第16話 24層(1)
「では、準備は良いな」
全員に話しかけているようで、その言葉が僕たちに向けられていることは確かだった。
「はい、問題ありません」
僕は、隣に立つドイルと目を合わせて、そう答える。
「よし、では入る」
扉にかかる札は当然赤、考えてみれば、劣勢階層に踏み入るのはこれが初めてだ。
そして塗料で書かれた数字は24、すなわち下層だ。
あの日、僕の力を使え、因縁に片を付けるためにホリーと僕を連れて行け、とラミレスに告げて、実際に動き始めるまでには日数がかかった。
まず、ホリーの体調を戻さなくてはいけない。
その前に彼女の説得もしなければならなかった。
気を失っていた彼女は、僕の力を知らない。
だが、それに関しては実際に見せることで何とか納得してくれた。
ラミレスとトミーが協力的だったのも助かった。
彼らも前衛3人での探索は不安だったらしい。
魔術使を入れるという話は出ていたが適当な冒険者が見つからなかったので、様子見に赴いた先であのような事件が起こったわけだ。
そして、僕としてはドイルも連れて行きたかった。
ホリーの個人的な事情に巻き込むのか、とも思ったが、何も知らせず一人放置するのは望むところではないだろう、という考えの方が強かったのだ。
それに、力としても中層であれだけ余裕があるのだから、下層に、熟練のチームと同行できるのは彼の今後の為にもいいだろうと考えた。
ホリーの時とは一転、こちらはラミレスとトミーは反対とまではいかなかったが、まずは戦えるかどうか見たい、とのことで、模擬戦をやることになった。
ダンジョン探索のつもりでやって来たドイルを町外れの広場に連れ出したのは悪かったが、事情を説明するとぜひ同行したいと言ってくれたし、模擬戦の結果ラミレスたちも認めてくれた。
最後に、僕のことがある。
中級レベルの魔術使として認識されている僕が、そのまま下層に同行するということに、局はどうぞどうぞ、と言えない事情がある。
まず、魔術使は少ない。
まじないは誰でも使えるとしても、それを攻撃に使ったり応用したりできる魔術は、習得するのが難しい。
詠唱にしっかり意味があるが、それを理解せず、先人が作った詠唱を呪文のように丸暗記して、発動すれば魔術使、という具合だ。
詠唱の正確さ、持って生まれた魔力、種になるまじないを原始魔法と呼べる程度に高められるかどうか、いろいろな要素が絡み、発動まで至る者は少ない。
これに対してたった一つの確実な方法は、魔法師に師事することだ。
1つや2つの術を発動するのがやっとの魔術使の中で、魔法師の教えを受けた魔術使は、はるかに多くの術を確実に使える。
そういう意味で、大半の魔術使は下級で、中級といえるまでの魔術使は貴重だ。
サイオンの管理局に登録している中でも10人はいない、ように思う。
なので、魔術使は大事にされるのが普通で、死地に連れて行くのは許可されにくい。
ということで、管理局の職員と掛け合って、聖職者としての能力を明かすことにした。
「この目で見ても、信じられん」
聖跡の発動を目の当たりにしても、目をぱちぱちしてそんなことを言うのは、この管理局の偉い人だ。
管理局は、名目上のトップである貴族職員が局長に就く。
彼らは内部をまとめるというよりも対外的な仕事をする。
また、一定期間で任地が入れ替わる。
これは、余り一か所に置いておくと私腹を肥やし、癒着や不正を起こすことが常だからだ。
彼らは貴族といっても家を継ぐことができなかった者であり、大半が金に困っている。だが、地元や他の地域の領主と顔見知りで、交渉や外交ができるということは平民には難しいことから、彼らがトップにいることには意味がある。
実質的に管理局をまとめているのはその下の副局長だ。
彼らは冒険者の中で比較的穏やかで頭が良く、また人望もある者が就任する。
言ってみれば冒険者の代表であって、所属する冒険者の求心力になっている。
実際に業務を行うのはさらにその下の職員だが、彼らは冒険者上がりではなく、最初から職員として管理局に入る。
そのため、流儀が冒険者と合わずに衝突することもあるが、そんなときに間に入るのが副局長の仕事だ。
そのため、心労が多いらしく、元冒険者と思えないぐらい弱弱しいのが哀れである。
その哀れな人が、信じられない、と言っているが、自分の目で見たものは信じてほしい。
「だが、君は教会の階位は持っていないだろう?」
「ええ、ですが偶然、神の恩恵を持って使えるようになりました」
何度も「信じられん」を連発するが、最終的には何とか認めてもらえることになった。
実際、自らダンジョン探索を使用とする聖職者はほぼいない。
冒険者が居ればダンジョンは現状を維持できる。
ならば危険を賭してダンジョンを攻略する必要は無い。
それよりも町で多くの者に治療を行うことの方が、危険はないし有用なのだ。
ということで、書類上は僕の立場は、「治療魔術が得意な魔術使」ということになり、その扱いでラミレスのチームに同行することになった。
まあ、以上のように結構面倒なあれこれを乗り越えて、僕たちは24層に足を踏み入れたのだ。
先頭は当然ラミレスとトミー。
トミーは斥候を兼ねるので、隊列の進行に関しては彼が責任を持つ。
一方でラミレスは前後を警戒して戦闘に入った時の指示を出す。
中間に僕とドイル。
僕は基本、退魔の聖跡を使用して敵を抑える。
中層と違い、下層ではそれだけで敵が全て溶けて消えるということは無いらしいが、退魔は人間には害が無いので気にせずやれ、とはラミレスの言葉だ。
ドイルは僕の護衛と前後の手の薄い方をカバーする。
そしてホリーが最後尾で背後の警戒。
以上5名による隊列で石造りの通路を進んでいく。
「前だ」
トミーの声に、すかさずホリーが返す。
「後ろは来ない」
これで、前面だけに集中する態勢になる。
僕が一歩下がってドイルが前になる、護衛はホリーが引き続き後ろも警戒しながら僕の横につく。
「包帯2、骨2……ワイト1」
続いてトミーが敵を確認。皆に言葉で伝える。
それを受けてラミレスが注意を飛ばす。
「速いぞ、後ろにそらすな」
「へいへい」
トミーがラミレスとの距離を調整する。
位置によっては動きの速い相手だと抜けてきてしまう。
特に今回は、ミイラとワイトの動きが速い。
スケルトンは、この階層にいるのだから弱くは無いが、その分武装が重いため移動速度は遅い。
そして、予想通り前面に出てきたのはミイラとワイト。
――気にせずやれ
僕は聞いていた通り、聖句を口ずさむ。
『列伝三章二十三節に曰く、聖ビスハイスト、邪悪なるものに面し、その姿を光と化し、全ての邪悪を退ける』
聖句の通り、僕の体が光る。
それに対して突出していたワイトの動きが目に見えて鈍る。
ワイトは、死体に獣の魂が宿ったともされるアンデッドモンスターで、僕も実際に見るのは初めてだ。
一見死者ではなく、薬物等で獣性を強化した生者にも見えるが、間違いなく死んでいる。
その肉体の損傷も気にせず力を振るい、骨格構造を無視したトリッキーな動きをするので慣れていないと接近戦は苦労しそうだ。
だが、動きが鈍り、対処に慣れているラミレスにとっては……
「ふん」
動きを見極めた下段からの一振りで足を薙ぐ。
――ギャアアア
音声? 鳴き声? を発する点も生物っぽい。
だが、片足を膝から失ったワイトの、その負傷位置からは生者のように血が噴き出すことは無い。
そして悲鳴のように聞こえるが傷口をかばうこともなく残りの足と腕でさらに攻撃を加えようとする。
「よっ……と、ドイル!」
体勢が伏せる状態になったワイトの爪による足への攻撃を身軽にジャンプして躱し、そのまま背中を踏みつけにするラミレス。
彼はそのまま前方に剣を向け、差し出された形になったワイトの首を後添えに入ったドイルに任せる。
ドイルは、走り込み、横から上段に担いだ剣をワイトの首に振り下ろす。
彼の剣は相変わらず属性を持たない良質な鋼鉄の剣なので、僕が名もなき聖騎士の聖跡によって強化してある。
その助けもあったのか、力を込めた一振りで、ドイルはワイトの首を断ち切ることができた。
「よし」
声を上げることで前方に集中している二人にワイトを倒したことを知らせるドイル。
近場のワイトの動きに集中していたため、気づかなかったが、いつの間にかミイラ二体は前衛の二人に切り捨てられていた。
ラミレスの長剣はともかく、トミーの小剣も見た目の通りではなく迷宮遺物で、断ち切る風の属性を持っているため切り裂く力を持っているらしい。
例えばラウルのチームにいたオルドスと同じような役割を果たしているのだが、さすがに下層に足を踏み入れるほどのチームだ。
オルドスがこのまま力を上げていけば、いずれトミーのようになれる日がくるだろうか?
そんなことを考えながらも、僕はもう一度聖ビスハイストの聖句を詠唱する。
発動した神威に、全身鎧に身を包んで、ようやく接敵したばかりのアーマースケルトン二体は動きを鈍らせ、ラミレスとトミーにより同時に首を落とされ、そして倒れた。
「行けそうだな……」
目の前で構えを解いて直立するドイルがつぶやく。
ずっと緊張が目立った彼も、ようやく力が抜けたようだ。
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