第19話 なれそめ
「で、どうなの?」
「どう、って何のこと?」
「ごまかさない。ベイの……恋人? のことよ」
「ああ」
すっかり忘れてた。
今は人の多い管理局の正面。
人が激しく出入りする受付の中に入ると邪魔なので、この位置で人の出入りを観察しているところだった。
今日の戦利品はラミレスが代表して中に持って入り、換金の列に並んでいる。
僕たちは手が空いたので、トミーとドイルはさっさとこの場を離れ、いつもの酒場に席を取りに行っている、というかもう飲んでるだろうなあ。
ということで、残ったのは僕とホリーだ。
そこで、彼女は休憩中にドイルが漏らした件について追及するつもりのようだ。
「ええと……名前はエディス・ベルフラワー。帝国で勉強してきた魔法師。もともとこの町の……知ってるかな? ベルフラワー商店のご令嬢だよ」
「なんで、そんな人と? それにすごく年上なんでしょ?」
「まあ、年上だね」
聞いてたくせに……
「ちょうど町でね。へたり込んでいたのを助けたんだ。辛そうだったから体を支えて家まで送っていったんだ」
「へえ、それでそのまま家に連れ込まれてアーレー、って感じ?」
アーレー、って、そんなの昔の神官服でしか起きないような表現をされても困る。
昔の神官服は一枚の布を腰の帯でぐるぐる巻いて使っていた。
どうも一重で結ぶだけだと緩むらしく、ぐるぐる何回も巻いて使うらしいのだが、当時の女性神官が襲われた時にその帯を引っ張るとぐるぐると体が回転して、目を回すので抵抗できなくなる、ということらしい。
その(悪しき)故事から、神官が性的に襲われることをアーレーって言うらしいのは、旧教会で墓守をしていたおじいさんに聞いた。
「そんなんじゃないよ。その時は何もしなかったよ。だいたい、彼女はその時ぎっくり腰で動けなかったんだ」
何度も言及してしまうが、彼女の特徴を言うときにはトップに「腰痛」が出るのは仕方がない。だって出会いからそれだし……
「……おばさん?」
ホリーがぼそっと言う。
聞こえるか聞こえないかだったので、聞かせるつもりはなかったのかもしれない。だが聞こえてしまった。
「それはひどいな。彼女はちゃんと若いよ。腰痛があるだけ。10代の頃からそうらしいし……」
基本的にはみんな元気に走り回っていた教会の孤児院のみんなと違い、師匠は小さいころから家で本を読むのが好きな子だったらしい。
帝国で魔法の勉強を熱心にやっていた時には、徐々に腰痛がひどくなって、教会で治療してもらいながら勉強を続けていたそうだ。
運動不足もあるだろうし、根を詰めて勉強していたこともあるだろうが、そんな理由で、彼女は研究者としてやっていくのは難しいとサイオンに戻って来たのだった。
「まあ、それで家に魔法の蔵書がたくさんあるのを見つけて、何かお礼を、という彼女に魔術を教えてもらうことになったんだ」
「へえ……そして、師弟の関係が、徐々に変化して、ある時ついに……ってことなのね?」
「なんかそのままで癪にさわるけど、まあ……その通り」
だって師匠も悪いんだよ。
思春期の僕の前で薄着してみたり、大きな胸を背中に押し付けてきたり……あれは絶対誘ってたよね。
「ねえねえ、最初はどうだったの? うまくできた?」
「いいだろ、そんなの。わざわざ人に話すことじゃないよ……」
あ、いいタイミングかも。
「……それより、ホリーはどうなの? 向こうで恋人とかいるの?」
「うーん、あんまりそんなのは考えたことないかな……って、モテないわけじゃないのよ。誘いは多かったし、人気だったんだから……」
「まあ、それは疑わないよ」
「だけど、ちょっとねえ……」
やっぱりそっちか……
彼女が最後の「ちょっとねえ」の時に拳をにぎにぎしていたのを見て、事情は把握した。
彼女は強くなることを重視しすぎていて、色恋沙汰を遠ざけているのだ。
「今度のことが一段落したら、もっとそっちにも目を向けてみたら?」
「……あー、ひょっとして、私も口説いてる?」
「ばか、何でそうなるんだ」
「若い美少女に乗り換えようとしてる、とか?」
「どこに、美少女が、いるの、かな?」
「むきー、お前の目は節穴なのか?」
むきー、って口で言う人には初めて会った。
そして目つぶしが飛んでくる。
慌てて手で目つぶしを防御して、手と手が触れあうことになる。
あんなに強いのに、手はやわらかくて、ちょっと意外。
「落ち着けよ。俺は、もう一生師匠……いやエディのことを面倒見ると決めてるんだ。だから、乗り換えるとかそんな気は無い」
「へえー、ほおー……ふん、まあいいわ」
彼女は手を引っ込め、汗を服でぬぐう。
なんか、僕の手がばっちいみたいなのでやめてほしい。
そうこうしているうちに、ラミレスが戻ってきた。
「おう、かなりいい感じだったぞ。魔力塊だけでも金貨2枚行った」
「すごい」
少なくとも僕にとっては。
この間の銀貨16枚でもかなり儲けたと思ったが、今回は5人で割っても銀貨40枚以上が確定した。今の生活を家族で1年以上続けられるぐらいだ。それが1日で……
「他の奴らは……いつものところか……じゃあ俺たちも行こうか」
「あ、例の件を聞くのに顔見知りを探しているんで、先に行ってください」
「そうか……じゃあお願いする」
そしてホリーとラミレスは人込みの中に消えていった。
さて……
僕は顔見知りの冒険者の顔が見つからないか局の入り口を見つめるのだった。
◇
「遅かったな」
すでに全員酒が入って顔が赤い。
どれだけ飲んだのか……まあ、時間がかかった僕も悪い。
すでにテーブルには皿が重ねられて、皆は腹ごしらえ済みであることも確認できる。
「適当に注文するぜ。飲み物は?」
「柑橘系の冷たいので」
「はいよ」
腰が軽く注文に立ってくれるのはトミーさんだ。
やはり生来のバランスか、訓練の成果か、あれだけ顔が赤くても危なげない様子で混雑した酒場の中を進んでいく。
「さて、先に用件を済ませておこうか」
ラミレスが真剣な様子に切り替えて質問してくる。
酒臭い息を受けることになったのでちょっと顔をしかめて、僕は話し出した。
「
「なるほどな……確かに強さの点ではそれほどでもなかったな……」
と言ってしまえるのは熟練の戦士だからだが、動きを考えてもラミレスの方が優勢だった。
「あと……配下を作るのは確からしいです。その点はヴァンパイアと同じですね。たださっきも言ったようにヴァンパイアの方が厄介なので、あえて親玉を探すようなことはしないそうです」
「ほう、サイオンにはヴァンパイアの親を倒せる奴がいるのか……」
ヴァンパイアは、どんどん増える。そのことも厄介なのだが、問題は下っ端を作り出す親のヴァンパイアだ。
彼らは強さが数段上なことに加えて、配下のヴァンパイアを侍らせているので、倒すのはかなり難しいと言われている。
「あ、あと下層だと
「それは普通のそこらにいるスライムとは違うのか?」
そこらにいる、といっても町中にいるわけではない。
下水などのじめじめしたところや、森の苔の中、木の割れた隙間などに潜んでいる不定形のモンスターだ。
周りの影響を受けるので、下水のは臭い。森のは緑色で青臭い。木の中に潜むのは樹液を吸収して甘いらしい。
甘い、といっても砂糖の代わりにできるほどではないので、そのまま食べるのだそうだが、ちょっと勇気がいる代物だ。まあ、高価らしいのでそんな機会は無いが……
「ええ、れっきとした不死系、いや邪悪系モンスターだそうです。それこそ
「確かに、普通のスライムも相手にしたくはないな。なんせ取りつかれたらなかなか引きはがせねえ」
「それが、邪悪の性質を持つので、取りつかれたらどんどん汚染されてしまうらしいです。しかもスライムの一種なので狭いところに潜んだり、色も黒いので見つけにくいとか……」
「確かに厄介だな……」
「おまたせ」
わざわざカウンターで待って料理と飲み物を持ってきてくれたトミーさんに礼を言ってジョッキを受け取り、口をつける。
うん、最近は酸っぱいだけの砂糖なしでも結構好きになってきたかもしれない。
これも大人になるってことだろうか……
「酒じゃないならまだまだね」
ホリーに言ってみたらそんな答えが返ってきた。
酒かあ……まだおいしいとは思えないんだよなあ……
僕は、夕食に影響が出ない程度に料理をつまむ。
疲れた体に塩辛い骨付き肉を焼いたものがおいしく感じる。
「そうだそうだ、肉食え、体が大きくならねえぞ」
言ってくるラミレスさんは、巨漢といえるほどではなかったが確かに体格がいい。
トミーさんは肉があまりつかない体質、あと斥候の仕事をするから細身を維持しているらしいが、ホリーもドイルも、体格は同世代の若者を考えても良い。
「だけど、そんなに入りませんよ。それに塩っ辛い」
「……まあ、酒に合わせるとちょうどいいんだがな……」
トミーさんの言葉が突き刺さる。
結局それか……
冒険者としてやっていくために、酒は必須なのかもしれないなあ……
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