第14話 午前9時の訪問者
茂の飛び降り自殺から3週間経った日の午前9時に県警は、やって来た。
茂の司法解剖の結果と、それに伴う疑惑の捜査をしていたし、部隊長の方でキャンベラの処分については、これ幸いとばかりに彼女を残酷で狂暴なタリバンが息衝いているスーダンに更迭した。
「先ず、化捜研の結果、体内から覚醒剤の成分が出てきました。
コカインやハシシ、ヘロインの成分です。
これについて、彼が疲れたとか、倦怠感があって鬱状態に陥っている姿を観たとか、心当たりは有りませんか?覚せい剤の入手経路を知りたいのです。」言い終わって面会室のソファーに座っている右足を組み直した後で白い出入り口ドアの曇りガラスを観た。
目付きの悪い刑事が二人とも立ち会った陶子の顔目掛け下から上へ顔面を抉る様な目付きで、心当たりが有っても無いと言わざるを得なかった。
「私は心当たりありませんが、茂は覚せい剤をしていたんですか?」不安げな表情は、対峙している刑事二人にも分かった。しかし、女医のキャンベラは薬物など、簡単に入手出来るだろうし、コカインやマリファナなんかも何の疑いも無く、彼女に渡すだろうなと、考えていた。
「不安なのは分かりますが、今から家宅捜査を開始します。いや、捜査員が、今、家宅捜査を実行しているところですが、何か言いたい事はありますか?」
睨み続けていた二人の刑事は屈めた骨盤を立て直した。
ピピピッ、着信音が鳴る! 孤独だった・・・。
夫婦はこんな時どうするんだろう?
ようやく腰を上げた刑事は県警までの同行を促し、陶子はそれに素直に従った。
もう医療センターではリハビリテーションの午前の部が始まっていた。
「母趾内転筋は足裏の親指から足底、踵までの筋肉ですが、そこを右足を振り出す時に踏ん張りましょう? そうしたら腰は右に流れませんし右肩も下がりませんから・・・。
イチルは、ストイックに指導をしていた。
八束の歩容を改善させる為だったが、一途に孤独だった。
イチルの心にはポッカリと穴が開いていてそこから岐阜県の冷たい風が吹き込み心の襞を凍らせる・・・。
リハビリ会場は暖房が掛かっているが、イチルの心中はとてつもなく冷えていた。
同僚や患者と話しをして笑うが、何処か冷めていて笑っている自分を違う自分が観ていた。
存在が無かった。
笑っているのはアバター? 兎に角、寒かった。
暖めてくれる筈の直美は、イチルの身体の外で彷徨っていた。
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