第7話 そして籠の中の王子様

 美味しい食事は久しぶりでとても楽しかった。ギャル嬢は俺を見てニコニコしている。


「暇だしテレビつけるね」


「んぐっ?!」


 おにぎりに夢中で止める暇がなかった。


『せやから言うてやったんねん!お前は怪獣かよって!』


『『『アハハハハハハハ!』』』


 テレビの中の芸人が言った怪獣という言葉に俺はびくっと反応してしまった。戦った恐ろしさじゃない。俺らの戦闘がもたらしてしまった破壊について思い出したから。


「どうかしたの?気分悪い?」


 ギャル嬢が俺の顔を覗き込んでおでこに手を当ててくる。


「い、いや別に…」


「もしかして怪獣がこわい?」


 ギャル嬢は勘違いしている。だけど訂正してもややこしいので放置することにした。


「あたしも怪獣は怖いんだ。この間の横浜のやつももしかしたらお母さんが巻き込まれて死んでたかもしれないんだ」


 ギャル嬢はほっと安心するような表情を浮かべている。


「お母さんがいなくなったらどうすればいいかわかんないもの。だから横浜を守ってくれたロボットさんには感謝してる」


 守れた人がいた。その事実が俺の心を揺らす。そんな気なんかないはずなのに目がだんだん濡れてくる。


「やっぱりこわいの?大丈夫だよ」


 ギャル嬢は俺の隣に座ってぎゅっと抱きしめてくれた。


「大丈夫。こわくないこわくない」


 頭を撫でられる感触が心地いい。ギャル嬢の体の柔らかさに安心感を覚える。


『番組の途中ですが臨時ニュースです。指名手配犯、不正規難民職業不詳の自称ヴィニシウス容疑者に対して軍警は身柄の確保に対して総額1億円の賞金をかけたと発表しました。繰り返します。ヴィニシウス容疑者の身柄を確保し軍警に引き渡した者には1億円の賞金が与えられます』


 ニュース番組は俺の顔写真や背格好や特徴を流している。それを見たギャル嬢は目を丸くしている。


「これって君のこと?」


 ギャル嬢はのほほんとした口調でそう尋ねてきた。俺は思わずうなずいてしまう。


「大変だねぇ。ねぇ店長さんに匿われてるんだよね?」


「うん。そうだけど」


「だったら早く逃げた方がいいよ。あの人すぐにズルするよ。あたしたちへの給料とかなんかいろいろ文句つけてすぐ減らしてくるの」


 ギャル嬢は立ち上がってドアの方に向った。ドアを少し開けて耳を澄ましてから、俺の方に振り向いて。


「店長さんもスマホで今のニュース聞いてる。絶対に軍警に君を売っちゃうよ。こっち来て」


 ギャル嬢は俺の手を引っ張って裏口の方へと連れてきた。そして俺に持っていたバックを渡してきた。


「お金とクレカ入ってるからそれで頑張って逃げて」


「そんな?!いいの?俺は追われてるんだ。悪い人間かもしれないよ」


「あたしは頭よくないから君がいい子か悪い子かわかんない。だけどまだ君は子供でしょ。寄ってたかって大人たちが追いかけまわす方が絶対におかしいよ」

 

 ギャル嬢は優しく微笑んでくれた。そして俺の背中を押す。


「この恩は必ず返すよ!」


 俺はそれだけ言って裏口から外へと走り出す。ただただ逃げ続ける。どこまでもどこまでも。













 結局都内を逃げ回って、とうとう古巣の天王洲ファベーラに帰ってきてしまった。俺たちファミリアのねぐらだったガレージはひっそりとしていた。中に入ってみる。軍警が荒らしまわった後があった。家具も調理器具も写真一枚さえも残っていない。もう思い出の場所でさえも俺には残されていない。誰も帰ってこないこの場所は俺には広すぎて寂しく感じられた。


『見つけたぞ!!すぐに投降しろ!!』


外から眩しいライトの明かりが入ってきた。兵士たちの足音やヘリの飛び交う音が聞こえてくる。このままここに火でもつけて思い出と心中するかと思ってしまったがそんなの意味がない。俺にはもう何もない。心は凪のように穏やかだ。


「もう好きにしてくれよ。俺にはもう何も残っていないんだから」


 俺はバックをぎゅっと抱きしめながらガレージの外へ出る。


「ヴィニシウスさまですね。相変わらず綺麗な紫ですね」


 詰襟を着た綺麗な女の人が俺の方へと寄ってくる。


「参謀総長!危険ですよ!!」


「子供が危ないなんてのは良くない理屈ですよ。まったく」


 参謀総長と呼ばれた女は帽子を脱いで頭を下げた。


「こたびの騒動。宸襟を騒がせてしまい。誠申し訳ありません。決して殿下のお手を煩わせるようなことはいたしませぬ。我らについてきてはいただけませんか?」


 何を言っているのかよくわからなかった。だけど前みたいな犯罪人扱いはしないでくれそうに思える。


「あんたは俺を知っているのか?」


「ええ。よく知っていますよ。なにせかつては近衛でしたからね」


 こうして俺は軍警に拘束されてしまったのだった。












『ディオニューソス。喜んでるのね。王が帰ってくるのだから当然よね。あたくしも楽しみだわ。これよりモノミスが始まるのです。ええ、愉しくないはずがありません。世界の転生はこれで約束されたのです。王は人民を啓蒙し世界を切り拓いてくださるでしょう。もちろん手を抜くつもりはございません。モノミスを達成するためには多くの要素が必要なのですから。そのためにあたくしはリスクを犯してステータスシステムをこの世界にばら撒いたのです。愚かなる人民に真なる世界を体験させてあげるための玩具ですが、怪獣に侵されるこの世界にはちゃんと延命になったでしょう?王あっての世界ですが、世界がなくなっては王がいる意味もなくなってしまいます。綱渡りですがなんとか間に合いました。すべてはモノミスの実現のため。あたくしは王の信奉者。推し活に全力の魔女に御座います。今後のあたくしの活躍にご期待くださいませ!』






















 拘束こそされたが、以前とは違い俺の扱いは格段によくなった。まあどちらかと言えば腫物扱いみたいな感じだったけど。とは言え外出は自由にできないし常に監視状態にはあった。しばらくの間はひたすらメディカルチェックを受け続けた。それと人型機動兵器のシミュレーションに乗せられてひたすら戦闘訓練をさせられた。ビデオゲームってやつをやったことはなかったけど、たぶんそんな感じなんだろう。実戦と違って被害が出ないのだからわりと楽しかった。そしてとうとう実機への搭乗を命じられた。だけど。


「今日は調子悪いんで」


「まあそういうなら」


 俺は来る日も来る日もディオニューソスへの搭乗を拒否した。だって乗ったら碌なことにならないことだけはわかる。あんなことは二度とごめんだ。


「学校に行ってください」


 参謀総長さんにそう言われた。


「いやなんだけど」


「すみません。今回は希望を聞いてあげられないんですよ。国連ってほら、いろんな国からカツアゲした金で運営されてるじゃないですか?だから理事国から突っつかれると断りづらくて」


「なんで理事国が俺に学校に通わせようとするんだよ」


 物心ついてこのかた一度も学校なんてところに行ったことはない。ちょっとは興味があるが、今のイミフな状況で行きたいとは思えない。


「皆さんどこの国も怪獣の危険で危ないじゃないですかぁ。だから優秀なマギステルパイロット人型機動兵器プーパ・エクテスが一つでも多く欲しいんですよね。ヴィニシウスさまの立場ってすごく半端なんです。国籍がないから所属も曖昧になってて各国がうちの国の国民だ!なんって主張してる状態なんですよ」


「無茶苦茶だなぁ」


「ディオニューソスも研究のために日本政府に国連が貸与していただけで元々は国連の資産です。つまり理事国共通の資産とも言えます。それで色々と上の方で陰謀が渦巻いた結果、ヴィニシウスさまは国連預かりとなり、しばらくの経過観察期間を経てから、自分の所属国を選ぶということになりました。なおその時はディオニューソスもおまけでついてきます」


「ええ…なにそれぇ…」


 ふっと世界の軍事バランスとかいう言葉が頭を過ぎて行ったのだが。恐ろしいから考えたくない。


「国連はあなたの身分を保障しますが、各国がやってくる営業活動には口を挟みません」


「何よ営業活動って?」


「ずばりぃハニトラです!!」


 参謀総長は鼻の穴を膨らませてなにか楽し気だ。


「ヴィニシウスさまの下に世界各国から選りすぐりの美少女たちが送り込まれてくるでしょう!あの手この手で男心を絡めとろうとする正妻戦争の幕開けですよ!」


「俺まだそういうの早い年ごろだと思うんだけど?」


「国益の前には道徳なんて弾け飛びますからね。まあ気楽に考えてください。立場はあなたの方が圧倒的に上です。ヤリ捨てようがDVしようが誰も文句を挟みません!むしろ合法ハーレムみたいなもんですよ!!」


「クズ一直線じゃねぇか。絶対に嫌なんだけど…」


「でも決まったことなんで!あとはよろしくでーす!」


 参謀総長はテーブルの上にカードを一枚置いて部屋を出ていった。そのカードには国連警察軍の詰襟を着た俺の顔写真が貼ってあった。


ーーーーーー

国際連合警察軍士官学校 つくばキャンパス

教養学部教養学科

ヴィニシウス 少佐

ーーーーーー


 学生証のようだ。階級まで書いてある。


「ええ、少佐?何それぇ…」

 

 だけどこれに逆らうのは無理そうだ。荒波は立てたくない。まあ世界各国が俺のご機嫌取りをしたがってるらしい。何もせずに穏やかに過ごそう。










世界なんてもう俺の知ったことではないのだから。













****作者のひとり言****


やさぐれてるぅ。まあ追いかけまわされて、やったことを責められたら無気力にもなるかなって思います。



この世界においてステータスシステムは魔女さんが人類延命のためにばら撒いた玩具です。

同時に世界転生の儀とも関連のある何かでもあります。


本作は基本的にはヒロインとラブコメ→怪獣襲来みたいなパートを繰り返すと思います。

そして徐々にモノミスという取り返しのつかない何かに踏み込んでいくみたいな感じになると思います。


これからもよろしくです。

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世界を救えるロボットに乗れるのが俺だけなんだけど、世界とかどうでもいいので搭乗拒否します!だけど周りが何としてでも乗せようとして必死過ぎます! 園業公起 @muteki_succubus

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