第17話 24層(2)

「ミイラの包帯が残っている?」

「ああ、そうか、弱い奴らは残らないんだな。ここいらじゃ残るぜ。意外に丈夫なんだぜ……ばっちいけどな」

「まあ、わざわざ持って帰るほどではないな。一枚の布であればよいが細長い包帯だからな……」


 僕の疑問にベテラン冒険者二人が答えてくれる。

 モンスターの体はすぐに消えて魔力塊になる。

 そうでなければダンジョン内はたちまち死体の山……もちろん動かない方の死体で足の踏み場もなくなるだろう。

 変遷後は跡形もなくなるとはいえ、少なくとも数日は死体が残るのであれば、それは腐敗し、ひどい臭いが立ち込め、病気も蔓延するだろう。

 実体系のモンスターでも、身に着けているものは本体と同時に消滅することが多いが、骨戦士アーマースケルトンの剣や鎧は残ることがあった。

 金属だからか、と僕は思っていたが、下層になると包帯ですら残るのか、と驚いてしまった。


「それより、ケガをしたものはいないか?」


 ラミレスが確認する。

 誰も返答しないので今のは無傷で切り抜けられたのだろう。


「消耗はどうだ?」


 今度は僕に向けて聞いてくる。


「問題ありません。聖ビスハイストの聖跡なら20回ぐらいまでは威力は落ちなかったです」

「そうか……だが無理はさせられんな。回復が必要になるときもあるかもしれん」

「何回ぐらいの戦闘を想定していますか?」

「今日のところは様子見だから、10回ほど戦ったら戻るつもりで行こう」


 ラミレスの言葉に、トミーが指摘する。


「だったら、なるべく遺物は拾う方針で行こう。まあ、さすがに包帯はアレだが……」

「そうだな……では魔力塊は……ドイルで、遺物はベイズに持ってもらおう」

「えっ、俺が荷物持ちですか?」

「魔力塊だったら落として砕けてもさほど価値は落ちん。戦闘に入ったら床に落とせ」

「いや……疲れるから……いえ、わっかりました」


 下っ端であるだけでなく、中間を進むドイルが荷物持ちには適任だ。本人もそのことを理解して、すぐに了解した。


「ホリー」


 さっきから静かなので声をかけてみる。

 後ろにいたこともあるが、戦闘中はほとんど頭から抜けていた。


「うん、大丈夫」

「君の大丈夫はなあ……」

「そんな、昔とは違うよ」

「いやいや、最近も向こうで、足のけがを隠してダンジョンに潜って……」


 トミーが指摘する。

 ラミレスも思い出したようで続く。


「ああ、あの時か……結局俺がおぶってかえることになったっけな」

「だって……あれは他のチームとの合同で……」


 ホリーの言い訳に、トミーがさらに畳みかける。


「だからこそ、結局迷惑になったじゃねか。ラミレスにもこっぴどく怒られたよな?」

「まあまあ、ホリーも行けると思ったから隠したんだし……」


 そこに割って入ったのはドイルだった。

 うーん、なんか険悪になりそうなのはなんでだろう? と思いながらも、口を出さないわけにはいかない。


「まあ、不安があったら口に出すようにしよう。それはラミレスでも一緒だよ」

「そうだな。ここはいったん戻ってもすぐに再挑戦できる。行き帰りに時間がかかるパランデラとは違う、と考えないとな」

「あ」「そうか」「そうだった」

「ああ、そういうことか」


 この場にいるみんなはパランデラの癖が染みついているんだ。

 だから、大事を取って帰るという選択肢を無意識で避けていたのかもしれない。


「納得いったら良かった。じゃあ行くぞ」


 ラミレスがまとめて、僕たちは再び警戒しながら通路を進む。



「部屋だな」


 それが反響音でわかるトミーは、すごいと思う。

 

「広さは?」

「わからん。多分そんなに広くはない、と思う。行くか?」

「そうだな……」


 ラミレスは後ろの僕たちに目をやり、戦意を確認して決断した。


「よし、行こう」


 決まったからには、行動あるのみだ。


「壁を背にする。最後尾をベイズ、ホリーとドイルは護衛を優先。敵の出方に寄るが距離を詰められないように注意。ベイズは全力で」


 手早く指示を飛ばすラミレス。

 敵を寄せないために、異論がなければ返事はしないことにしている。

 誰も声を発しないのを確認し、ラミレスは先頭から部屋に踏み込む。

 僕は、部屋に入る前から聖ビスハイストの聖句を詠唱している。

 そして部屋に入った瞬間に神威が発動する。


――広い


 最初に感じたのはそのことだった。

 聖ビスハイストの聖跡は光を発するため、部屋の広さが一瞬で見て取れる。

 そして部屋の奥には20近いモンスターが起き上がるのが見える。


「壁を作るっ」


 切り込みを断念したらしいラミレスが、声を発する。

 つまり防御陣形。

 壁を背にした僕を中心に4人が囲んで近づけないように位置しようとする。

 だが敵も速い。

 獣死者ワイトが複数突っ込んでくる。

 このままでは間に合わず、前衛を抜けてこられる。

 だが、一目で状況を見た僕はすでに次の詠唱に移っていた。

 聖ビスハイスト、ではない。


『化身伝三章に曰く、聖ガリオン、優しき心もて、弱きものを守る盾、不浄は通ること能わず』


 聖ガリオンの聖句。

 それは自分を中心に、不浄のものを寄せ付けない結界を張る聖跡だ。

 光は僕の体ではなく、一定の範囲の床に円を描くように現れる。

 そしてその光は徐々にほどけるように上に光の粒を巻き上げている。


「光の中に、急いで!」


 範囲外に出ていたラミレス、トミーが慌てて後ろに飛ぶ。

 事前に説明はしていたが、さすがの対応力だ。


「助かった……」


 ラミレスの感謝の言葉に答える間もなく、僕は次の一手を出す。


――あ、これは説明してなかった


 そうは思うが、説明している暇はない。

 僕は、心の中で平面紋を描き、火の原始魔法として発現させる。

 そして、それを詠唱により、増幅、形を加工して発動。 


『フラ・ヴォイル・アルシェ・ニリカ(炎の矢を、50倍にして、多数に分割して山なりに発動)』


 初級魔術である、「ファイヤーアロー」ではあったが、規模と操作を制御するのは中級魔術に含まれる。

 僕の作り出した炎の矢――実際に矢の形をしているわけではなく、細長く引き伸ばされた球――は、先頭のラミレスやトミー、遅れて前に出たホリーやドイルの頭を飛び越えて、部屋の中にばらまかれた。

 死者系のモンスターは基本乾燥している。

 それは今炎の矢を受けてその場所から燃え上がっているワイトも例外ではない。

 意外にスケルトンやゾンビのような上層に出る弱いモンスターがその例外なのだが、それらは魔術を使わなくても対処可能だ。

 一面が炎で苦しむワイト達の間を縫って、近づいてくる影。

 一見、人間に見える。

 両手に剣を持ち、ドイルに切りかかる。

 だが、聖ガリオンの結界に阻まれ、腕が弾き飛ばされる。

 つまりは人ではなく、アンデッドモンスターということだ。


「あれって?」

「ああ、きっとそうだ」


 ホリーが気づき、ラミレスも同意する。

 もちろんジョージではない。

 それは後ろに控えている僕にも見えている。

 だが、彼らがそうだと判断したということはそうなのだろう。

 これが、ジョージがそうであった、謎のアンデッドモンスター、その一人なのだ。


「言い忘れていた。聖ガリオンの結界は神威も通さない。ドイルは注意して!」

「それでか……」


 そう、それで僕はあえて魔術の方を使って攻撃したのだ。

 そしてドイルの剣には名もなき聖騎士の聖跡によって、聖属性が付与されている。

 今敵が弾き飛ばされたようにドイルの剣も弾かれる。


「あいつは俺が対処する。他は任せる」

「結界は? もうすぐ切れます」

「ならば切れた瞬間に飛び出す。護衛はドイルで、例の退魔を可能な限り連発。よろしく」

「了解」


 タイミングを合わせる必要があるのは皆同じ。

 だが、正確に結界の解除を知るのは僕だけ。

 だから、僕は聞こえるように聖ビスハイストの詠唱をはっきり発音する。

 当然、退魔の力も結界は遮るから、この発動時には結界は消えている。

 そのことを全員が察知し、油断なくあたりに目を配っている。

 残っているのは結界にとりつくワイトが2、それと例の不明なアンデッド1、大勢いたこの部屋のモンスターはそこまで数を減らしていた。

 ミイラの包帯に炎が燃え移ったことが大きいだろう。あの種の敵には火が非常によく効く。


 僕の詠唱が完成するその一瞬前に床の光の円が消える。

 巻き起こっていた光の粒の名残を残し、結界は解除された。


「よし、行くぞ」


 そして残敵の掃討のための戦いが始まった。

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