第13話  糟糠の妻

夫婦はこんな時どうするんだろう? 

 籍を入れてないから夫婦と呼べない?茂に対しての糟糠の妻・・・。 

妻と呼べないなら何で私を呼んだの? 来週から夫婦になるから?

 ようやく腰を上げた刑事は県警までの同行を促し、陶子はそれに素直に従った。

もう医療センターではリハビリテーションの午前の部が始まっていた。

「母趾内転筋は足裏の親指から足底、踵までの筋肉ですが、そこを右足を振り出す時に踏ん張りましょう? そうしたら腰は右に流れませんし右肩も下がりませんから・・・。

 一縷は、ストイックに指導をしていた。事業所も順調だ。

独立した一縷は間も無くここを去る。

 八束の歩容を改善させる為の始動だったが、一途に孤独だった。

イチルの心にはポッカリと穴が開いていてそこから岐阜県の冷たい風が吹き込み心の襞を凍らせる・・・。

 壮絶な長嶋茂の飛び降り自死・・・。

一縷ダケでなくセラピスト全員が衝撃を受けていた。

 末梢神経に血液が滞り指先まで冷たい。

リハビリ会場は暖房が掛かっているが、イチルの心中はとてつもなく冷えていた。

 何を考えているんだろう・・・作業療法士のミンナは?

同僚や患者と話しをして笑うが、何処か冷めていて笑っている自分を違う自分が観ていた。

 存在が無かった。

笑っているのはアバター? 兎に角、寒かった。

朝食を摂ってない事にこんなにの体温に差が出て来るなんて・・・著しい影響力だった。

 一縷の心を暖めてくれる筈の直美は、イ一縷の身体の外で彷徨っていた。


「離婚してくれないんだよね?」なに?他人事?

 これじゃ不倫じゃないの! 

直美は高ぶる胸中を制止して一泊置いて考えてみたら今まで観えなかったイ一縷の真実や誠実さやらが、見えて来た・・・。

 私は甘えていた? 刺激が欲しかったの? 危ない冒険をしたかっただけかも知れない。

潮が引くようにこれまで愛だと思っていた直美のパッションは、一縷をやり込めたいだけのエモーション?

 告白された二人の男と逢っている時には一縷の陰が同行していた。

高ぶる一縷への思いは怒りだと思っていたが、それは私の錯覚で、一時的な覚醒が私を包み何処か遠くへ誘う薬のようなもの・・・。

「ゴメン、私。偽りの愛だけは出来ない。」身体を凍らせていた。

 今までのご無体は、偽りのパッションだった。

後悔している・・・。悔しくて悲しかった。女の浅はかな復讐に辟易したが、直美も同性だから一括りに浅はかな女の考えと呼べた・・・。

「イチさん・・・。」何時も隣に居て温かな体温をくれていたのに今は乾燥し切った冬の空気に包まれている。

 心細く呟く。

「洗った。」心を洗ったわ・・・は? そわそわしていた男は、シャワーを促す。

 身体だけなのね?「何を今更?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る