幕間一.憶(ファーストテイク)
ちょっと昔話をしましょう。そうは言っても僕が小学生の頃のお話です。小学五年の夏から小学六年の夏頃までのお話です。小説を読むところから小説を書くところまでです。どうぞ、楽しんでください。
* * *
小学五年生、夏休み。憶話綴、読書感想文用の本を学校に忘れる。家族と共に本を買いに行く事になる。この綴という人間、読書が嫌いである。なので買い物に行くのすら苦痛である。
家を出る数分前、父親が一冊の本を持ってくる。色あせた小説。勧められ一ページ読む。
無鉄砲? 何それ。一文目からよく分からない。しかしすぐにまた別の疑問が浮かぶ。
飛んだ。飛んだ!? え、何やってんの!? 主人公が学校の二階から飛び降りた。腰を抜かし、小使とかいう人におぶさって帰っていった。この時点で滑稽で面白い。(この時の僕は滑稽なんて言葉を知らない)しかし次の会話文である。
は? 主人公のお父さん、そうじゃなくて、って主人公!? ねぇ違うよね、「次は」じゃないんだよ。父親の説教、主人公の返答、どちらもツッコミを入れたくなるような会話なのだ。
ここまで読んで父親が僕に問いかける。
「どうだ? それ、面白いだろ」
僕は頷く。
「だろ? 今っぽい言葉に直されたやつあるからそれ買おうぜ」
また頷く。
そして僕たちは父親に見せてもらった本『坊ちゃん』を買いに行った。
僕の読書と思える読書はここから始まった。
さて、僕は本を読み終わった。次は感想文だ。この綴という人間、文章を書くのが嫌いである。なので目の前の原稿が文字で埋まっている未来など、到底予想出来ない。
原稿の前で唸っていると父親がやってくる。
「どうだ、うまくやってるか?」
「いや、どう書けばいいか分からない」
そう答えると父親は笑みを浮かべて言う。
「よぉし、じゃあ必勝法を教えてやろう」
文章を書くのが嫌いな綴、食いつく。
「いいか、物語は章で分けられてるだろ? まず、章ごとに重要な場面について書くんだ。そして、その章で感じたことを書く。これを全部の章でやる。で、終わったら一番印象に残ってる場面と、その理由について書く。以上!」
「……おお」
億劫に感じたが他に方法を知らない。綴は父親の言葉を信じて、メモ用紙に要点を書き出し、感想を書く。驚いたことに意外とすんなり出来上がってしまった。なんなら文が長くなってしまい、原稿をコピーすることになった。
まさかあんなに書けるとは思っていなかった。父親には感謝しかない。
こうして無事に綴は読書感想文を書き終えた。そして時々『坊ちゃん』を読むようになった。
小学六年生、梅雨入り前。憶話綴、物語製作に憧れる。案を練る。小説を書く。この綴という人間、文章を書くのが嫌いだった。しかし小説を読むことで、物語を作ってみたいと思うようになった。
母親に原稿の余りの在処を聞き出し無事入手。三枚あった。ファイルに入れて学校へ持っていく。
休み時間、原稿用紙を机に広げる。鉛筆をつかむ。タイトルを……
「あとで考えよう」
後回しにして名前を書く。そして一文目を……
「あれ? この言葉、使い方合ってる?」
書いて消して辞書を開く。そして辞書で確認しながら文章を書いていく。
僕の一作目はこうして始まった。
さて、原稿の二枚目が書き終わった。先の展開を考える。
「えーと、ここまでで二枚。この先あれやって、あの場面があって……原稿、全然足りないや」
家に帰り、お金と原稿を手にしてコンビニへ行く。コピー機にてコピー。(十五枚程度)後日、学校へ持っていく。また休み時間に書く。タイトルも仮に決めてみる。
『妖怪』
ちなみにこの頃、僕が小説を書いているのを知っていたのは、友達数人と丁度来ていた教育実習生の先生だけである。
——それから数ページ書いた頃、僕の手は止まる。
書かなくなった要因は主に二つ。
一つ目、女子の心情。
セリフを書いていた憶話綴、ふと疑問に思う。
「女子ってこんな話し方するのかな?」
登場したのは女子。作者は男子。思ったのは「男子の考える女子のセリフは、女子の考える女子のセリフと異なるのでは?」という事。
憶話綴、不安な事があると立ち止まってしまう。
二つ目、友人の言葉。
綴には仲のいい友達がいた。しかしその友達、発言が子供らしくなくて、たまに「社会に出たら——」と厳しい現実を教えてくる人だった。
僕が小説を書いているのを見て「ほらほら、締切に間に合いませんよ」と急かした。好きでやってるだけだから、と言うと「小説家なら期限守らないと、ほらほら」と返した。
この頃の僕は精神が弱い。泣いたりはしなかったが精神的にダメージを受けまくった。
そんな事があり憶話綴の執筆活動は一旦幕を閉じた。
最後にこの事を書きましょう。
教育実習生の先生のお別れ会で、一人一人手紙をもらった。僕の手紙にはこんな事が書かれていた。
* * *
——さん
ありがとう。
——さんへ
小説を書いている姿、格好良かったです。これからも続けてね。読みたかった。たくさん話せて楽しかった! ありがとう。授業の発言もステキでした。
——
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