第6話 逃亡
横浜の惨状を突きつけられてすぐに尋問は終わった。俺は部屋から連れ出されて囚人護送車に乗せられた。
「お前が動かした機体はとても特別なものらしい。なにせいままで起動させられた者がひとりもいないとかなんとか」
俺とともに護送車に乗った取調官の軍人はやるせなさそうに語る。
「上はお前を利用したいらしい。よかったな。特別なお前には利用価値があるからきっと裁判も懲役もないだろう。だが忘れるな。お前は特別であっても罪からは逃れられない」
「そんなの俺には…」
俺が言葉を言い終わる前に爆音が響いた。そして俺たちの乗る車は横転して運転席側が爆発した。
「痛ったぁ…ひっ?!」
運転席は血みどろになっていた。そして俺と一緒に乗っていた兵士と取調官は爆風をもろに食らってぐしゃぐしゃに死んでいた。
『ターゲットを確保しろ!!紫色の瞳の子供だ!』
窓から外を見ると軍警の兵士たちと黒づくめの兵士たちが銃撃戦を繰り広げていた。魔法やスキルを駆使した凄惨な戦いの中で兵士たちが次々と死んでいく。
「…はは!俺のせいかよ…あはは!」
俺は近くに落ちていた兵士のライフルで手錠を撃って壊した。そして護送車のドアのカギも撃って壊して外に出る。ライフルはすぐに捨てた。こんな光景にビビっている俺には銃なんて過ぎたおもちゃだ。
「俺がそんなに好きなら勝手に殺し合ってろ!」
俺は護送車から離れて走り出す。銃撃戦が続く道路から路地裏に逃げ込んだ。そしてひたすら走った。走って走って走り続けた。
どれくらいの間走り続けたのかわからない。どこかの公園に俺はついた。すぐに水飲み場で喉を潤して、頭から水を被って汗を流した。
「なんなんだよぅ。何が起きてるっていうんだ」
どうやら俺はかなりヤバい立場に立たされてしまったらしい。でもそんな状況でも不思議と腹が減ってくる。コンビニの廃棄弁当でも食べようと思い駅の方に向かった。無事廃棄弁当をゴミ箱から発見したおれは電柱に背中を預けてそれを手づかみで食べる。ずっと何も食べていなかったからとてもおいしく感じられる。近くのギャルたちが浮浪児な俺のことを見て眉をひそめていた。食えることが当たり前の連中ほど弱者を見下すものだ。
『次のニュースです。先日横浜にて発生したテロ事件の容疑者として確保された不正規難民の少年が護送中に逃亡したとのことです。軍警は警戒を呼び掛けるとともに有力情報に対して懸賞金をかけ行方を捜しています。逃亡した少年の名前は自称ヴィニシウス。黒い髪に紫色の瞳の中学生ほどの少年です』
近くにある電気店の街頭に並べられているテレビからそんなニュースが流れてきた。俺の顔写真がばっちり乗っている。まともな写真がないのか昔ふざけて撮ったベロをペロッとだした笑顔の写真だった。
『あれ?ねぇこの子って』
『目の色珍しいよね…あれ?』
近くにいるギャルたちが俺の方に目を向けた。俺たちの視線が交差する。そしてギャルはスマホを向けてパシャリと俺の写真を撮ってからどこかへと電話をかけ始める。俺はそれと同時にダッシュを始めた。
「軍警ですか!!テレビで見た犯人がいました!場所は恵比寿の…!」
すぐに路地裏に入ってギャルの視線から逃れる。俺の行方に全国手配がかかったらしい。とにもかくにも捕まるわけにはいかない。息が切れても走り続けた。
逃げる途中量販店でパーカーを万引きした。フードを深くかぶって瞳の色が周りからわからないようにする。とはいってもジリ貧もいいところだ。金は一文もない。ファベーラに逃げ込むことを考えたけど、どうせすぐに密告されて終わりだろう。だけど一つだけ俺には手があった。俺のお母さんのコネを利用すること。俺は都内をできるだけ軍警の張っていない裏道を通って吉原までやってきた。俺のお母さんは風俗業界に強いコネクションがある。もう亡くなってしまったがいまでもお母さんを慕っている人は多いはずだ。俺はとあるソープ店に正面から入り込む。
「おっと。駄目だよ坊や。ここは大人になってから来な」
受付に店長さんがいた。にこやかな雰囲気の人だ。
「大人になってからじゃ遅いんだよ」
俺は店長に顔を近づけてフードを少し上げる。
「その瞳の色!?」
「やあ不二重蔵さん。久しぶりだね。まだ俺の母が生きていた時以来かな?」
「ああ。あの人の葬式以来だな…。だが何の用だ」
「生前母はあなたがヤクザから抜けるときに尽力した。その恩を返して欲しい」
「…わかった。ついてきてくれ」
俺は不二店長の後に続いて店の奥に入っていく。そしてとある部屋に通された。どうやら休憩室のようだ。
「ここで休んでいてくれ。店が終わったら逃がす手はずを整える」
「ありがとう助かる」
疲れた体をソファーに横たえる。そして店長は部屋の外に出て行った。やっと人の目を気にせずに休める場所に辿り着けた。天井を見ながらぼーっとできる幸せをかみしめる。
「ああ…疲れたぁ…あのおっさんねっちこすぎ…ってえ?誰?!」
下着姿の綺麗な女の人が部屋に入ってきた。肩にはバックを下げている。この店のソープ嬢のようだ。胸が大きくスタイルがとてもいい。まだ年もかなり若そう。ギャルっぽい明るい化粧で華やかな雰囲気がある。どうやら日本人のようだ。
「あ、どうも店長の知り合いです。俺のことは無視していただけると助かる」
「無視って…ええ…ここ女の子用のスペースなんだけど」
ギャル嬢は不満げな目で俺を睨んでいる。だけどべつに怖くない。今はソファーのフカフカさに夢中なのだ。
「はぁ。まいっか。子供みたいだし。てかソープの中に子供入れたら駄目なんじゃ?あれ?」
ギャル嬢は部屋に備わっていた冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出して口に含んだ。そしてすぐにそれを洗面台に吐き出す。それを何回か繰り返した。
「何やってんの?なんかの儀式?」
その奇行に興味を覚えて俺はギャル嬢に話しかけた。
「儀式じゃないよ。お口の中洗ってるの。あれの匂いがまだ残ってるから」
「あ、あーなるほどなー」
すごくえぐい話を聞いてしまった。気まずい。
「てかきみってガイジンさんだよね?とっても綺麗な顔してるね。どこの国から来たの?」
「さあ?わかんね。物心ついたときにはファベーラにいたから。人種も民族も苗字もわかんねぇんだ」
お母さんだって俺を拾ってくれただけで、実の母じゃない。まあでも優しく俺のことを育ててくれた。今の今まで生きてこられてのはあの人のお陰だ。
「え。あ、ごめんね。変なこと聞いちゃったね」
「いいよ別に。このご時世、生きているだけでも上等だよ」
「そうなんだ。ガイジンさんも大変なんだね」
ギャルは俺の向かい側のソファーに座った。冷蔵庫から持ってきたコンビニの袋をテーブルの上において中身を出す。ツナマヨや梅、昆布などなどのおにぎりに卵やハムのサンドイッチがテーブルの上に置かれる。ギャル嬢は梅のおにぎりを取って袋を開けて食べる。両手でおにぎりを持ってちょこちょこと食べる仕草がなんか可愛らしかった。しかし羨ましい。日本人はこんなにおいしそうなものを手軽に食べられるのだから。ファベーラにはこんな新鮮な食品は流通しない。まずい人工合成食で、たまに缶詰が食べられればいい方なのだ。
「もしかしてお腹空いている?」
じーっと見ていた俺のことに気がついたのだろう。ギャル嬢は微笑んで言った。
「好きなのとっていいよ」
「いいの?!じゃあこれ…」
俺はツナマヨのおにぎりを手に取る。袋を開けて一口かじる。米の柔らかな甘みとツナマヨの濃厚な旨みが口の中で混ざり合って俺の舌の上で暴れている。
「すごく美味い!!」
「そんな大げさだな。こんなのどこでも売ってるおにぎりだよ」
「でも俺賞味期限超えてないおにぎり食べたの初めてなんだ!本当にすごく美味しいんだ!」
「え、ええ…そ、そうなんだ…他のも食べていいよ。うん好きなだけ食べて」
ギャル嬢は優しい目で戸惑いながらもそう言ってくれた。キーファーたちに裏切られてからはじめて人に優しくしてもらった瞬間は幸せに感じられたんだ。
***作者のひとり言***
ヴィニシウス君が餌付けされてるぅ!
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