第5話 理不尽
空から巨大な怪獣が降りてくる。太い二本の足で地面に立ち羽を畳む。その姿はまるで竜のように見える。
『GAYAA!GYAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONN!』
天に向かって唸り声を響かせる。その響きに根源的恐怖感を覚える。人は絶対にこの存在には勝てないのだと本能が教えてくれる。
『そうか結局帳尻ってやつは合うようにできているということか』
マルスが俺のディオニューソスを蹴っ飛ばして距離を取った。
「キーファー!?待て!待ってよ!まだ話は終わってない!!」
『終わってる。お前を一度殺した時に終わってるんだよ。でもよかった。二度殺すもお前を殺さずにすんだ。あとはそこの怪獣に任せるさ』
そう言ってキーファーはマルスのバーナーを吹かして宙に浮かぶ。そしてそのままどこかへと飛び去った。
「くそ!キーファー!キーファー!!きーふぁーぁああああ!!」
俺も追いかけようとディオニュソースを飛ばそうとした。だけど飛ぶ先に怪獣が放った光線が横切ってしまい、そこで止まるしかなかった。まともに当たればただでは済まない。
「俺を行かせない邪魔なんだなぁあ!!」
俺は怪獣と正面から向き合う。すぐに怪獣は口を大きく広げて再び光線を放ってきた。光線の威力はすさまじいだけど、モーションはすさまじく単純。発動タイミングさえ見極められれば避けられる!
「ワンパなんだよ!真っすぐだから!あっ!真っすぐじゃないかぁ?!」
俺はコックピットの後ろに向かって振り向く。そこには横浜の街が映っている。このまま俺が避ければ、街に光線が降り注ぐ!
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
「うわぁあああああああああああああああああああああ!!」
俺は両手にオーラを集めてシールドにして光線を迎え撃つ。光線が拳に直撃して機体に衝撃が走る。じりじりと後ろに押されていく。コックピットのあちらこちらに警報と各種モニター数値が慌ただしく現れては消えていく。これはきっと機体が上げる悲鳴だ。
「ぐぅうう。どうする?いいや!悩めないんだよ!」
俺はバーナーを一気に吹かす。そしてその勢いのまま怪獣に向かって駆けていく。
「がぁああああああ!!」
怪獣に近づけば近づくほど、光線の威力は増していく。どんどんディオニューソスの両手はドロドロに溶けていく。そう。だからこのままでいいのだ。
「お前が焼いたんだ!お前がのめぇ!!」
ディオニューソスは怪獣に肉薄するまで近づけた。そして光線を放つ口に向かってディオニューソスの両手を突っ込む。
『GYOVBO?!』
水道のホースと一緒だ。出る部分を抑えれば、光線のエネルギーは怪獣の中で暴れまわるほかないのだ!
「うおおおおおおおおおおぉお!!」
さらに駄目押しで両手から残るオーラのすべてを出し尽くす。それらのエネルギーはディオニューソスのボロボロの手を破壊しつくした。そして同時に怪獣の胸と腹がまるで風船のように膨らみ。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAa...a...』
まばゆい光を放って怪獣が破裂した。辺り一面に血と臓物が飛び散る。ディオニューソスの正面も返り血を浴びて真っ赤に染まった。
【怪獣反応消失】
モニターにはそう表示されていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…くそ…追いかけられなかった…みんな…俺をおいていかないでよぅ…」
涙がボロボロと零れる。寂しさで体が冷えていくように思えた。寒い。ここは寒すぎる。そして俺はそのまま凄まじい疲労感で意識を手放した。
『さあ。あたくしの推し王さまはかくして怪獣を倒して人類を守りました。あたくしには聞こえます。ヴィニシウスさまを讃える声が!ありがとうばんざいありがとうばんざい!ですがそう上手くはいかないのです。まだまだ推し活が足りません。ヴィニシウスさまを待つ運命はきっと残酷なものでしょう…ああ、なんて可哀そうな王様!ですがあたくしは知っております!あなた様の偉業を!!ああ!ヴィニシウスさま!』
アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク市 国際連合本部ビル
国連警察軍の詰襟の制服着た一人の女性が廊下を慌ただしく走っていた。脇にファイルを抱えて顔を真っ青にしている。そして彼女は目的の場所に辿り着いた。
「失礼します!天后陛下!!」
女性はノックもせずに部屋に入る。すると開けた窓際にスーツ姿の一人の女神の如く美しい女が背中を向けて立っていた。両手でコーヒーの入った紙コップを持っている。窓からニューヨークの街を眺めている女は振り向きもせずに言う。
「事務総長。ここではそう呼べと言っているはずだが、参謀総長?」
「陛下!いいえ事務総長!」
「閣下をつけろ」
「めんどくさいなぁ!事務総長閣下!大変なんです!すごく大変なんですよ!!」
参謀総長と呼ばれた女はデスクにファイルを広げる。だが事務総長は相変わらず振り向きもしない。
「てかこっちみてくだいさよぅ!」
「お前はたかが怪獣が国を滅ぼしたくらいで大変大変と宣う。付き合いきれない。とっとと消えろ。私は忙しいのだ」
「ぼーっと街を眺めてるだけのくせに!本当に大変なんですよ!もう仕事がさぼれなくなるくらいに!」
事務総長はやっと参謀総長の方に振り向き、デスクの方につかつかと歩いて戻ってきた。そしてチェアに腰掛けて濃い目のストッキングに包まれた綺麗な両足をデスクに乗せて組み、めんどく臭そうにファイルを眺める。
「ふむ。横浜に怪獣?そうかそうかそれは大変だな。ご苦労。では下がれ」
紙コップに入ったコーヒーをすすりながら事務総長はファイルをペラペラめくっていく。
「ちゃんと読んでくださいよ!ほら!12ページのところ」
参謀総長は事務総長に顔を寄せてファイルを捲った。
「ふーん。なになに。ディオニューソスが機動し、怪獣を撃破。なんだ怪獣が死んだだけか。ずずー。ん?ぐほあぉあはほあjふぁsdじゃj2おjvはおが;jもZ*jpifa!!!」
事務総長は啜っていたコーヒーを参謀総長に向かってぶーっと吐き出した。
「うわ!きったな!ひどい!」
「そんなこと言ってる場合か!!ディオニューソスが機動しただと!!なのになに暢気な面を晒してるいるのだ!!」
事務総長はなんとも名伏し難い顔で、参謀総長の胸倉をつかんで揺らす。
「だから大変だって言ったじゃないですか!!全然人の話を聞いていないじゃないですか!!」
「喧しい!今聞いている!!!パイロットは!パイロットは?!どうなったんだ!!どこにいる!生きているのか!!?」
「わかりません!現地の国連警察軍は日本政府の指揮下なので情報を出し渋っているようです。怪獣襲来前にテロがあったらしく新型機体が強奪されたようで…」
「そんなのどうでもいい!パイロットは!?
「だからわからないんですって!!多分日本政府に拘束されたものと」
「そ、そうか…。だが…あはは…あはははははは!!」
事務総長は大声で笑い始める。ファイルに映るディオニューソスのことを愛おし気に撫でながら。
「ああ。ヴィニシウス。ヴィニシウスぅ!やっと見つけた!ああ!あの魔女に拐されて幾星霜。やっとやっと見つけたぁ!!ああ…」
ファイルを抱きながら事務総長はまるで恋する乙女のように頬を染めている。
「ああ、怪獣なんかと戦ってきっと怖かっただろうに。なぜそんな時に限ってそばにいられないのか!この私の不徳を恥じるばかりだ。ああ、ヴィニシウスぅ…」
「とりあえずどうします?確保でもしますか?」
参謀総長はため息を吐きながら面倒くさそうに提案をする。
「ああ、今すぐに会いたい。だがまずい。最近はスーツしか持ってない。ちゃんとドレスを仕立てて。化粧も見直して。それからそれから」
「うわぁ…いい年してるくせに中学生みたいなこと言ってるぞこのババア…とりあえず安全の確保だけはしておきますね。シャワー浴びたいんで失礼しますね、陛下」
そう言って参謀総長は部屋を出ていった。
背中にフカフカな感触を覚えた。そして上半身だけを起き上がらせる。どうやらベットで寝ていたようだ。
「やっと起きたかクソガキめ」
俺の周囲に迷彩服を着た兵士たちがいた。みんなが俺に銃を向けている。とりあえず両手を上げる。兵士の一人が俺の両手に手錠をかけた。
「立て。これから尋問を開始する」
俺は言われるがまま立ち上がり、兵士たちに引っ張られていく。そしてくらい部屋に押し込められて、そのテーブルにつかされた。手錠はテーブルの下に繋がれた。俺の目の前に詰襟を着た軍人さんが座る。
「さて。お前は国連警察軍が保有する機体に許可なく搭乗しテロリストと戦闘したあげく怪獣と勝手に戦った。なぜそんなことをした?」
「…乗りたくて乗ったわけじゃない」
「ほう。じゃあこれはなんだ?」
そう言って軍人はテーブルの上に写真を広げた。それには見覚えがある。俺の家に飾ってあるキーファーたちと写っている写真だ。俺の大切な思い出だ。
「何勝手に人の家に入ってんだよ!勝手に俺の大事な写真に触るな!!」
「基地から新型機体を四機盗んでいったのはこいつら。お前はこいつらと親しい関係にあるようだな。共犯なんだろう」
「違う!俺は…俺は違う…あいつらは…俺を…」
置いていった。そう口に出したかったけど、それを認めるのは嫌だった。俺は今でもあいつらをファミリアだと思ってる。思いたいのだ。
「これは捜査ってやつなんだろう?じゃあ黙秘権を使う。あと弁護士。司法の常識だ。それくらいの権利はあるだろう?」
ここでなにかを変に喋ってもろくなことにならないのは目に見えている。
「ほう。権利についてご存じのようだな。だがな。お前のような大罪人にそんなの認められると思っているのか!!」
俺の隣に立っていた兵士が銃のストックで思い切り俺の頭を殴った。
「何すんだ!」
痛みと衝撃で思わず激高するが、手錠のせいで体を動かせない。
「お前こそ何をしたんだ!よくもあんなことを!!」
「落ち着け!」
別の兵士が俺を殴ったやつを抑える。
「だけどこいつは!!」
兵士はぼろぼろと涙を流していた。その姿に何か悪いことをしてしまったかのような気持ちになった。
「わかってる。わかってるけどやめろ!さあ行こう」
兵士は取調室から同僚に連れ出された。一体何なんだよ。
「お前は自分がやったことを理解していないのか?それとも恨みを晴らせて気持ちよかったのかな?」
目の前の軍人が厳しい視線で俺に問いかけてくる。
「何を言ってるんだ?別に誰かに恨みなんて持ってない」
「我々はそう思っていない。ファベーラに押し込まれたガイジンたちがいつ暴れだすのかいつもひやひやしている」
その現実は理解できる。理不尽さはいつも覚えている。だけどそれだからと言って外の日本人たちを恨んだりはしていない。社会の仕組みは受け入れて、それでもファミリアで幸せに生きてきたつもりだ。
「これで満足か?」
そう言って軍人はまた写真をテーブルの上に並べる。それは見るも無残な死体の写真だった。真っ黒に焼き焦げた子供、四肢を潰された女。大やけどを負っている男。どれもこれもむごたらしい憐れな姿。俺は目を反らす。見ていられなかった。だけど兵士が俺の髪の毛を掴んで、再び顔をテーブルの上の写真に向けさせる。
「なんでこんなものを見せるんだよ」
「お前がやったことを見せているだけだ」
「俺はこの人たちにこんなひどいことはしていない!」
「したんだよ!お前は!!覚えていないのか!お前がテロリストを庇って怪獣の光線が横浜の街に降り注いだことを!!」
「…え…あ、ああ!?」
「そうだよ!この写真に写っているのは!お前のせいで死んだ人たちだ!!」
俺はキーファーを守った。それで外れた怪獣の攻撃が街を焼いた。それは俺がやったことも同然なのか…?俺はその事実に打ちのめされた。
***作者のひとり言***
大切なファミリアを守った結果、街が焼かれて多くの人々が死にました。
ヴィニシウス君…別に間違ったことをしたわけではないのに齎される結果が悲惨すぎて筆者的にはすごく書いていて可哀そうな気持ちになります。
モノミスは続きます。今後もよろしくお願いいたします。
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