第4話 もう一人の男

 一人の主婦の行方不明が、このような二つの箇所で、一度に三人の遺体が発見されるなど、思ってもみなかったことだった。お互いにパニックになっていて。宿で待機している女将さんの方も何をどうしていいのか分かっていないに違いない。

 とりあえず、巡査は急いで四辻に向かっていることだろう。あちらがどうなっているのか分からないが、こっちでは待つしかなかった。死体が二体そばにあり、滝の近くの湿気の多い場所で、警察の到着を待つというのも、実に不気味で仕方がない。三人が気になっているのは、仰向けになった男の断末魔の表情であった。毒を服用したのだから、相当な苦しみが訪れたことだろう。それを思うと、あの断末魔の表情のあの目が、何を見つめているのか、それが恐ろしく感じられたのだ。

 ただ、この状況を見て、最初に皆が思ったのは、

「この男は誰なんだ?」

 ということであろう。

 女性は横顔しか分からないが、明らかに探していた主婦の房江であった。房江の方は目を瞑っていて、男の断末魔に比べれば、安らかに見える。しかし、胸を抉られているのだから、安らかに死ねるわけはない。ただ目を瞑っているので安らかに見えるだけで、彼女の今際の際がどのような気持ちだったのか、この表情から想像することはできるわけもなかった。

「誰か、この男性を知っている人いますか?」

 と一人がいうと、二人とも、首を振ってまったく知らないとばかりに首を傾げた。

 もちろん、人に聞くくらいだから、それを訊いた本人も知っているわけはない。その様子は一見心中に見えるが、そうではないということは、皆が分かっていて、それには敢えて触れないようにした。どうせもうすぐ警察がきて、あれこれ聞かれるのだろうから、ここで口裏を合わせ宇こともない、そう思うと、それ以上誰も何も聞かなくなった。

 それにしても、いくら最近有名になった温泉宿とはいえ、忙しいのは繁忙期くらいのもので、今の時期のような閑散とした時期もあるので、そんな時は、他の寂しい街と変わりはない。そんなところで、同じ日に、しかもほぼ同じタイミングで死体が見つかるなど、さすがの警察もビックリしていることだろう。

 駐在など、この街に赴任してきて、ほとんど事件らしい事件もなかっただろうから、一番オタオタしているかも知れない。たぶん、所轄の刑事の命令に、ハイハイいいながら、右往左往しているに違いない。それも、二時間ドラマなどでよく見る光景だった。

 二手に別れて、行方不明になった奥さんを探すという目的で、まず滝つぼやその近くにある河童伝説の残る祠と、四つ辻に残っている祠の二つに行ってみようと思ったのは、他にこの街で探す手がかりが思いつかなかっただけのことで、まさか、最初から見つかるとは半信半疑さったことだろう。

 しかも、それぞれで死体を発見し、片方ではまったく目的の相手ではない人の死体を発見する羽目になった四つ辻側と、探していた相手は見つかったが、もう一人見知らぬ余計な男がいて、まるで心中でもあるかのような状態で見つかってしまったことに、驚きがあった。

 一体何がどうなっているのか、二か所で三人の死体。まるで見つけてほしいと言わんばかりに最初に探したところで、お互いに死体を発見することになったのだ。

 最初に死体を見つけた四つ辻側では、警察が来るのを今か今かと待っていた。こちらにはまだ、滝の方で、二人の遺体が発見されたということは知らされていない。下手に知らせても混乱させるだけだと思い、警察の事情聴取を素直に受けれるように、わざと何も言わないのだった。

 四つ辻側では、まず巡査の長谷川巡査が駆けつけた。

「通報されたのは、この三名ですか?」

 と訊かれて、

「はい、そうでです」

「皆さんはどういうご関係で?」

 と訊かれて、

「私が旅館『新風荘』の女中でして、こちらのう二人はお客様です」

 と女中がいうと、

「女中とお客がここで何をされていたんですか?」

 と聞かれたので、五人で旅行に来たのだが、そのうち一人の主婦が行方不明になったので、二手に別れて捜索しようとしていたところだと話した。

 その時に、もう一か所として滝の横の祠の話をしたのだが、その時、長谷川巡査のこめかみがピクリとして、メモしている手が一瞬止まったのを、誰も気付いていなかったようだ。

 長谷川巡査の耳にも、もう一か所で殺人事件があったことは伝わっていた。本当であれば、いってもいいのだろうが、何とか思いとどまったのは、後からやってくる所轄刑事へ気を遣ったからだった。

 ここで下手なことを言って、せっかくの事情聴取に変な主観が入ってしまうことを恐れたのだ。

 この発想は女将の発想と同じで、それだけ、今まで何もなかった街での二重殺人事件なだけに慎重には慎重を期した方がいいという考えなのだろう。

 長谷川巡査は、もっと早く事情を訊いてもよかったが、後からくる所轄の刑事にも同じことを話さなければならなくなった場合、少しでも話が食い違えば厄介だと思い、せっかくなら、刑事さんの方から質問をしてもらう方がいいと考えた。

 時間的に警察に第一報が入ってから、そろそろ一時間が経とうろしている。時間的には所轄の刑事が来てもいい頃だ。

 そうこう考えていると、パトランプを光らせ、覆面パトカーがやってきた。その様子は滝の祠の横にいた三人にも分かったので、

「やっと、所轄の刑事がきたんだわ」

 と思ったのだった。

 やってきたのは、桜井刑事と辰巳刑事であった。

 この街の所轄というと、K警察署であった。刑事課では若手の二人であり、長谷川巡査も馴染みであった。

「ご苦労様です」

 と、長谷川巡査とそれぞれ挨拶を交わすと、そそくさと車の中から機材を取り出し、慣れた手際で準備をしている人たちは、鑑識の腕章をつけた人たちで、まるで黒子のように無口で作業をしているのを見ると、ここがいかにも犯罪の現場であるということを、いまさらながらに思い知らされた気がした。

 さすがに、刑事や鑑識がやってきて、慣れた手つきで捜査をしているのを見ると、本当の刑事ドラマのようだ。

 いや、刑事ドラマしか知らないからそう思うのであって、これが普通なのだ。ただ場所がこんな田舎だということに違和感があり、田舎で起こった殺人事件というと、どうしても、旧家の血の繋がりが殺意に繋がっているような、昭和の探偵小説と呼ばれていた頃の小説は、それをドラマ化した作品を思い起こさせる、

 だが、ここが田舎と言っても、旧家などは存在せず、網元のようなものもないので、なぜここで殺人事件が起こったのか、まったく想像もつかないほどであった。

 まずは、辰巳刑事と桜井刑事は死体の発見場所を見て、鑑識にいろいろと聞いているようだった。

 たぶん、死亡推定時刻であったり、発見された時の様子、何か気になる点があれば、そこも聞いておく必要があった、

 そして、やっと死体の第一発見者となった三人のところにやってきた。

 その前に、長谷川巡査と話をしていたようなので、この三人がどういうことで死体を発見するに至ったかということはあらかた聞いているであろうと思われた。

 だが、一応形式的なことであっても、自分の耳で聞かなければいけないというのがきっと警察の捜査の基本なのだろう。刑事ドラマなどで、第一発見者が、

「えっ? 何をまた最初から家ってか?」

 と、違う刑事が来るたびに、まったく同じことを何度も話させるのを見ていたので、それも分かっていた。

 だが、きっと何度も同じことを話していると、最初に話したことと辻褄が合っていないことを話しているかも知れないということは否めなく、しかも、時間が経っているのだから、次第に記憶が薄れていくのも当たり前のことである。

「今の時代、手帳に書くなどしないで、ボイスレコーダーに収めておきさえすれば、何度でも聞けるし、間違いもないと思うのに」

 と思うのは、ここにいる証人の三人だけではないだろう。警察の方も同じことを感じているはずだ。

 だが、実際には刑事が自分で聴きこむというのが昔からの伝統なのか、聞かれる方は溜まったものではない。

 死体を発見したからと言って、自分の時間を警察に拘束されてしまったり、下手をすれば、何度も刑事が訪ねてくることもあるだろう。さすがに、出頭までは言われないだろうが、もし言われたとすれば、任意での取り調べの可能性が強く、自分も容疑者の一人だということになり、そうなると、少し話が変わってくるだろう。

 そんな状態ではあったが、三人は死体発見から結構時間が経っていることもあってか、冷静さを取り戻していた。だが、少し気になるのは時間が経ったことで、死体発見時の記憶が曖昧になっていないかということが気になっていた。

 もちろん、そんなに何時間も経っているわけではないので、根本的な記憶に間違いはないだろう。ただ、話をしているうちに、聞いている方はそうでもなくても、話している方としては、話しながらどこか辻褄が合っていないかのような錯覚に陥ることもあるのではないかと思うのだった。

 その錯覚を意識しすぎると、人間というものは頭が混乱してきて、本当に正しいことを言っているのかが疑問に思えてくる。真実と事実が同じものだと頑なに信じているかのような状態になると、えてして、そんな時の証言は、どこか曖昧で信憑性がなくなってくるものだということを、辰巳刑事も桜井刑事もよく分かっていた。

 だから、二人とも第一発見者への尋問をなるべく早くするようにしている。

 しかし、かといって、基本的な基礎知識を入れておかないと話にならないと思うので、鑑識に最初に聞いて、分かったことだけを頭に入れて尋問するようにしている。それでそこか辻褄の合わないことが出てくれば、そこで話をじっくりと聞くようにしている。

 そのやり方は、辰巳刑事は得意であり、桜井刑事も手本にしていた。

 第一発見者を見つけた二人の刑事は、三人の女性の中で一人だけ服装の違う女中に最初に聞いてみた。

「すみませんが、死体発見の場面をもう一度、簡単でいいですから、お話いただけますか?」

 と聞いた。

「私たちがここにやってきたのは、先ほどこちらの長谷川巡査にもお話しましたが、こちらの奥様方とご一緒に昨日から宿泊されているお客さんが行方不明なので、最初は警察に届けようかとも思ったのですが、一度探してからにしようということになって。二手になって探すことにしたのです。一か所はこの四つ辻の祠、そしてもう一か所は滝のある神社の奥の祠を見ようということになったんです」

 と女中が言った。

「なぜ、祠だったんですか?」

 と聞かれると、

「こちらの主婦の方々は文芸サークルの皆さんだということなんですが、その中でも今回温泉にやってきたグループは歴史に興味があり、都市伝説やオカルトにも興味があるということでしたので、ここの河童伝説について、ここに来る前からいろいろと皆さん独自に調査をされたということでした。だから、その伝説の場所にいるのではないかということで、二手に別れての捜索になったんです。もちろん、それで見つからなければ、いよいよ警察に捜索願を出すことにしようと思っていました」

「なるほどそういうことですね」

 というと、その時一人の主婦が、

「警察というところは、何かがないと動いてくれませんからね。捜索願を出したところで、事件性がないと判断したりすると、後回しにされてしまう。下手をすれば、捜索すらしないんじゃないですかね」

 と思い切り悪びれた様子で皮肉を言った。

 さすがにそれには、辰巳刑事も桜井刑事も言い返すことができず、

「ごもっともです」

 としか言えなかった。

 それを見て、ひとりの主婦は勝ち誇ったような顔をしたが、その様子は辰巳刑事と桜井刑事の頭の中から消えることはなかった。

――この奥さんは、警察に並々ならぬ恨みをもっているんじゃないだろうか?

 と感じたのだった。

「それで、あなた方三人がこちらの祠の方にやってきたということですね?」

 と桜井刑事が訊くと、

「ええ、そうです。この祠にはキツネの伝説が残っているんですよ」

 と女中が言った。

 さすがに、そこまでは二人の主婦は知らなかったようで、

「お二人には、ここで何も発見されなければ、後でその話を訊かせてあげようと思っていたんですが、まさかこんなことになるとは思ってもいなかったので私もビックリしています」

 と女中がいうと、

「そのキツネと天狗の話はまた後でゆっくりとされればいいと思いますが、まずはこちらで死体を発見した時のことをお話ください」

 と、辰巳刑事が言った。

「ええ、まず私たちは、半信半疑でこっちに来たんですが、一つにはこの近くにバス停があるので、彼女がどこかに行ったのだとすれば、バスで行った可能性もあるので、誰かが見ているかも知れないとも思ったんです。ただ、もう一つの可能性として、誰かが迎えに来たという可能性ですね。もしそれが男であれば、車で迎えに来ることになる。そうなると、やはり、宿の近くだと、仲間の誰に見られるか分からない。神社の方だと狭くて分かりにくいし、車も止めにくい。そうあると、ここは一応分かりやすい場所でもあるし、バス停があるので、そこの近くに停まっていれば分かるというものですよね。そういう意味で、私はここに彼女がいるというよりも、誰かに見られていないかという方を考えたんです」

 と、女中が言った。

 それを訊いた主婦二人も刑事二人も、少しあっけにとられたような感じであったが、言っていることは理路整然としているような気がした。

 彼女がどういう女性なのか分からないが、皆に黙っていなくなるというのは、何か曰くがあるのか、それとも、よほど、男がいないと我慢できないのか、旅行に出かけても、男との逢瀬を楽しみたいのだとすれば、相当な女だろう。

 だが、逢瀬が目的というよりも、皆と旅行に来ていて、自分だけがまわりに黙って男と会うというアバンチュールに興奮しているのかも知れない。意外とそういう女は多くいるようで、そんな女がよく事件に巻き込まれたりしているのだ。刑事としては。そんな話を訊くたびに、苛立ちを覚えるのだった。

「それで、ここまでやってきて、男の死体があるのに気付いたというわけですか?」

 と聞くと、

「ええ、そうです」

 と女中が答えた。

「誰が気付いたんですか?」

 と訊かれて、

「気付いたのは私です。私はサークルの中でもいつも最初に行かされる方で、最近では自分がこういう役目なんだと思うようになっていたんです。それまでは、二人が先導してここまで来たんですが、ここまで来ると、いよいよ選手交代という形で、私がいつものように、それこそ無意識に覗き込んだんです。すると、頭が見えたんです。その頭は真っ黒な髪の毛に覆われていたので、俯せになっているのがすぐに分かりました。プロレスラーが胸を張って雄たけびを上げている時のような両手を広げた形で倒れています。私はすぐに死んでいるのだと思いました。もちろん、確証があったわけではないですが、起き上がってくれば、オカルトだと思ったくらいだったので、不謹慎ですが、そんな状態を見ると、黙って死んでいてほしいと思ったくらいです」

 と最初に発見したという奥さんは語った。

 どうも微妙な感性の持ち主のようで、表現がいちいち芸術的を装っているようだ。さすがに文芸サークルだと女中は思ったが、刑事は文芸サークルであることは知らなかった。

 そこで、彼女の話し方に感化されたのか、

「ところで皆さんはどういうお集まりなんでしょうか?」

 と、辰巳刑事が訊いた。

「ああ、私たちは文芸サークルの仲間なんです」

 というと、それを訊いた桜井刑事も辰巳刑事も納得したかのように顔を見合わせて、

「うんうん」

 と頷いていた。

「今回は文芸サークルの仲間数名で温泉旅行というわけですね?」

「ええ、繁忙期は避けて、大きな旅館は変に気を遣うので、老舗の旅館を探していると、こちらの宿が見つかったんです。予約を入れると、自分たちだけだということだったので、二つ返事で予約を入れました」

 と、もう一人の奥さんが言った。

「でも、死んでいるということが、よく分かりましたね? あたまがこちらを向いていて、顔が見えなかったんでしょう?」

 と桜井刑事に訊かれて、

「ええ、私は以前、看護婦をしていたことがあったんです。と言っても、数年でやめましたけど」

 と彼女は言って、顔を下に向けて、モジモジした様子だった。

 それを見て桜井刑事は、

――この奥さんは、何か辞めなければいけない理由があったんだ――

 と思い、それを言いたくないのだろうと感じた。

 看護婦という商売は、何かがあって辞める場合は、他の仕事に比べて、特別な場合が多いような気がするのは、桜井の気のせいなのかも知れないが、この場合、この事件とは関係のないことであれば、それを敢えてほじくり返すようなマネはしてはいけないと思うのだ。

 辰巳刑事もたぶん、彼女が何かを隠していることくらい分かっているだろうが、気を遣ってわざと触れないようにしているのだろうと思った。

「被害者は、胸を刺されて死んでいますね。前から心臓を一突き。見事に一撃で殺しています。きっと即死だったのだろうと考えられます」

 というと、三人は、いよいよ自分たちが発見したのが死体であり、これが殺人事件であるということを実感してきたのだろう。

 しかも、自分たちが第一発見者になるのだ。看護婦であるという本当に最初の発見者の彼女は元看護婦ということで別にして、普通の人であれば、人の死に立ち会うなど、そう何度もあるわけではない。しかも、殺人事件ともなると、一生に一度でもあればいい方ではないだろうか。

 第一発見者ともなると、こんな経験は本当に希少価値なんだろうなと思っているに違いない。

 しかし、被害者の顔をまともに見たのは、本当の第一発見者である元看護婦だけだった。彼女は、その男性に見覚えはないということだったが、警察が犬馬検証を行いながら、第一発見者に面通しをするのは当然のことだ。

 そこで、残りの二人は桜井刑事に連れられて、死体のそばに連れていかれた。

「申し訳ありませんが、一度お顔をご確認いただきたいと思いまして、これも我々の職務ですので、ぜひともご協力をお願いしたいと思いまして」

 と言われて、二人とも、

――そりゃあ、刑事の職務ってのは分かるけど、それを理由にされて、気持ち悪い死体をわざわざ確認しなければいけないなんて、ご飯が喉を通らなくなったら、どうしてくれるのよ――

 と思った。

 その表情は、女中の方に強く出ていて、それを二人の刑事は見逃さなかった。

 まず、もう一人の主婦の方が、死体の男を覗き込んだ。目は閉じられているので比較的穏やかには見えたg、唇の色が真っ青になっているように見えると、顔の土色が唇の色から反映されて見えるようになり、次第に顔全体に広がってくるように見えたのだ。

 ちなみに、最初から目を閉じていたわけではない。一番最初に元看護婦が発見した時には目は、カッと見開き、断末魔の表情をしていたのだ。これを最初に後の二人のどちらかが発見していれば、その場で意識を失っていたかも知れないと思えるほどで、実際の刑事も最初は、ギョッとしたほどだった。

 第一発見者が元看護婦だと聞いて、失神しなかったのも、他の二人が顔を確認していないというのも分かった気がした。明らかに市の恐怖と苦しみにのた打ち回っているかのような表情だったのだ。

 さすがに目を閉じると、そこまでの表情はなくなっていた。安らかとまではいかないが、苦悶に満ちた表情ではない分、幾分か、元々の表情に近いことだろう。そういう意味で最初に発見した彼女には、その男が知っている人物であったとしても、見分けがついたかどうか怪しいものだった。

 しかし、三人目の女中がその男の顔を見た時、

「あっ」

 と叫んだ。

 それを訊いて、後の二人の主婦も刑事二人も少し意外な気がして、

「ご存じなんですか?」

 と辰巳刑事が訊くと、

「ええ」

 と女中が答えた。

「誰なんですか?」

 と訊かれて、女中は徐々に身体が震えてくるのを抑えることができないのか、声を震わせて、

「昨日からお泊りになっている方で、確かお名前を清水陽介さんと言われる方です」

 というではないか。

 それを訊いて、主婦二人は何が起こったのか分からずに、言い知れぬ不安だけが襲ってくるのを感じるのだった。

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