女神が嫁いできた俺の食べ歩き冒険譚。─行き倒れを救ったら異世界嫁になった件─

白ゐ眠子

第一章・異世界嫁との出会い。

第1話 人生を謳歌するには遅すぎた。

「このクレープ、うまぁ。小倉マーガリンと抹茶アイスの組み合わせとか何事と思ったけど」


 俺の名は御門ミカドアキラ・独身の二十九才。両親も子供も親戚すらも居ない孤児として育って、この歳まで生き延びた。


「こうやって食えるだけでも、有り難いよな」


 それは先日、自主的に行った健康診断で再検査を言い渡され、無理を言って申請した有給休暇にて検査入院を行い、宣告されてしまった。


『落ち着いて聞いて下さい・・・』


 医師の説明で余命一ヶ月と診断されたのだ。

 しかも治療出来ない状態まで悪化していた。

 何故、こんな状態になるまで放置したのかと説教されたが『勤め先がブラックです』と返すと、ぐうの音も出ない状態になった。


(会社に診断書と共に辞表を提出したし有給消化で残り少ない人生を少しでも楽しまないと)


 俺が十年もの間、勤めていた会社はブラック企業を顧客とする暗黒冥界違法企業だった。

 唯一、得られた休みはセクハラ・パワハラ・モラハラを平然と行う女上司へと、反撃の労基をチラつかせて取得した、数少ない有給のみ。

 休日出勤は当たり前、営業職なのに何故か開発部署にも顔を出して、手伝う仕事も当たり前にあった。憩いは昼休みと日付が変わる頃の退勤・気分転換のタバコ休憩だけだった。


(タバコ吸うと飯が不味くなるからやめとこ)


 その数少ない有給で、ストレス発散のための暴飲暴食、そこへ日頃の無理が祟って気がつけば余命一ヶ月・・・過労死しなかっただけ救いだった。そう、救いだったのだが暴飲暴食の所為か体重が百キロを超えつつあり、自業自得と思って余命宣告を受けた直後に諦めた俺だった。


(時には開き直りも必要だと思うしな)


 そんな自分語りはここまでとして、今日は俺の寿命が尽きると言われている最終日である。

 最後の最後まで美味しい物を食べて誰もいない山中にてひっそりと消えようと思っていた。

 一応、痛み止め等を貰っているが、それも飲み過ぎた所為か、効きが悪くなりつつある。


(最後は一気飲みして息絶えようかね)


 これらを言葉に出すと警察を呼ばれ、説得されてしまうから出来ない。身寄りも無い家も解約したので既に存在しない。連絡手段も全て解約した。借金は元々作っていないので銀行口座の解約だけで済んだ。俺の終活は万全である。


(余命半日の患者を説得するとか、何様だってなるけどな。あ、痛みがまた出てきた・・・)


 痛みを我慢するためだけに両手に持ったクレープを左手に移動させ、薬ケースから痛み止めを取り出して、コーヒーと共に飲み干した。

 しばらくすれば多少なりに落ち着くだろう。

 普通ならこんな飲み方をしたらダメだけど咎める者など俺には居ない。ここで彼女でも居たら注意されて取り上げられるだろうが、居ないしな。そもそもの話、百キロの巨漢、ブサイクなダメ男に靡く女性などこの世に居ないから。

 しばらくすると痛み止めが効いてきた。


(もう少し保ってくれよ、俺の身体・・・)


 するとその直後、俺の左足にグニュとした妙に柔らかい感触が伝わってきた。


「うぎゅ」


 それと共に妙に可愛らしい声音が響いた。

 俺は何事と思いデカい腹で見えない足下に視線を移す。チラッと見た限りだが歩道を横切るように倒れた何かだった。今度は少し後退し、何が転がっているのか、把握する事に努めた。


「は? お、女の子? い、行き倒れかよ」


 そこに転がっていたのは赤いタンクトップと白いホットパンツを穿いた行き倒れだった。

 髪は染めたような赤色、ショートヘアとでもいうような髪型で、肌は褐色で瑞々しい。

 胸は貧相なほど無く、腰も驚くほど細い。


「俺も昔は、同じように細かったよな・・・どうしてこうなった? いや、暴飲暴食の所為か」


 一見すると寸胴と思うだろうが、白いホットパンツだけはどういう訳か大きく素足だった。

 だが、そんなド派手な見た目な割に、誰の目にも触れておらず、俺が尻を踏んだにも関わらず周囲から気づかれてすら、いなかった。

 周囲の人々は自然とその子を避けるように進み、俺だけ踏ん付けて気づけた事が謎だった。


(見なかった事にするか。今は俺もそれどころではないし。この子だけは誰も見えていないからいいが、俺が街中で転がった日には目も当てられないし・・・死んで解剖されるとか嫌だし)


 こんな害になりそうなブヨブヨとした身体を見せて誰が喜ぶねん。解剖医が可哀想だろう。

 俺はその子を無視して素通りを決行した。

 だがしかし、


「おなかすいた・・・お、お恵みを・・・」


 行き倒れが俺の左足をガシッと掴んできた。


(おなかすいたって、なんで俺が?)


 頬のこけた赤の瞳の女の子が羨望の眼差しを向けていた。身体は至って健康体なのに顔が死にかけとは、一体どういう事なのだろうか?

 彼女の視線は俺の両手のクレープにあった。

 そんな彼女を見かねた俺は逡巡したのち、


「俺の、た、食べかけだけど、いいのか?」

「う、うん」


 あまり食べていない方のクレープをそっと彼女に手渡した。そちらは果物増量で何処から食べたら良いのか分からないクレープだったが。


(どうせ、あと数時間の命だ。ここで少しくらい他者に施しても、バチは当たるまい・・・)


 他人に施してバチだと思うのも女上司に染められた結果なのだろうけどな。


「あ、ありがとうごじゃいます・・・」


 俺からクレープを受け取った彼女は身体の向きを変え、仰向けのままクレープを頬張った。

 涙を流し、困り顔の俺を静かに眺めながら。

 そんな他愛ない施しを行った俺は、彼女をその場に放置して、食べ歩きを再開する。


「元気になったなら、こんな所に転ぶなよ」

「あ、あの!」


 ただ、その一回の施しが、得体の知れない女の子から半永久的に付き纏われるきっかけになろうとは、その時の俺は思いも寄らなかった。


「お、お礼・・・ああ、逝っちゃった。あ、あとで差し上げようかな。私と・・・新たな命を」




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