第2話 河童伝説
そんな彼女たちは、
「このあたりに河童の伝説があるのを訊いたのですが、どういうものなんでしょうか?」
と一人の奥さんが聞いてきた。
それを訊いた仲居の一人が、
「河童ですか?」
と聞きなおした。
他の人はキョトンとして、何のことなのか分からない様子を見せていたが、考えてみれば、ここは旅館である。お客さんから聞かれて堪えられるくらいのこの土地の言い伝えくらいは聞かされているだろうから、そんな中で聞かされた、河童なる伝説について、まったく反応しなかったというのは、自分たちが知っている伝説と、一般的にいわれている河童との間に、結び付かないほどの隔たりがあったのだろう。だは、そこに一人が反応したのは、彼女の中での河童に対してのイメージか、それともこのあたりの伝説に対して彼女だけ違ったイメージを持っていたからなのかも知れない。
それを思うと、この女性だけは少なくとも、他の人たちとは違った感性を持ち合わせているのではないかと思うのだった。
「ええ、何か河童伝説のようなものがあると聞いたんですが」
というと、
「私が以前聞いた話によると、かなり前のことになるらしいのですが、何かのミイラがこの温泉街の山の中腹にある神社の祠の中から見つかって、それを大学の研究室が引き取ったと聞いたことがあったんですが、ひょっとすると、それのことかも知れませんね」
と女中は言った。
「ということは、この土地に伝わっている伝説ではなく、ミイラが引き取られ、研究が行われたことによって生じた伝説ということなのでしょうか?」
と客がいうと、
「そうではないかと思います。私の知る限りでは、それ以外には聞いたことがありませんからね。じゃあ、その時に引き取ったミイラを研究していた教授が、それを河童だと認識したんでしょうか?」
「そういうことかも知れませんね。私が認識している河童というと、まず、身体が子供くらいの大きさで、身体が緑色になっていて、背中にカメのような甲羅を背負っていて、口は取りのくちばしのようになっていて、そして最大の特徴は、頭に皿を乗せているというものですね」
というと、さらに、客が補足した。
「それに、河童は水の中で暮らせるような両生類のようで、手や足の指には、ひれがついているという感覚ですね」
と言った。
「ええ、そうですね。でも、ミイラから、どこまでのことが分かるのか、そもそも河童というのは想像上の動物であり、どこまでが本当のことなのか、分かっていませんものね」
と、仲居がいうと、
「でも、河童伝説が残っているところは結構全国にあるんですよ。微妙なところで違っているとは思うんですが、閉鎖的な昔の村において、しかも、全国にそれぞれ残っている伝説というのは、あながち否定できるものではないですよね? だから、私はその土地土地に残っている伝説というのは気になるんですが、河童の伝説というのは、時に気になるんですよ・実際に一番伝説としては信憑性があるんじゃないかと思うんですよね」
と、客がいうと、
「じゃあ、妖怪のようなものだと言えなくもないですよね。そもそも妖怪というものが一番信じがたいものなんだけど、妖怪ありきで考えると納得できることもたくさんあるのも事実のような気がします。少し前に、妖怪の研究家が、『妖怪というものは。見えないようで見えていて、見えているようで見えない』というのを言っていたと聞いたことがあります。その通りなんじゃないかと思うんですよね。基本的に妖怪が見えるのは、妖怪を本当に信じている人なのか、あるいは、妖怪を怖がっているのかのどちらかではないかと思うんですよ。妖怪を怖がるというのは、信じているから怖がるのであって。結局この二つは同じことを言っているだけではないかと思うんですよ」
と、仲居さんが言った。
こんな白熱した会話を、まわりで聴いていた人は、ポカンとしていたが、そのことに一切のお構いなしの党の会話の中心にいる二人は、それだけ自分の意見に相手の話を合わせて考えようとしていて必死だったのではないだろうか。
「そういえば、妖怪の中には、おとぎ話に出てくるようなものも結構あしますよね。河童もそうだけど、座敷わらしなども、そうかも知れないですね。でも、そういう妖怪というのは、悪い妖怪ばかりとは限らないですよね、座敷わらしのように、そこにいるだけで興奮をもたらしてくれる妖怪もいますよね」
と客が言うと、
「座敷わらしに関しては、一概にそうだとは言えませんよ。確かに座敷わらしは、その家に居ついてくれていると、その家は繁盛すると言いますが、逆にいえば、座敷わらしがその家にいたくないと思うと、いつの間にかいなくなっている。そうなるとその家は没落すると言いますよね。これは逆にいうと、せっかくいてくれている座敷わらしに対して、気を遣わなければいけないということの裏返しとも取れますね。いわゆる教訓ということなのではないでしょうか?」
と仲居がいう。
「その考えはよく女将さんが言っている話ですよね。特に座敷わらしに関してはですね」
と、もう一人の仲居が言った。
「ええ」
と、言われた仲居が答えたが、その話を訊いた客たちは、
「そういえば、女将さんは来られていないですよね?」
と、もう一人の客が言ったが、彼女は、女将がこの場にいないことを最初から分かっていて、そのことに言及してはいけないと思っていたので黙っていたが、ここで敢えて女将の名前が出てきたことで、口に出すことにしたのだった。
「ああ、女将さんは、もう一人お客さんがいるので、そちらのお相手をしているんですよ」
と言われて、
「予約する時は、私たちだけだって言われたんですが、あの後に別の客さんが予約を入れられたんですね」
と聞いてきたので、
「ああ、いいえ、そのお客さんは、当日飛び込みで来られたお客さんなんです」
と、思わず反射的に答えてしまったが、答えてすぐに、
「しまった」
と考え直した。
自分を糾弾するかのような視線が他の仲居から飛んできているのも分かった。ここで言うべきことではないというのは分かったが、言ってしまった以上、下げることはできなかった。
だが、それ以上客の方からそのことについて追及する人がいなかったので事なきを得たが、いうべきことではないと反省した彼女が客を見ると、皆それぞれに目で合図をしているように見えたので、聞こうとしないだけで、少なからずの興味を持っていることだけは分かった。
「ところで、河童伝説というのは、どこから、そんな話を訊かれたんですか?」
と、話を逸らすように、仲居の一人が聞いた。
この話題は、一周まわって最初に戻ってくるものであり、そのためか、もう一人の客のことに話が及んだのも、話が次第に横道に逸れた結果だということを思い知らされた気がした。
「私が見たのは、ある観光ブックに、この温泉には河童伝説があると書かれていたので、興味を持って少し調べてみたんです」
というので、
――よほど研究熱心な人なんだわ。興味津々というべきなのか、だからこそ、文芸サークルで同人誌を出そうという気になったのかも知れないわね――
と、話題を戻した仲居は考えた。
「どこかに文献が残っていたんですか?」
とその仲居に訊かれて、
「ええ、図書館に行って調べてみたんですが、その本には河童というハッキリとした形のことが書かれてたわけではないんですが、かつて、昔水害があったようで、川の水が氾濫して大洪水が起きた時、村人の数人を助けた妖怪がいると書かれていたんです。その妖怪はこの温泉地の守り神になっているということですが、そういう守り神的な存在って、ここにはあるんですか?」
と、逆に客は質問した。
いきなり河童伝説と言い出したのは、河童という言葉を出せば、すぐに反応が返ってくると思ったからで、こんなにも話が横道に逸れてしまうとは思ってもいなかったのだろう。
彼女の方とすれば、確かにその文献には河童と書かれていたわけではないが、観光ブックの河童伝説という言葉が頭の中に引っかかっていたのだろう。
「確かにありますけど……」
と言って、仲居さんは少し話をはぐらかすように考え込んでいた。
「その洪水の話というのは、どういう感じだったんですうか?」
と、客は、今度は若干痺れを切らしたかのように聞いてきた。
「そうですね、この話を訊いた時の私の私見なのですが、まるで宗教がらみの話に聞こえた感じなんですよ。というのが、キリスト教の聖典である聖書の中にあった、ノアの箱舟の話ですね、あれのような気がしたんですよ。そのお話は、河童が人を助けたというよりも違った目線で見たような感じですね」
と仲居がいうと、その話を訊いて、どうもこの仲居は性格的に、言いたいことを引き延ばすような話し方をするのではないかと思った。
「どういうことでしょう?」
と、一度会話を切る形で聴いてみると、
「要するにですね。ノアの箱舟伝説というのは、人間を作った神が、自分の作った人間が争いを繰り返したりと、自分が思っていたような形にならなかったので、一度世の中をリセットさせるため、人間を一度全滅させて、その中から選ばれた人間をもう一度アダムとイブのようにして、そこから子孫を増やそうというものだったんですよ。いわゆる『浄化』という考え方ですよね。だけど、この浄化というのは、あくまでも、ただやり直すというだけのもので、先に対する考えがあるわけではないんですよ。そこがちょっと分からないところでもあるんですけどね。それを思うと、このノアの箱舟というのは、浄化というテーマが最初にあって、それと自然現象である洪水に結び付けたわけではなく、まず洪水という事実があって、これを書いた人が、後付けで、浄化という発想を作ったのではないかという考えですね。そう思うと、やっぱり聖書というのは、人間が作ったものなんだなという当然のことをいまさらながらに感じさせることのような気がしてくるんですよね」
と仲居は言った。
この仲居の話を訊いて、皆感心していたが、この話を皆きっとこの仲居が普段からこのようなことを考えていたと思っているだろう。
だが、本当はそうではなく、この場で出てきた話を訊いていて、自分の中の発想として生まれてきた考えであった。
普段から考えていることもあるのだろうが、そうでなければ、こんなに咄嗟にアドリブ的な思いが浮かんでくるわけもない。そう思うと、この仲居の言っていることに信憑性が感じられるのは、説得力が強いという証拠なのではないかと思うのだった。
「では、ここの河童伝説というのは、仲居さん的には河童伝説というよりも、ノアの箱舟のように、洪水という発想があって、そこからただ単に、妖怪に助けられる人たちがいたということで、どこから河童が出てきたのかが分からないということでしょうか?」
と言われて、
「いいえ、河童というのは、やはりこの話を書いた人にとってイメージはあったと思うんですよ。でも、河童という妖怪は、その正体がハッキリとしない。各地にいろいろな伝説が残っているけど、容姿は変わらないのに、神出鬼没であり、正体不明というところで、いい妖怪なのか、怖い妖怪なのか分からない。そこが、この話において、妖怪の正体が限りなく河童に近いというところまでしか書けない要因ではないかと思うんですよね」
と仲居さんは言った。
「その様子が残っている祠が、この温泉宿には残っているということでしょうか?」
と訊かれて、
「ええ、神社の奥の方に祠があるんですが、普通祠というと静かなところにひっそりと建っているというイメージが強いですが、実際には近くに滝があり、その滝つぼに叩きつける水の音が結構響いているので、静かという印象はないですね。しかも、風圧で滝の湿気からか、祠はいつも水に濡れたようになっているんですけども、腐ったりしているわけではなく、昔のままという不思議な状態で残っています。腐らない特殊な木で作られているんでしょうかね」
と話してくれた。
「じゃあ、明日さっそく行ってみようか?」
とその客がまわりの皆にそういうと、
「そうね、それを見に来たようなものですからね。ところで、何か危険なこととかありますか?」
と、もう一人の客がそう言って、仲居さんに聞いた。
「危険なことはありませんが、祠の中で、決して見てはいけないと言われているところがあるので、気を付けてくださいね。その場所は分かるようになっていますので、くれぐれもお願いします。そうじゃないと人によっては、見てはいけないところと聞くと、敢えて見ようとする人がいますからね。だから、本当はあまりあの場所のことを知られないようにしていたはずなんですけどね」
と仲居は言った。
「河童伝説というのは、全国にいろいろあり、微妙に伝承する姿が違ったりしていますけど、共通する言い伝えもありますよね? 例えば、好物はきゅうりだとか、相撲が好きだとか、頭の皿が乾くと力が出ないとかですね。そもそもどうしてきゅうりが好きなんでしょうね?」
と客は訊いてきたが、
「私も詳しくは知らないんですが、これは私が祖母から聞いた話なんですけど、河童というものは、水神様が零落したものだと言われているらしいのですが、このきゅうりというのは、水神を信仰している人たちにとって、お供え物であるということから、河童はきゅうりが好物だと言われるようになったということのようです」
と仲居がいうと、
「零落というのは、どういうことなんですか?」
と客が聞きなおすと、
「落ちぶれたとか、そういう意味のようです」
と答えると、
「まるで西遊記のようですね」
と、他の客が言った。
「ああ、なるほど、沙悟浄ですね。あのお話も確か沙悟浄は河童の化身で、しかも元は天上界の役人で、捲簾大将、つまり天帝のお側役の一人だったようですね。天帝の宝の器を割ったことで、展開を負われたことで、三蔵玄奘の弟子になって、天竺を目指すということになったといいます」
とこれも、別の客が言った。
「でも、沙悟浄が河童の妖怪だと言われるのは、基本的に水の妖怪だという言い伝えがいつの間にか、水の妖怪なら、河童だろうという話になったと伝えられています。ということは逆にいうと、日本では水の妖怪イコール河童の妖怪というイメージが定着しているということを意味していて、それだけ、河童というのは、水の妖怪として他に類を見ない無双の存在と言えるんじゃないかしら?」
というのが、河童に詳しい女中さんの話だった。
この女中は河童にだけ詳しいわけではなく、妖怪全般に詳しいようで、文芸サークルの主婦たちもさすがに歴史が好きだということもあって、民俗学や民芸に対しても詳しいようだ。
河童の話で結構盛り上がった話は充実した夕食の晩餐であり、気が付けば二時間近くも時間が経っていた。別に宴会をしたわけでもないのに、ここまで話が盛り上がったことはあまりないのか、女中さんたちも、結構充実した時間を過ごしたと思ったのか、想像以上に疲れを感じていたようだ。
客の五人は、かなり興奮していたが、充実していたことに変わりはなく、このままではすぐに寝付くことができないと思ったのか、温泉に最後は浸かることにした。
この宿の露天風呂は結構広く作ってあるので、五人は月あかりを見ながら、それぞれに充実した気持ちになっているのか、それとも、先ほどの会話で思考回路がマヒしてしまったのか、皆温泉に浸かると無口だった。
その日は満月で、月明かりが綺麗に差し込む露天風呂だったので、宿に到着してすぐの入浴は、
「汗を流す」
ということだけが中心であり、食事に繋がる、一種の繋ぎというイメージだったが、今回は会話で火照った頭を冷やすという意味合いの入浴なので、おのずとのんびりとした入浴に、中には、そのまま気持ちよくなって眠ってしまうのではないかと思えるほどの充実感に包まれたかのように思っている人もいたりした。
実はその時間、女将が相手をしていた一人宿泊の客も偶然入浴をしていた。
彼は、女将と差し向かいで、約三十分ほどの夕飯を終えると、軽く睡眠を摂り、先ほど目を覚ましてから、もう一度温泉に浸かろうとして、一人男湯の露天風呂に入っていた。
女性の方から声は聞こえないが、気配だけは感じていた。
「確か、数人の団体だと聞いていたが」
と、その割には静かなことにどこか違和感があったが、静かなことは彼にとっても願ったり叶ったりだったので、ありがたかった。
彼も同じように月を見ていたが、どのようなつもりで見ていたのだろう。風呂から上がったら、月の写真でも撮りたいという衝動に駆られたいたのだろうか。だが風呂に浸かっている時は、湯の暖かさに集中していた。
「余計なことは考えない」
と思っていたのかも知れない。
温泉を出てから、男性の方は、部屋に帰って、少し仕事をこなしていた。温泉に浸かったのは、その日の疲れを取る目的と、食事を摂ってからなまった身体をシャキッとさせることで、仕事ができる精神状態に持っていくことが目的だった。隣の女湯にいた文芸サークルの連中とは目的が違っていた。
部屋の戻ると、すでに布団は延べてある。その横にテーブルが置かれていたが、布団の端を座布団代わりに座ると、意外と楽であった。
テーブルの上にパソコンを広げて、彼はそれから二時間ほど作業をした、それから寝たのだが、眠った時間は十一時頃だったろうか、一仕事が終わって彼は喉が渇いたことに気が付いて、自販機コーナーへと足を勧めた。ほとんど薄暗い状態の中で強い照明をしめしていた自販機コーナーには、数種類の販売機が置かれていて、そのうちの缶ビールのコーナーから、中くらいの大きさの缶を選んで購入した。その奥には小腹が空いた時ように、数十秒でできる簡易の料理があり、ハンバーガーや焼きそばがあった。
「まるで、高速道路の自販機コーナーのようだな」
と思い、ビールにはおつまみをと思い、その中の焼きそばを選んで、できるのを待っていた。
するとそこに、
「こんばんは」
と言って、一人の奥さんが現れた。その人もまだ飲み足りないと思ったのか、ビールを買ってすぐに戻っていった。
挨拶を交わしただけだったが、男の方は彼女を見て、
「女性の浴衣姿って、結構色っぽいな」
と感じた。
男はその女性が自分を見た時、一瞬だが、ハッとしたのに気付いていた。だが、それは暗闇の中で見つけたのが自分であり、しかも、自販機コーナーの強い明かりに照らされた顔は、まるで暗闇に突然浮かび上がった妖怪でもあるかのように感じたからではないかと勝手に思っていた。
男には、その主婦とは初対面だと思って差支えはなかった。まったく初めて見た人だと思ったからだ。
時計を見ると、そろそろ十一時半くらいだっただろうか。二人とも普段であれば、まだまだ宵の口と言える時間であった。
しかし、温泉宿では物音ひとつしないほどの真っ暗であり、ロビーは申し訳程度の明かりがついているだけで、とても一人でいられる雰囲気ではなかった。
時期としては春から梅雨に向かう時期で、風も生暖かったのだが、じっと表にいると、寒気が感じられた。
しかも、二人とも自販機に飲み物を買いに来ただけなので、裸足にスリッパである、足元から冷えてくるのを感じると、すぐにでも部屋に戻りたい衝動に駆られたとしても、無理もないことだ。女性は特に冷え性の人が多いということなので、足元からの冷え込みは男性に比べてきついのかも知れない。彼女が挨拶だけですぐに部屋に帰っていったのも、分からないでもないと、彼は思った。
男の方としても、寒さと不気味さで部屋にすぐに帰ったが、何とも言えない臭いがどこからか漏れてくるのを感じていた。
それはまるで石を齧ったかのような、味気なさを比喩したような表現になるが、この臭いはまさしく、雨が近いということを感じさせるものだった。
他の人に聞いたことはなかったので、何とも言えないが、
「これを感じるのは自分だけなのかも知れない」
と思った。
それに、時々、
「私は雨が降るのを予知することができる」
という人がいるが、その人は自分と同じような匂いを感じたり、空気中の湿気の濃度の微妙な違いから、雨が近いことを悟るのではないかと思っていたが、やはり臭いが大きな影響を及ぼしているように思う彼は、
「寒いのは足元だけで、身体は湿気からか、それほど寒さを感じない。こういう時は時間をかけると身体が慣れてきて、寒くならない」
と感じていた。
しかし、缶ビールを飲むにはここの冷たさは合わない。よほど部屋の中が暖かいという思いが頭の中にあった。
部屋に戻ったことで男は、焼きそばをつまみにビールを飲んだが、先ほどの女性の態度が気になって仕方がなかった。
「あの時に声をかけておくべきだったのか」
と感じたが、すでに後の祭りだった。
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