第21話 救援

――こんな大勢で入るのは久しぶりだな


 という感想が湧いてくる。

 もっと最初、まだ最低限の火の魔術だけ、威力も今と比べ物にならず、単なるラクラ球状が1つだけ、というそこいらにいる新米魔術使だったころのことだ。

 一応魔術が使えるということで連れて行ってもらったダンジョンの上層――あれは確か8層だったか……で、何とか魔術の詠唱を間違えないように集中し、前衛が倒されて自分の近くに敵が来ないように祈りながら歩いていた時のことを思い出す。

 結局その時に役立たずにもならず、死にもしなかったことで、その先の冒険者生活があるのだが、今となってはずいぶん昔のことに思える。

 今回、僕はかなり重要な役割を果たすことになるので、ちょうど前後に4人が配置され、隊列の真ん中を進んでいる。


――走り込みとかしようかな……


 これまであまり気にしなかったが、この場で前衛ができないのは僕だけだ。どころか、こうして進んでいるだけでも体力の消耗が激しい。

 今までは、こちらの都合に配慮してくれるありがたい仲間ばかりと組めていたのは幸運だったが、これからもそうであるとは限らない。


――なんせ、稼がなきゃいけないからな……


 実際には、彼女の方が圧倒的に金持ちだが、親に反対される可能性もある。そうなったときには……まあ、かっさらって帝国にでも逃げようか……あっちの方でもダンジョンの2つや3つはあるだろう。あ、でもそうなるとあいつらのことが心配だなあ……

 少なくとも、リオが成人するぐらいまでは面倒を見ると決めている。あいつらも連れて行く? それも一つの方法だなあ……

 足は動かしているが、索敵はしなくていいので思考は好き勝手に展開されてしまう。呆けていたつもりは無いが、突然前が止まって軽くぶつかってしまう。


「すいません」


 相手は片手を軽く上げて「いいよ」と返答する。そのまま彼は、腰の、鞘に入った剣の柄をつかみ、いつでも抜ける体勢に入った。

 敵が近い。

 僕の、大していいわけでもない耳でも、何かをガンガンと叩く音が聞こえる。まだ、壁は破られていないようだ。


「行くぞ、声を上げろ」

「……おおーっ!」


 こちらに敵を引き付け、中の救出対象に救援を知らせるためだ。それぐらいわかる。他の敵を引き寄せる可能性もあるが、得失を考えたうえでの判断だろう。

 前衛が、走り出していく。

 通路は、基本的に2人並べば一杯程度の幅しかない。

 これは剣などの中くらいの長さの武器を振るスペースを考慮してそれぐらい、ということだ。

 だから、少し中間を開けて、そこに第三の戦士か遠距離攻撃のできるものを配置することで最大3人が攻撃をすることができる。

 今前衛を務めている3人は、まさにそうした戦いに長けているベテランだ。

 たちまち2、3……4体が切り伏せられ、魔術の矢を受けて倒れ伏す。

 アル系の魔術使だが、下層ではそちらの系統が強いのだろうか? 確かに、今部屋で、壁を作って命を長らえているのも土系魔術で壁を作り出しているからだ。やはり、強いチームの戦いを見るのは勉強になる。

 さて、その3人以外は全く役に立たないかというとそうでもなく、山なりで見方を飛び越して火矢を当てている斥候の人もいる。

 いきなり頭上を熱気が通過したのでちょっと驚いて詠唱が中断してしまったのは秘密だ……が、隣にいるホリーに肘で突かれた。バレてたか……

 改めて、


『列伝三章二十三節に曰く、聖ビスハイスト、邪悪なるものに面し、その姿を光と化し、全ての邪悪を退ける』


 全身から出た光は、味方には何の害も及ぼさない。敵もそれだけで崩れ落ちるほど弱くは無い。だが、近くの敵は動きが鈍り、遠くの敵も近づく足が一瞬止まる。


「へっ、神の加護さまさまだなっ」

「違いねえ」


 軽口をたたきながらも敵を見据え、剣を最適な位置に置き、隙を見つけて切りつける。前線の2人はさすがに安定している。


「後ろも来た!」

「同じ奴か?」

「そうだ!」


 隊列の前後の端で、怒鳴り声によるやり取りが起こる。

 階層の構造は分からないから、回り込まれたかどうかはわからない。むしろ、回り込まれていないとすれば、事前に伏せて挟み撃ちにしたということであり、そっちの方が状況が悪いかもしれない。


「行けるな!」

「おう!」


 後ろからの援軍はラミレスが対応する。こちらは前方と同じく左右に2人、間に挟まって1人の体制をとるが、前のもう一人はドイルになっている。

 彼も認められつつあるということだろう。

 僕の方は相変わらず、聖ビスハイストの聖句を唱え、退魔の光を出している。

 僕の向きにかかわらないので、前後どちらにも恩恵がある。


「前に押し上げる!」


 リーダーが先頭で戦いながら、大声を上げる。


「了解!」


 最後尾のラミレスが答えを返す。

 いよいよ部屋の救出対象と合流するということだろう。

 僕は、隊列を崩さないように足を進めながら、引き続き聖句を詠唱し、前後の戦況を助ける。


「まぶしい」


 ぼそっとつぶやいたホリーの意見は無視する。

 ああ、もしかして戦えなかったから不満なのかな? でも、僕が無防備だとまずいし、ここは我慢してほしい。


「よし、入り口確保……いいぞっ! 安全だ!」


 中に叫ぶリーダー。

 すでに前の組は部屋の入口を通り過ぎ、前後の通路を戦士で守る形になっている。ということで、ちょうど僕の目の前に魔術でふさがれた壁がある。

 何度も切りつけられて、傷だらけ。さらに素手で殴ったのか、赤い血も付いている。

 そう、奴らは血を流すのだ。

 アンデッドは基本乾燥しているし、腐り死体ゾンビは血か腐汁かわからないものを垂れ流している、明確に血を流すのは吸血者ヴァンパイアだが、彼らは人間の血を吸うし血を操るので不思議ではない。

 だが、神捨て人タンジュが血を流すのは前に見た時には意外だった。もしかすると、生きた人間と誤認させるためなのかもしれない、とはこの前会ったときに事情を説明したエディの意見だった。


 傷と血と、それごと壁が消失していく。

 むっと濃い血の匂いが鼻をつく。

 奥に1人が寝かされ、手前に剣を持った人と魔術使然とした人が2人。


「治療の必要な人は?」


 僕は、血の匂いに面食らいながら問う。


「後ろの……重傷だ」


 助かったことに急に力が抜けたのか座り込んだ魔術使の1人が答える。

 僕は詠唱しながら近づく。


『列伝第一章十一節、天上を目指す祖の聖カルクトラクスの伝、祖師43年の跡に倣う、神の威光、慈悲なるしずく、死すべき定めは……』


 血の匂いが強くなり、その様子が、その顔が見え……僕は詠唱を中断する。

 口を開き、入り口を見据えた瞳を閉じもせず、その人は一目見てすでにこと切れていた。

 近づいて首筋で脈をとり、やはり死んでいるのを確認する。

 手首で? いや、すでにその手首ごと腕が片方無く、傷口を抑えていたであろうもう片方の手も血で真っ赤になっている。

 僕は、とぼとぼと暗闇から入り口の明るい方に戻り、黙って首を振った。


「そんな……せっかく助かったってのに……」


 このチームの人間関係などはわからない。

 だけど、下層まで来れるようになるまで、ずっと組んでいたとするなら相当長い関係ということもあるだろう。僕にとっての、それこそ家族のような、あるいはそれ以上の年月を……

 そんな彼らにどういう言葉をかけていいのかわからなかった。

 だが、状況はまだ予断を許さない。


「他に負傷している人は?」

「みんなそうだが、しいて言うと俺かな」

「みんななら念のため……」


 僕は聖ウェリアスの聖跡を1人ずつ、全員に使う。


「こんなの、大丈夫か?」

「魔力……みたいなものだったら大丈夫。まだ余裕はあります」


 さっき聖カルクトラクスの聖句を途中で中断したので、そうなっている。あれを使っていたら倒れる寸前までいっていたかもしれない。

 何とか室内の方は安定し、空気が弛緩していたところに、いきなり外からホリーが飛び込んでくる。

 慌てて飛びのく全員だったが、その後も次々と人が飛び込んでくる。


「何が……」


 状況がわからない状況で、室内が明るくなる。

 誰かが光のまじない……いや魔術を使用したのだ。

 奥の暗い部分も明るくなり、それで凄惨な死体の姿が明らかになって誰かのうめき声が聞こえる。


「あれはまずい……不定の汚濁エヴィルスライムが来やがった」


 リーダーの言葉に皆顔色を悪くする。あの、下層で危険だと聞いたスライム状のモンスターだ。


「タンジュは?」


 助けられた魔術使が聞く。


「あいつらは全部片づけた。だが、その向こうから後詰めのようにスライムがやって来てな……」

「両側から?」

「そうだ。出口に近い側の通路もふさがれている」


 今度はラミレスが答える。

 

「また扉をふさぎましょうか?」

「そうだな、お願いする」


 僕らはこうして、当面の危険は避けたものの閉じ込められた。

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