二.少年延命冒険譚(1)
今日はリョウの退院日。
小五の時からの親友で、小六の時に入院した。その時俺はかなりショックを受けた。中二の夏までずっと休んでいたせいで、卒業アルバムの集合写真には端にポツンと合成されているだけだ。
元々体が弱く肌が白くて学校にあまり来ていない事から「ユーレイ」と呼ばれていた。
俺は態度は良くないが、そんな呼び方はしなかった。抗えない奴を攻撃したって、良い気がしない。リョウのことを「ユーレイ」と呼んでいた奴らには「阿呆みたい」という気持ちしか湧かなかった。
ただ、リョウもリョウだ。お前はみんなにそんな呼び方されていて良いのか? 我慢できず、リョウがいる日に聞いた。だが、リョウは俺の全く考えてなかった事を言った。
「て、いう事はもしかして僕って結構、有名人なのかなぁ……ケホ、アハハハ。なんか嬉しいなぁ……いつもいないのに覚えててくれて……生きてるのに『もう死んでる』とか思われてたらやだなぁって思ってたんだぁ。ケホ、ケホ……」
何を言っているんだ? 本当にそれで良いのか? そんな考えが飛び交う中、俺がこの『リョウ』という人間に思った事がある。
コイツ面白いな。
いつしか俺は、あのポジティブ解釈に惹かれていった。
俺はリョウが入院してから、行ける日は毎日見舞いに行った。クラスの奴らは気にも留めない。この消えそうな命が、同年代の誰からも知られず消えたらどうだろう。俺はそれが怖くて「こんな俺でも、心配する奴がいないよりはマシだろう」と見舞いに行った。嫌われてる感じはしなかったから通い詰めた
最近あった話をしたり、一緒に勉強したりして日々を過ごした。(勉強はリョウの方が出来たから、俺は教えてもらう事の方が多かった。学校にいる時間、全然違うのにな)
そして今日はリョウの退院日だ。
いつものように病院へ向かい、いつものように階段を駆け上がり、いつものようにリョウのいる病室に行く。
リョウはもう着替えが終わっていた。
「よ、身体の調子はどうだ」
「ああ、コウ君」
リョウは、うんと伸びをして言った。
「結構いいよぉ。なんだか解放感あって。あぁ、久々に太陽の下歩けるよ。そうだ、僕もう入院前より身体、強いみたいだよ。だからこれからはお出かけとかも、もっと出来るみたい」
「へぇ、よかったじゃん。まあでも、先に体力付けないとな」
「アハハ、確かにそうだね。このままだと、すぐにバテちゃうもんねぇ」
そんな話をしながら、エレベーターを降りた。
* * *
「いったぁ、久しぶりの日差しが痛いよ」
「大丈夫か?」
「ジリジリする……」
「ヤバかったらちゃんと言えよ?」
「アハハ、ありがと」
約二年、日に当たらずに、夏休み中旬の真夏の日を浴びればそりゃあ痛いだろう。
「うぅん、家まで辿り着けるかなぁ?」
俺にとっては見慣れた景色だが、リョウにとっては約二年間のタイムスリップだろう。
パチン。
「一応俺、家までのメモ持ってるから大丈夫だろ。えっと、病院から右に曲がってそれから……ああ、あの信号を左に行って直進だな」
「よし、いこっか」
そう言って足を進める。
「そういえば僕、入院中に不思議な夢何回か見たんだあ」
「へぇ、どんな?」
「なんかねぇ、僕、入院してるの」
「え?」
「そして、ベッドの上に居るの」
「夢の中でも?」
「そう。面白いでしょ?」
「いや、なんか……大変だな、お前。夢でも自由に動けないなんて」
「まぁ、辛くはなかったよぉ。周りなんもなくて真っ白だったけど。君が話相手になってくれたからね」
「夢の中でも?」
「それでさぁ、コウ君は僕の足の先の方に座ってるんだ。そして毎回言うの。『お前は退院したら何をしたい?』って」
「俺が、ねぇ……で、なんて答えるんだ?」
「『君と馬鹿やりたい』 毎回それだったよ。でもね、そう言うと毎回君は寂しそうな顔をするんだぁ」
「へえ。この俺が? マジか」
「一回答えを変えようとしたけど曲げなかったよ」
「そうか。そういやお前、入院前より髪伸びたな」
「うん。面倒であんま切ってない」
「なんか女みたい」
「な! 失礼だなぁ。女みたいだなんて」
「あ、ああ、悪かった」
「まぁ、いいよ。あ、この信号機か」
『ユーレイ』って呼ぶのを否定していながら『女みたい』って言うのはなんか違うよな。でも小柄で顔整ってるからそう見えるんだよな……
「まぁ、でもそっか僕も」
ドシャ
「は?」
何が……
パチン。
起きた?
「ねぇ、僕の家の場所分かる?」
今見えたのって……
「おおい、起きてますかぁ?」
あと、ここって……は?
「スウ……」
病院前だ。
「……ワッ!」
「わ! は、はあ。リョウ?」
「どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「い、いや、なんでもない」
「早くいこ? 久しぶりの自分の家、早く見てみたい。ここからどっち?」
「あれ? 言ってなかったか?」
「うん。言われてない」
「ここから右行って、あの信号を左に……信号?」
なんだ? すごく引っかかる。
「よーい……」
衝撃音……
「どん!」
「あっ待て!」
「あの信号機まで! 体力、試すっんっ」
リョウはすぐに息を切らした。
「はあはあふう、んっダメだあ。ぜ、んぜん体っ力保たないや」
「あんま無理するなよ?」
「えへへ、やっぱ体力付けないとだねぇ」
「今度一緒に筋トレするか?」
「うん、よろしくぅ。あ、この信号機か」
と、言って横断歩道を渡り出す。
「ああ、ここだ……リョウ!」
「んっどうしたの?」
「あ、いや……なんでもない」
「そう?」
なぜ呼び止めた? なぜ……
「コウ君、なんか変だよ?」
「ああ、ごめ」
ドシャ
「リョウ!」
ああ……
パチン。
もしかして……
「ねぇ、僕の家の場所分かる?」
いやまさか……
「おおい」
「起きてる」
「へ?」
信じ難いな……
病院前だ。
「コウ君、家って」
「右行って信号左」
「あ、うん……まぁいこっか」
病院、右、信号、トラック。
病院、右、信号、トラック。
まさかこんな事が起こるなんて……
いや、俺はこの先の未来が分かる。次は夢の話のはず。
「ああそうそう僕ねえ」
「不思議な夢でも見たか?」
「え!? なんで分かったの?」
「あ、いやなんとなく……入院してた?俺出てきた?」
「なんで? なんでなんで? なんで分かるの?」
「え、えっと……まあ、いいだろ?」
「ううん……まぁ、うん。あ、でねコウ君が僕の足の先の方に座ってるの。そして毎回言うの」
「お前は退院したら何をしたい、か?」
「もう、だからなんで分かるの?」
「えっと、き、聞きたかったから……?」
「え、そうなの? え? もしかして『望みを三つ言いなさい』みたいな感じ?」
「まあ、買って欲しい物とかあれば買ってやる。あ、ちょっとタイム。あんま高い物は無理かも」
あと無事に家に帰れたら、心の中で小さく呟く。
「ふふん、何買ってもらおうかなぁ。あ、そうそう、夢の続き。それでねぇ答えると君は毎回、なんか寂しそうな顔をするんだぁ」
知ってる、それは言わなかった。
「あと、君の表情は毎回少し違くて、だんだんと寂しさが強くなってた。あ、この信号機か」
「へぇ。あ、リョウ止まれ!」
「え? なんで? 今、青信号なのに」
「いいから待て!」
「?」
そう言って、リョウを歩道まで戻した瞬間の事だ……
シュン
「え、何何!?」
あっぶな。
「ほらな、スピード出す奴とかいるから」
よし、これで……
「うん。気を付けるよっ? コ、コウ、君?」
は?
「アハハハハハハハハ。お前みたいな奴がこんなの連れてるのがいけないんだぜ?アハハハハハハハハハハハハ」
は?
パチン。
「ねぇ、僕の家……」
おいおいおいおいおいおいおいおい、待て待て待て待て待て待て待て待て。
は? 嘘だろ? いや、誰だアイツ。
「おおい……」
またか。もう確信した。
病院前……
ワツ。
「ワッ! あれ、無反応……」
て、事はまた……
「守れなかったか……」
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもない……」
「そう? なんか疲れてるみたいだけど」
「いや大丈……あ、やっぱり病院の入り口辺りで少し休まないか?」
病院、右、信号、トラック、ナイフ。
進んでダメなら、一度止まる。
「あれ? もしやコウ君も体力減った?」
「あ、ああ、まあ、そうかもしれないな」
「うん、じゃあいいよぉ、僕も日陰入りたいからねぇ」
「じゃ、雑談でもしながら日が落ちるの待つか」
トラックとアイツも……
ていうか、トラックにひかれるのを防いだら終わりじゃないのか? いや、俺の考えが甘いだけか。
何回死んでも、また救える。そう考えればいい事だろう。
「それにしても珍しいねぇ。君が休みたいって言うなんて。ここに来るまでに筋トレでもしてた?」
「ああ、まあそう……だな」
いや、いい訳ない。他の世界ではリョウは死んでる。
「腕立て、腹筋百回くらい……な」
死んでも代わりがいる、なんて考えがいいはずない。
「へぇ、すっごぉ。僕にも出来るようになるかな?」
「まあ、いつかな。いつか……」
「コウ君、震えてる?」
「へ? い、いや」
なんだ? この、心臓を誰かに掴まれてる感覚は……
気づいた時にはもう遅かった。
「!」
ドシャン
痛い……俺もか……トラック?
どうなった? 駄目だ、もう、感覚が……リョウは?
パチン。
やっぱ、助からなかったのか?
「ねぇ、僕の家」
「左」
「……よし、いこっか」
「……」
「ん? どうしたの?」
全身痛かったはずだ。なのに今は……
「あ、いや」
痛くない。
「ん? んん? あ、そっか! 夢だ!」
「どうした?」
さっきは数ミリも動く気がしなかった足を進めて聞く。
「いやぁ、なんかコウ君のその表情見た事あるなぁって思って。なんていうのかなぁ……迷路から抜け出せない顔っていうか、魔法で村を燃やされた顔っていうか……で、思い出したの『夢でもこんな顔してたなぁ』って。最近見た夢だよ」
「そうか……」
駄目だ、頭に入ってこない。右が駄目なら左、なんて単純な考えでいいのか?
いや、ダメなんだろうな。
認めたくないのに頭はそれを受け入れる。
「えっと、ここ右?」
「ん、ああそう」
交差点。
右、トラックはそろそろ病院に……
ドシャン
「え!? 何、今の音!」
左……
「!」
バイク!
リョウは、交差点を渡り切る手前。衝撃音に気を取られてバイクに気付いていない。
バイクはスピードを落とさない。ここに人がいないかのように。
俺はリョウの少し後ろ。
(押せば間に合う!)
そう思い、地面を強く踏み切る。手を突き出す。
間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え……
トン。
「!」
よし、間に合っ
ドン
た……
「ああ、分かった」
一瞬見えた光の筋は、眩んでいく視界と混ざってしまった。
俺はどこへ向かうんだ?
パチン。
「六回目。今度こそ」
やっぱ、助からなかったのか?
「コウ君、急いで!」
「え、は?」
分からない。なぜだ? リョウが……
「よーい、どん!」
走り出した。
「はぁはぁ、んっ」
分からない。どういう事だ? こいつ、足を止めない。さっきはすぐ止まったのに。
俺もすぐ信号前で追いつく。
「おい、お前なんで……」
「はぁはぁ、青に……なった! 早く!」
「はあ?」
リョウは遅いが、見るからに全力疾走。俺もその後を追う。
直後、背中の方で大きく風が揺れたのが分かった。
まさかと思い、振り向いて通り過ぎたものを見る。それは……
トラック
「コウ君!」
呼ばれて気が付いた。もうリョウとは少し距離が離れていた。
「早く!」
リョウの元に行けばいい、そんな安心感があった。
再び走り出す。
そして、追いつくと思った時……
ガシャン
知らない音。追いかけないといけない、分かっていても確認してしまう。これは……
看板?
どうやら、上から落ちてきたらしい。
そうだ!
「リョウ!」
「こっち!」
俺は全力で走った。そうじゃないと、俺もリョウも傷付くと思った。
頭上で何かがぶつかる音がした。ただもう、気にしてはいけないと思った。よし、追いつい……
ガラガラガラガラガラガラガラガラ……
た?
体は何ともない。そうだ、リョウ!
何が起きたのか分からない。立ち昇った砂ぼこりに、視界を遮られる。
「ケホ、ケホ、コウ君? どこぉ……」
「ンンッここにいる」
聞こえた細い声に咳をしながら答える。
パチン。
そしてほこりが晴れる。そして見える半泣きの顔。女みたいな顔。親友の顔。
「リョウ!」
「コウ君……勝った、勝ったよついに!」
「おい! 怪我は?」
「ううん、大丈夫。コウ君は?」
「どこも、ああ、ちょっと喉渇いた」
「アハハ、大丈夫そうでよかったぁ」
「ん? 泣いてる?」
「な! そ、そんなことないよ!」
「ん、そうか」
リョウの頬には、一筋の光があった。
「てか、何が……って、はあ!?」
「アハハ、初めて見たらまぁ、そんな反応になるよねぇ」
そう、背後にあったのは……
無数の鉄骨
俺の周りにもある。見上げると、まだ骨組みのビル。
「あ、あれが落ちてきたのか?」
「そうみたい」
リョウはそう言って苦笑いをする。
「怖すぎだろ……じゃない! おい、なんであの時走った」
「あぁ、あれね。君も同じチカラ持ってたでしょ?」
「は? 何言って……」
いや、待て。もしそうなら。でも、知らないはずじゃないのか? でも、本当にそうならここまで来れるかもしれない。
「俺、何回死んだ?」
「ごめん、君に押してもらってからの六回と君と雑談してた時の一回で計七回」
「まじか……いやちょっと待て! なんで覚えてるんだ? 飲み込めない事多すぎて、頭痛いんだけど」
「うん、じゃあゆっくり説明するよ。まず君がこの不思議なチカラを使えるようになったでしょ? でも救えなかったでしょ?」
「うぅ、悪かった……」
「ううん、今生きてるからいいよ。話戻すね。そしてさバイク来た時、僕の事押して身代わりになったでしょ?」
「……バイク?」
「そっか、そこからの記憶はないのか」
「まあ、続けてくれ」
「その時だよ。君の手が背中に触れた時。君の手からビビビビって色々伝わってきたんだ。今の僕じゃない僕を助けようとしてくれた事とか、何が起きたのかとかね。あと、このチカラももらった」
「だから、俺の知らない事まで防げたのか」
「えへへ、走ってただけだけどねぇ」
「でも、二人共生きてるし、すごいよお前」
「いや、これは二人で取った勝ち星だよ。二人共すごいって事だよ」
「ハハ、そっか」
「でもこんな話が本当にあるなんて……」
馬鹿みたい。
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