第22話 脱出行(1)

「状況を整理しよう」


 リーダー、いやこの場で初めて知ったがマテルという戦士が、一同を集める。

 場所は一応部屋の奥。

 近くに置かれた、死んだ戦士の亡骸は、顔をきれいに拭いた上で瞳を閉じさせ、髪を整えて安置されて、上からマントをかけてある。


「現状、我々が生きて帰るのもぎりぎりだろう。だからアディルの亡骸を運び出すのは無しだ。このままダンジョンに還ってもらう」


 彼の仲間である4人、ここまで案内してきた1人と部屋にこもっていた3人は仲間の亡骸に目をやり、うつむいて……だが何も言わずにうつむいているだけだった。


「……うむ、肯定もしづらいだろうが、ここは耐えてくれ。弔いぐらいは皆でさせてもらう……ベイズ?」

「ええと……僕は教会所属というわけでは……いえ、そうですね。精一杯やらせてもらいます」


 つたないだろうが、誰にも弔われないのも悲しいだろう。

 彼が今安らかで、また生まれ変わって新たな生を送れるように祈ることにしよう。


「幸い、壁はしばらく大丈夫だろう」


 これは、ふさいだ段階でしばらく警戒していたが、見た目に変化が無いと確認できたことでの判断だ。


「だが、空気が無くなるぞ」


 これは魔術使の1人が発言した。

 僕も、教会で地下室の掃除をするときに入り口は開けておけと注意されたことがあり、その時に神父さまに教えてもらったことだ。

 空気はずっとあるわけではなく、吸える空気はどんどん減っていくそうだ。

 狭い空間をふさぐといずれ吸える空気が無くなって死んでしまうらしい。

 今回は、隙間を完全にふさいだので同じ状況のはずだ。


「だから、打って出るのは前提として、どういう戦略で行くかだ……」

「やはり、炎の魔術で一掃していくのがよいのでは?」

「そうなるな、魔術使が多いわけだし……」

「なるだけ剣では戦いたくない相手だ」

「ベイズの術は?」


 っと、僕の方に話が飛んできた。


「僕の使える神威はあまり攻撃的なものがありません。退魔の術は全方向に効果がありますが、この層の相手だと動きを鈍らせるのがせいぜいでしょう。あとは、結界がありますが……移動はできません」


 清悟集にていくつかの神威は使えるようになったが、力が足りないのか信心が足りないのか、使えないものも多い。身近に相談できるものでもないので、特に追求していないが、今使える分だけでも助かっている。


「なので、今回外に出るのには、僕も魔術でお手伝いしようと思います」

「魔術? 神官は使えないんではなかったか?」

「そのはずだが……」「まさか……」

「僕はちょっと変なんで……」


 と言えば角が立たないかな、と前から準備していた言い方だ。「僕は特別なんで」とか「特殊なんで」とか言うよりはましかなという狙いがある。


「変……って……」

「くははっ、使えるというのならいいさ」とマテル。

「中層で最近目立ってるからいずれは下層に来るとは思っていたが、そんな秘密があったのか……」

「くそっ、早めに目をつけておけば……」


 下層冒険者にも意外と僕のことは知られていたようだ。


「おっと、勧誘は無事に戻れてからにしてくれ。今はこの場から脱出することに集中しよう。それで、魔術使が4人か……では前に2人でスライムを焼きながら進んでもらう。ベイズ、確認したいが、結界自体は移動できなくても、お前が移動できないわけではないな?」

「ええ、その間に魔術を使うこともできます」

「ならば、それを置いて背後の備えにしよう。入り口の周辺結界を張って我々全員が通路に出る。それで後ろからくるスライムを防いで、後は前を炎で焼いて進む。ベイズはいろいろできるからいざというときに備えて温存。残り3人で前方を任せよう」

「あ……あの、私は炎系は苦手で……すいません。子供の頃火事に巻き込まれて……」


 魔術使の一人が言いにくそうに発言する。


「そう……か、よし、ならば背後に壁を作ってもらおう。少しは足止めになる」

「わかった……すまない」

「では、申し訳ないが、ベイズも魔術攻撃に加わってもらう」

「はい」


 その後、進むための隊列、異常な事態が起こった時の打ち合わせを行い、いよいよ打って出ることになった。


「よし、ではお願いする」

「はい、『化身伝三章に曰く、聖ガリオン、優しき心もて、弱きものを守る盾、不浄は通ること能わず』」


 壁にくっつき、結界を発動。


「やはりか……では追加も頼むぞ」


 なにが「やはり」なのかというと、単純に半径が足りないのだ、通路をふさぐには。

 その恐れがあったので、足りないとわかった場合には連発して通路をふさぐことに決めてあった。


「よし、壁を解除」


 マテルの言葉に、魔術使が土魔法を解除。

 たちまち崩れ落ちる入り口をふさいでいた土壁。

 そして外は……


「気持ち悪い」


 想像以上の数の不定の汚濁エヴィルスライムの群れだ。

 結界の円形から弾き飛ばされたのか、その外側に積みあがっている。

 だが、元々黒っぽい不定形だが個体ごとに色に多少の差があるのか、一色というわけではなく、それがまたどろどろと交じり合って一層気持ち悪い形になっていた。


「円内は安全だ、早く出るぞ!」


 その光景を見てめんくらった一同も、なんとか部屋の中から通路に出る。


「押すな! はみ出る……」


 戦闘で元気よく出たドイルが押し出されて円の範囲を出そうになる。

 一瞬のことで、追加した結界が間に合った。


「はあ、危なかった……」


 これで一応通路の幅をカバーできたはずだ。

 通路のどちらの方向も、先ほどよりさらに積みあがってエヴィルスライムがひしめいていた。


「よし、進むぞ」


 マテルの号令によって魔術が飛ぶ。

 だが……


「一発では無理か……」


 同じ魔術を使う僕でも、高威力だったが、一発で一掃というわけにはいかないようだ。

 連発することで、ようやく床が見えてきた。

 そして注意しなければいけないのは壁や天井にも張り付いている。

 こちらも無視するわけにはいかない。


「背後、ふさぎ終わりました」


 空気の流れが止まったのがわかる。

 今、魔術によってこの場は通路の行き止まりとなったのだ。

 もう、進むしかない。

 僕の結界だが、まだ4回か5回ぐらいは使える感触だ。

 いざというときにはこれも使って皆を助けないといけない。

 だが、まずは……


『フラ・サルバ・ベラン!』


 まだ敵味方に距離があるなら、これでいいだろう。

 炎の絨毯が前方通路いっぱいに広がり、それが向こうに燃え広がっていく。

 かなり痛めつけられていたエヴィルスライムは、これでほぼ一掃できた。床のものは……


『フラ・ドゥル・アルシェ」


 前方担当の魔術使に寄る炎の矢が天井のスライムを叩き落とす。

 もう一人が床に落ちたそれに炎の矢を単発高威力で打ち込んでとどめを刺す。


「よし、進むぞ」


 言葉に従い一行は前方に足を進める。


「次、右だ」


 斥候の誰か、多分ここまで案内してくれた冒険者が声を上げる。

 見える先は前と右への分かれ道だ。

 どちらの通路もまだスライムの姿が見える。


「結界行きます。中央を確保願います」


 回収を節約するためにも、一回で通路の全体をカバーするようにしたい。結界の聖跡は自分中心の円形なので、僕自身がその場に立って発動しないとそれはかなわない。


「よし、斬りこみ行くぞ!」


 ここまで直接の接敵は避けていた。

 が、2方向に敵がいて、炎魔術の使い手が3人から2人に減る状態では、近接で攻撃する必要もある。

 エヴィルスライムの嫌なところは、スピリットのような精神攻撃、呪詛、それに毒、腐食、劣化のような効果を受けるところだ。それは、人体、武器、防具の別なく受けてしまう。

 したがって、体に障ってしまうと動きが鈍くなり、毒を受ける。そして金属製の武器は腐食し、布や革の衣服や袋はボロボロになる。

 なるべく直接の接触は避けたい相手だった。

 だが、生き残るためにはそれをしなければいけない。

 幸い、この場にいる戦士の複数が属性付の剣を持っていて、そうでないものにも『名もなき騎士の聖跡』をかけてある。

 それなりに耐えてくれるだろう。


「ちくしょう、剣でスライムなんて……」


 だが、不定形でやわらかいスライムを剣で攻撃するのは難しい。

 まさかこんなに出てくると知っていれば剣以外の武器を選択していたかもしれないが、無いものはしょうがない。


「ぐあっ」

「くたばれっ」

「やべえ、足に……」


 体格の大きな前衛たちに囲まれて進む僕には、彼らの戦いを直接見ることはできないが、状況的に苦戦しているのは分かる。

 だが、だからといって引くことはできない。

 もう後戻りはできないのだ。


「ここだっ」


 指示を受けて、僕は準備していた結界を発動。

 バンッと一斉に弾き飛ばされる音が響く。

 一気に周囲が広がる。

 押されていた戦士たちの前がクリアになって、皆の背中も遠ざかったことによって、僕の周囲も広くなった。


「はあ……はあっ……きついな」

「前後に壁を!」


 結界は持続時間が短いし敵が積み重なるとさらに短くなる。

 その前に壁でふさいでしまう。

 今まで進んできた通路がふさがれ、出口の方ではない分かれ道も通路でふさがれる。


「もう一回重ねますか?」

「……そうだな、お願いする」


 最初に敵を吹っ飛ばすのに、かなり力を使ったので、もうすぐ結界は解けてしまう。周りを見渡してすぐに動ける状況でないと判断した僕は、指示を仰いで結界の重ね掛けを行う。

 さすがに座り込む人はいなかったが、いったん剣を下ろす。


「よし、誰か、前方に光を投げてくれ」


 マテルの指示に魔術使の一人が光を投げる。

 薄暗い通路が照らされ、様子が明らかになっていく。

 エヴィルスライムは覚悟していたほどの数ではなく、これぐらいなら突っ切って走ればなんとかなるかもしれない。

 そう、判断できるような光景に、一同に安堵の雰囲気が漂う。

 だが……

 通路の向こうに見えたものに、再び緊張が高まる。

 人型。

 一見冒険者に見える。

 だが、そんなはずはない。

 いったんみんなの頭から抜けていた、神捨て人タンジュの一団だ。


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