿で、大した装備を着ける事もないまま・・・訪れたのだ。
「この都市は何処の都市よりも安全だって聞いていたのに・・・それが、なんでこんな事に?」
想定外は空間魔力がほぼゼロという事だけ。
まさか、ここまで何も無いとは。
「ミズキに騙された?」
お陰で今は容姿を維持する事だけに魔力を注いで動けず、歩道に突っ伏してしまっていた。
「訪れて直ぐだったのに美味しいお菓子が食べたかったよぉ・・・ぐすん」
折角、おおよその成長が叶って、放置しても問題ない状態になったのに、どうしてこう。
見習いから正規になって任されて休暇を取ってきたらこの仕打ち。私が何をしたというの?
「ミズキの邪魔はしていないはずなのに」
今更、泣き言を言っても仕方ないかもしれないが、言わずにはいられない状態でもあった。
その直後、私の自慢のお尻に痛みが走る。
「うぎゅ」
い、今、踏まれた? それも、オークキングかってほどの重量に? い、一体、何が?
私はなけなしの魔力を総動員して、周囲を探索する。私を踏んだのは、大きなお腹を持った丸っこい男性だった。その男性の両手には涎が出てしまうほどの、焼き菓子も握られていた。
踏まれてしまった事はこの際、置いといて、
(ほ、欲しい・・・その、手に持つお菓子が)
空腹な私の意識は彼の焼き菓子に集中してしまった。気がつくと彼は私を避けて逃げようとする。私は咄嗟に左手を伸ばして左足を掴む。
その流れのまま彼に懇願してみた。
「おなかすいた・・・お、お恵みを・・・」
彼は困惑したまま黒い瞳を左右に動かす。
私の左手は彼の左足を握ったままだ。
彼は逡巡したままその場に固まる。
そして意を決したのか、赤や緑の果物が詰め込まれた焼き菓子を、私に恵んで下さった。
「俺の、た、食べかけだけど、いいのか?」
「う、うん」
う、嬉しい。この二十七年間生きてきて、ここまで嬉しい事はあっただろうか。ミズキが知るとチョロいとか言いそうだが、今は危うくという状態になりかけていた事も事実だから。
私は心からの礼を彼へと発する。
「あ、ありがとうごじゃいます・・・」
掴んだ左手で焼き菓子を受け取り、身体の向きを仰向けに変える。今のままだと地面に焼き菓子を落としてしまうから・・・慎重に。
そして口に運び、果物から順に食べていく。
(お、美味しい。涙が止まらないよぉ)
彼は困り顔のまま私を見つめる。
果物が新鮮で削られた魔力が増えていく。
私は戻りつつある魔力で彼を調べて見た。
(ああ、それで。魂は高位、身体は病魔に蝕まれていて、いつ死んでも不思議ではない、と)
調べた結果、私に触れるに足る性質を持っていた。普通なら触れる事も踏む事も叶わない。
大半の人間は私を避けていったから。
だが、彼は死に瀕している事と元々の魂が高位の徳の高い人物だったため私を踏んだのだ。
焼き菓子を食べ終えた私は、仰向けから起き上がり、苦笑する彼を見上げた。
彼は私の状態を確認したと思ったら、
「元気になったなら、こんな所に転ぶなよ」
注意だけしてノソノソと先を急いだ。
「あ、あの!」
お礼を、と言う前に去って行く彼。
「お、お礼・・・」
彼を見た周囲の女性達は不愉快そうに嫌悪を示すが、私は嫌悪など最初から湧かなかった。
そもそも顔やら身体やらは興味が無い。
興味があるのは彼の魂、心だけだった。
身体なんて物は所詮、魂を護る外殻だ。
死ねば肉塊に変わるだけの不要な外殻。
しばらくその場に佇んでいると、
「ああ、逝っちゃった。あ、あとで差し上げようかな。私と・・・新たな命を」
彼が亡くなった事を知った。
一応、左足を掴んだ際に私の魔力の欠片が混じっていたから居場所の把握は出来ている。
古い肉体の居場所も魂の居場所も。
削られた魔力を補った私は彼が旅立つ前に彼の身体が有った場所へと急いだ。
§
彼が亡くなった場所は橋桁の下だった。
橋桁から真下へと覗き込むとプカプカと水面に浮かぶ肉塊があった。彼の魂も隣に佇んでいて悲しげな表情をしていた。
橋桁の周囲は大勢の人だかりが出来ていて、
「事故だ! 自動車が人に突っ込んだぞ!?」
それが彼の死因だったようだ。
元々の病魔ではなく、最後は真っ赤な顔でフラフラと出てきた人間によって殺されたのだ。
「どれだけ法整備しようが止めない奴は止めないか。死刑を入れない時点で・・・お察しよね」
私は橋桁から水面に飛び降りて、水面を滑るように彼の元へと向かう。
「間に合ったわね」
彼は私に気づいて何故か驚く。
『き、君は!?』
ああ、そうか。彼が見えているから。
同じように水面へと浮いているから。
彼の容姿は肉塊とは異なり若くて細い。
当の本人は気づいてすらいないけど。
私は苦笑しつつ肉塊を水面から引き上げる。
「お礼を授けようと思ったのに無視だもの」
『お、お、お礼って?』
「行き倒れた私に恵んでくれた、お礼よ」
『ああ、さっきの』
口元の流血は、鉄塊が激突した時に吐き出された物なのだろう。病魔の痛みを止めるために飲んでいた薬が服の中にあったからか、痛みには鈍感だったようで死顔は驚きのままだった。
そして水面へ落ちて水を飲んで死亡したと。
様々な要因が重なった肉塊を見た私は、
「お礼、させてもらっても、いいかしら?」
彼の返答を頂く前に、ちょっとした仕掛けを施した。それは肉塊に私の魔力を宿した炎を点けて、一瞬で白い灰にしたのだ。
『って、身体が一瞬で粉々に!?』
驚く彼の前で粉々の灰を圧縮し、奇麗なダイアモンドに変えた。そしてダイアモンドを私の魔力で増殖させて人の身体大まで練り上げた。
そんな異様な光景に彼は目が点のままだ。
『・・・』
これで肉体を作るための依り代は完成だ。
次は宿るべき相手にどうするか問いかける。
「それで、私からのお礼なのだけど、私の世界で生まれ直してみない?」
出来上がったダイアモンドを収納庫へと片付けた私を眺めた彼は目が点のまま問い返す。
『せ、世界?』
「例えるならこの世界とは別の世界。異世界と言えばしっくりくると思う。まだ出来たてだから文明は少々・・・幼いけれど、どうかしら?」
『い、異世界』
「勿論、赤子からではなくて、大人の身体で」
彼の容姿を元に依り代も用意したしね。
そりゃあ、彼が断れば全て無駄になってしまうけど、どうせ死に逝く身だったのだから、私の誘いを受けると思う。
『そ、それって、あの、ゲームとか、小説の』
「ええ、貴方の見立てであっているわ」
『異世界』
私の説明を聞いていたのか、聞いていないのか分からないが、興味は持ってくれたようだ。
「どうかしら?」
『ど、どのみち、世界から消えるだけだったなら、俺は生まれ直したい。まだ未練もあるし』
消えるというより生まれ直しなんだけど。
彼は死んで生まれ直す事を知らないのね。
ともあれ、彼から同意を得られた私は、彼の左手を優しく握って、異世界への門をその場に現した。それが見える者は何処にも居ない。
彼のように高位の魂を持つ者以外は誰も。
『す、凄い』
「そりゃあ、私が世界を作った神ですから!」
『か、神様? 神様がなんで、行き倒れに?』
「・・・」
それは聞かないで欲しい。恥ずかしいから。
この魔力も焼き菓子のお陰で使える力だし。
私は返答する事もないまま、きょとんの彼を引っ張って二人で門を潜った。
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