第18話 24層(3)
「まあ、普通だな」
「普通ですか……かなり動きが速く見えましたが……」
「そりゃ、後衛にとっちゃそうだろうが、俺たちなら……なあ?」
「そ、そうですよ。俺はバッチリ見えました!」
いきなりラミレスに振られてドイルが慌てて返事する。
いや、多分あれは見栄を張っているな。
ホリーの手前、何とか自分を売り込もうとしているに違いない。
それで、何の話をしていたかというと、例のアンデッドのことだ。
動きが速かったが見た目は若い冒険者のように見えた。
服装がいささか軽装だということを除けば人間に見えた。
だが、それが結界を超えることができず、死んで蒸発ともいえる速度で消え、後に魔力塊を残した以上はそれはモンスターだ。
後には、魔力塊の他、両手でそれぞれ使っていた剣が残されている。
「剣は……まあまあ、だな。受けた感じでも属性付ではないが、まあ持って帰っても良かろう」
僕の荷物が増えた。
「あれはどんなモンスターですかね?」
「そうだなあ……話にしか聞いたことは無いが……
「タンジュ?」
「元は人だ……他のアンデッドと同じようにな。だが、名前の通り神を捨てた、あるいは神に捨てられた邪悪なものであるらしい。ほら、良く邪教の神官がアンデッドになるとか、悪い魔法使いが不老不死を求めてアンデッドになるって話があるだろ? あれがそうだと言われている」
ラミレスの説明に、ドイルが余計な一言を言う。
「ってことは、人間の裏切者……元から悪い奴ってことか……」
「それはっ!」
当然、ホリーが反応する。僕は彼女の後を継いで疑問を口にする。
「それだとジョージの説明がつかない。あいつは死の寸前まで俺たちを守ってアンデッドと戦って倒れんだ。それにまだ12歳だったんだぞ? 教会で育ったんだぞ? 今ラミレスの話したような邪悪とは程遠い。違うんじゃないか?」
「そうだなあ……正直アンデッドについてはこの町に来るまでそれほど多く出くわしたことがない。他の下層チームに聞いてみるか……」
言いながらもラミレスは部屋の中で魔力塊を拾い集め、まとめてドイルに渡す。
ドイルは持っている大きな袋にそれをどんどん突っ込んでいく。もう袋はかなり膨らんでいる。
「どうする? もう少し進んでみるか? 何か意見がある者は?」
全員にラミレスが問う。
「まず僕からかな。正直、今の戦いで最後の方は威力の減退を感じた。この先は神威があまり有効じゃないと思う」
何回も光るから目が慣れて弱く感じるのではないと思う。
肉体的、精神的な疲れとは別な、何かわからないが僕のどこかが疲れている。何を言っているのかわからないと思うが、そうとしか表現できない状況にあった。
ダンジョンに潜る聖職者が他にいないから知られていないのかもしれないが、これは魔術、魔法に使う魔力に相当するものが神威にも存在するということだろう。
あえて呼ぶなら聖力? 神力? そのようなものを消費しているのかもしれない。
前にホリーの治療で無理をしたときは、3日ほど神威の威力が戻らなかったのを感じた。
回復には時間がかかる。気休めかもしれないが、神様の力を借りるのだから、心から祈るとちょっと回復が早い気がする。
「そうか……じゃあ無理しないで帰ろう。道順は大丈夫だな?」
「おう、もちろんだ」
トミーが胸を叩く。
「よし、ではしばらく休憩したら戻るぞ」
そう言って、ラミレスは部屋の隅に腰を下ろした。
僕たちもその周りに腰を下ろす。
部屋は、改めてみると大きい。
僕らの部屋だったら10部屋ぐらい入るのではないだろうか?
つまり、僕らが今借りている家の3倍以上だ。
すでにモンスターの死骸は消滅しているので、がらんとした広いスペースがむしろ異様な雰囲気を出している。
だらっとしているとホリーが膝立ちでにじり寄ってきた。
足は狙われるので丈夫な防具をつけており、ケガをすることは無いが、防具は傷だらけだろう。まあ、元から傷だらけだが……
「ねえ、さっきのこと、どう思う?」
「難しいね。仮にその……タンジュというやつだとして、悪い奴がなるだけじゃないのかもしれない」
「そうよね! だってジョージだよ!」
「そうだね」
「ほら……ヴァンパイアだって配下を作るでしょ? だからタンジュってやつも何も悪くないのを配下のタンジュにするんじゃない?」
「それは……」
無いとは言えない。
一人、いや一体いればどんどん配下を増やしてしまうのがヴァンパイアの怖いところだ。その性質は他のゾンビやスケルトンには無いものだ。
だが、仮にタンジュがヴァンパイアより珍しいが同様に高位のアンデッドであるとするなら、そういう性質があってもおかしくない。
「これは……僕の方でも調べておこうか……」
頭に、数少ない顔を知っている下層チームのメンバーの顔が浮かぶ。
普段話す機会は無いが、少なくとも向こうは僕の顔を知っているだろう。
その程度には魔術使は珍しい。
町に帰ってからやることが増えた。
なお、その前に町に帰り着くという難関がある。
前にひたすら10層を歩き回った時よりも距離は短いかもしれないが、緊張が激しい、多くの神威を使った、荷物が重いなどの原因で、同じ程度には疲れていた。足が痛い。
だからといって靴を脱いで休めるわけにもいかないので、この場ではなるべく力を抜いて回復を図っている。
「お願いね」
と言い残して離れたホリーに、おお、ドイルが頑張ってアタックしようとしている。
そういえばドイルは、ホリーの意中の相手はラミレスだと言っていたが、果たしてそれはどうなのだろうか?
ここまで行動を共にした感じではそういうそぶりはホリーからも、ラミレスからも感じられない。
いや、部外者が紛れ込んでいるからか、とも考えたが、うーむ……これは、一度トミーあたりに確かめた方がいいだろうか?
ホリーの心のかなりの部分を、強くなること、そしてサイオンのダンジョンへの復讐が占めているのは間違いないだろう。
問題はそれがどれくらいかだ……
もし、それが最も強い行動原理だった場合は、もしかして関係ないことを全てシャットアウトしているのかもしれない。また、適当な断りの口実にラミレスを使っているのかもしれない。
だが、ラミレスはタイプとしてはジョージに近いんだよなあ……
頼りになる強い男、しかも周りに気を配り性格が良い、というのは共通しているように思う。
だからこそ、このタイミングでジョージがモンスターとして出てきたことは、状況を一層混乱させて……正直どうなるのかわからない。
――結局、ジョージを何とかしないといけないか……
まずはそれを目標にして、後のことはその時になってみないとわからないだろう。
「さて、そろそろ動くぞ」
言われてのろのろと立ち上がる。
「なんかおじいちゃんみたい」
「年下に向かって言うことかな?」
「そういえば、最年少なんだな」
若者組、と言っていいのかわからないが、ホリー、ドイルの二人と年齢の話になる。
「あれ? ドイルって?」
「17」
「ラミレスとトミーは?」
「同い年だ。28だよ。もうおっさんだな……」
一瞬ふらっとしたのでホリーがびっくりした。
「どうしたの? 調子悪いの?」
「ああ……」
ドイルがニヤニヤしている。
「こいつの恋人、それぐらいだからな」
「ええーっ……ちょっと、帰ったら詳しく聞かせなさいよね」
ああ、そういえば言ってなかったか。
だが、ここは言っておかねばなるまい。
「まだ彼女は27だ。二捨三入すれば25歳だ。そっちの二人は二捨三入したら30だろ?」
「……それは屁理屈だろう……」
トミーがあきれ顔で答える。
ちなみに二捨三入は5つ刻みで概算をするときに使う。
使われていないが、今僕が作った。
ただ……師匠は腰痛持ちだから、その点でいうとラミレス達より年寄りくさいかもしれない。
くそっ、その点だけは言い訳ができないな。
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