二.少年延命冒険譚(2)

 今日は僕の退院日。

 コウ君は小学生の頃にできた友達。

 初めて話した時、雰囲気は怖くて緊張したけどそんな事より、幽霊みたいな存在だった僕に話しかけてくれた事が、何より嬉しかった。

 コウ君とは話していて楽しかった。

 入院すると決まって、話す機会が無くなると思って寂しくなった。けどコウ君は何日もお見舞いに来てくれた。(なんなら夢の中でも話し相手になってくれた。ちょっと不思議な夢だったけど)

 僕の病気は命に関わるものだったらしい。でも僕はそんなに危機感を感じなかった。コウ君の方がよっぽど心配してた。

 そして今日は僕の退院日。

 いつものように来てくれたコウ君と一緒に、今まで居た病室を後にする。

「いやぁ身長差、随分できちゃったねぇ」

「ずっとベッドの上だったもんな」

「アハハ、なんか置いてかれちゃったなぁ」

「リョウもすぐに成長するさ」

「どぉだろね」

 そんな話をしながら、エレベーターを降りる。


 * * *


「いったぁ、久しぶりの日差しが痛いよ」

「大丈夫か?」

「ジリジリする……」

「ヤバかったらちゃんと言えよ?」

「アハハ、ありがと」

 いやぁ、街の景色変わってるっぽいなぁ。

「うぅん、家まで辿り着けるかなぁ?」

 コウ君の足が何かに引っかかったように不自然に動く。

「ねぇ、僕の家」

「左」

 ん? なんだろ。僕の質問が分かってたみたいに答えるのが早い。まぁ、いいや。

「よし、いこっか」

「……」

「ん? どうしたの?」

「あ、いや」

 コウ君、病院出てからなんか顔色が良くないなぁ。落ち込んでる? なんかしそうな顔……

「ん? んん? あ、そっか! 夢だ!」

「どうした?」

「いやぁ、なんかコウ君のその表情見た事あるなぁって思って。なんていうのかなぁ……迷路から抜け出せない顔っていうか、魔法で村を燃やされた顔っていうか……で、思い出したの『夢の中でもこんな顔してたなぁ』って。最近見た夢だよ」

「そうか……」

 うぅん、ちゃんと話聞いてるのかな?

「えっと、ここ右?」

 交差点。確か右の方、という約二年前の記憶があったので聞いてみる。

「ん、ああそう」

 そう言われて交差点を渡る。

 半分くらい渡った時だった。

 ドシャ

「え!? 何、今の音!」

 右の方から空気を引き裂くような衝撃音が聞こえ、慌ててそちらを振り向く。

 どうやら音の発生元は病院らしい。

 そう思ったのも束の間。

 トン。

「!」

 え、何? 押された?

 その時何かが頭に流れ込む。


『右に曲がって、それから……」『夢の中でも?』 『なんか女みたい』

  パチン。

『は、はあ。リョウ?』『信号を左に』『今度一緒に』

 パチン。

『起きてる』『不思議な夢でも』『いいから待て!』

 パチン。

 何、これ……

『おいおいおいおい……』『日が落ちるの待つか」『いつか……」

 パチン。

 知らない。何が起きて……

『痛かったはずだ』『いや、ダメなんだろうな』『間に合え間に合え間に合え間に合え……」

 そっか、そういう事か。


「ああ、分かった」

 そう優しく放った言葉は、淡くどこかへ消えてしまった。


 パチン。


「コウ君、ありがと」

「へ? お前……」

 病院前。

「ちょっと待ってて、考えるから」

 なるほど、こんな感じか。

 コウ君がさっきまでしてたのは、僕が死ぬのをある種のスイッチとして病院前に戻る、という不思議な現象。しかもその時、戻る前の記憶もある。

 あ、マズイ。

「歩きながらにしよっか。左だよね?」

「え、違……くない」

「じゃ、行こっか」

 ちょっとした当てずっぽうだけど不思議な『現象』というより、特殊な『チカラ』なのかもしれない。

 そして交差点でコウ君に押された時。なんでかわからないけど、このチカラで僕を助けてくれようとしてた間のコウ君の記憶が頭の中に入ってきた(知らないうちに死んじゃってたのはちょっとショック)

 あと、ひとつ疑問。今、チカラって僕にあるのかな?

「この交差点を右だよね?」

「ん、ああそう」

 このチカラが発動する条件はきっと、チカラを持っている人、もしくはチカラを持っている人の近くの人の死。そして決められた場所に戻される。

 さっきコウ君はバイクに撥ねられて死んじゃった。そして病院前に戻ってきた。交差点で押された時の記憶がある。

「右良ーし。左良ーし」

 条件と結果がコウ君の時とほぼ同じ。

「もっかい、右良……」

 ドシャ

「しくない。左バーイク」

 シュン

「さ、渡ろ?」

「……」

 コウ君はさっきから辺りをキョロキョロしている。僕なんかより、よっぽど危なっかしい。

「ほら!」

「!」

 そう言って服の裾を引っ張る。

 そして何事もなく交差点を渡り切る。

「ふぅ、こんな事でいいのかな……」

 僕は何事もなかったように歩く。いつの間にか早歩きになっている。

 少し歩いて気付く。

「ってちょっと、コウ君! 早く行こうって!」

 コウ君は何が起きたか分からない、という顔で信号機の下に立ち止まっていた。正直、ここに長くは居たくない。僕はコウ君の元へ向かう。

 その時、空に見えたのは鉄の鳥と、舞い落ちるその羽。

「!」

 そして表せないような轟音と、激しく舞った砂ぼこりに親友は消えた。


 パチン。


「うん、やっぱ僕にあるみたい」

「……?」

 病院前。

「実験するみたいでごめんね?」

 コウ君はきょとんとしていた。

「さぁて、次こそは」

 てか、飛行機の羽落ちてくるって何!? そんな事ある!? ま、まあとりあえず、左に行くとどうやっても助かる気がしない。右に行くと青信号にトラックが突っ込んで来るし、待っててもなんか怪しい人に刺されちゃうし。あ、それなら……

「!? おい!」

 右に行ってトラックが突っ込んで来る前にあの信号を渡り切る!

「はぁはぁ、んっ」

 うう、きっつい。すぐに息切れる。

「ふぅ、着、いた」

「お、おい、なんで走った」

 コウ君もちゃんと追いついた。

「え、えと体力テスト?」

 信号は青になっていた。

「おい渡るな、待て!」

「や、だっ」

 信号を渡り切りゆっくり減速する。そして振り返ると丁度コウ君がトラックをかわしたところだった。

「よし!」

 そしてコウ君も渡り切る。これで大丈夫。あとはここから離れれば大丈夫。

 そう思ったのも束の間。

 ガシャン

「え?」


 パチン。


「何?」

「……?」

 また戻ってきた……? 何、今の? 看板……? いや、でも……

「いける……!」

「は? 何を……っておい!」

 さっきより早く走り始める、これだ。コウ君も付いてきてくれる。

「はぁはっはぁ……」

 もう体も走るのに慣れたみたいだ。あれ? 僕って病院出たの、ついさっきだよね? それって二分前? 十分前?

まぁ、いいや。

「はあはあ、あ、赤……青!」

 僕は僕にもコウ君にも、構わず足を進める。

「あとはっ」

 渡り切り、走り込むだけ。看板が落ちてきた所より少し遠くに。

 何気なく上を見る。

(うわぁ、あれが落ちてきたのか。当たったらひとたまりもないなぁ)

 そんな事を考えながら、看板の下を走り抜ける。そして振り返り……

「早く!」

 急かす。それくらいし出来ない。僕は僕で先に進む。

 ガシャン

(戻、らない!)

 自身の作戦が成功して心の中でガッツポーズをする。

 だがしかし。

 ガラガラガラガラガラガラガラガラ……

(はい!? 何さ今度は!)


 パチン。


「あーもう、完璧だと思ってたのに」

「……は?」

 とりあえず走ろう。走りながら考える。時間の節約。天才的!

 まず何が起きたか知ろう。とはいえ僕も見えなかったし、考える材料もないしなぁ。あ、あった。何かがぶつかり合う音と、心臓に来た押しつぶすような、貫くような激しい痛み。あれはなんだったんだろう。

 そんな事を考えている間に、信号機に辿り着く。

 あれ? さっきより少し早く着いた? 気のせいかな。

「……青! 急いでっ」

 やっぱり、コウ君は付いてきてくれる。

 えっと、その後は看板が落ちてきて……

 ガシャン

 そして僕は上を向く。何が起きたか知るために。何が起こるか知るために。何をすべきか知るために。

(ありゃりゃ、これは……)

 スカスカの骨組みのビル。そして降ってくるのは……

 ガラガラガラガラガラガラガラガラ……

 無数の鉄骨。

 僕は足を止めてしまった。避ける事も忘れて。そのため鉄骨が刺さってしまった。脳天から思いっきり。


 パチン。


「ぎゃあああああああああ!」

「ど、どうした……!?」

「はっ!」

 ああ、なるほど「痛かった」ってこういう事か。おっと感心してる場合じゃないな。

「急ぐ、よっ?」

 ふぅ、危ない危ない。また間に合わなくなるところだった。てかさっき、また実験しちゃった。ごめん、コウ君。

 心の中で謝りつつ、状況を整理する。

 ビルから鉄骨が降ってくる。鉄骨で良かった。全然いい。飛行機が落ちてくるより全然いい。鉄骨ならどこかに安全な場所があるはずだから。そう思うと安心する。

 さっき見上げたとき、だいたいどこに落ちるか分かった。そこに走り込んでしまえば勝ち。あとはコウ君が付いてきてくれればどうにかなる……はず!

 僕はまた交差点を渡る。

「急いで!」

 僕はなんでこんなに走れるんだろう。病み上がりだっていうのに。

 もし神様が僕を強くしてくれたなら本当に嬉しい。でも、もし神様がコウ君を殺しているなら絶対に許さない。

 いや、あまり暗い事は考えないようにしよう。

(はい、ドーン)

 ガシャン

 落ちてこないのは確か……あそこ!

 さっき見たときなんとなく分かった。僕がさっき死んだ所より数歩先、あそこへ走れば。

(思えば何回やり直したんだろう)

 あと二、三歩。

(一、二)

 その時だった。

「いてっ」

(三、四)

 転んだ。

 グサッ

(五……)


 パチン。


「六回目。今度こそ」

 もう、明るい考えも上手くできない。

「コウ君、急いで!」

 明るい考えをしていれば辛い事なんてなかった。

「え、は?」

「よーい」

 けど、コウ君が死ぬのはもう……

「どん!」

 嫌だ!!

「はぁはぁ、んっ」

 コウ君、本当はちょっと辛かったんだ。あの時。『ユーレイ』って呼ばれていた時。教室で僕の近くにいる人には僕が見えていないみたいで、なのに少し離れたとこにいる人はチラチラこっちを見てニヤニヤしてて、ソガイ感みたいなモノを感じてた。

 そんな中、コウ君は声をかけてくれた。

「おい、お前なんで……」

(赤信号、早く)

「はぁはぁ、青に……なった! 早く!」

「はあ?」

 あの時はいきなり話しかけられて驚いた。確か言葉は……お前、みんなに『ユーレイ』って呼ばれてるけどいいのか? だったかな。急にそんな事言われたからポカンとしてしまった。辛い、それが本音だったのかもしれない。ただ、この僕に話しかけてくれた事が嬉しかったせいなのか、回答まで明るくなってしまった。

(渡り切る所まで順調。ここから……)

「コウ君!」

 口にしてしまうと不思議なことに、今までの辛さがなくなっていく。

「早く!」

 コウ君が居たから今まで明るく生きてこれた。

 ガシャン

(戻らない。大丈夫)

 戻りたくない。

「リョウ!」

「こっち!」

 もう寂しかったあの頃には戻りたくない!!

 ガラガラガラガラガラガラガラガラ……

 体は、何もない。戻ってもない。ほこりが視界いっぱいに広がっているだけ。そうだコウ君。まさかチカラが消えて戻らないだけでコウ君は……なんて事になってたりしないよね?

「ケホ、ケホ、コウ君? どこぉ?」

 ほこりで咳が出てくる。

「ンンッここにいる」

 声が聞こえた方向に体を向ける。


 パチン。


 そしてほこりが晴れる。そして見える心配そうな顔。何度も見た顔。親友の顔。

「リョウ!」

「コウ君……勝った、勝ったよついに!」

「おい! 怪我は?」

「ううん、大丈夫。コウ君は?」

「どこも、ああ、ちょっとのど渇いた」

「アハハ、大丈夫そうでよかったぁ」

 その時、何かが頬を伝う。

「ん? 泣いてる?」

「な! そんなことないよ!」

「ん、そうか。てか、何が……って、は!?」

 コウ君は辺りを見まわし叫ぶ。

「アハハ、初めて見たら、そんな反応になるよねぇ」

 驚くのも当然だろう。足元に無数の鉄骨が落ちているのだから。

「あ、あれが落ちてきたのか?」

 見上げながら聞いてくる。

「そうみたい」

「怖すぎだろ。じゃない! おい、なんであの時走った」

「あぁ、あれね。君も同じチカラ持ってたでしょ?」

「は? 何言って……」

 そしてコウ君は考えこむ。

「俺、何回死んだ?」

 そう、苦笑いを浮かべながら聞いてきた。


 僕達は歩く。鳴り響く轟音を後にして。

「いやマジでこんな事があるなんてな」

「うん、びっくり」

 日はまだ傾かない。

「もうこんな目には遭いたくない」

「僕も」

「どうした? 元気ないな」

「体力の限界……」

「成程な」

「そうだコウ君、ハイタッチ」

 そう言って僕は手を軽く上げる。

「急だな」

 そう言いつつ、コウ君も手を上げてくれる。

「これは君に」

 パチン。

「返すよ」

「!」

 コウ君はそのまま固まってしまった。

 数秒後、目を潤ませて言う。

「ああ……」


 ありがとう。

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