第15話 下層への一歩

「なるほど、わかった。命を救われた相手なら理解はできる」


 一通り説明し終えて、ラミレスさんとトミーさんは納得したようだ。

 今は背もたれの無い椅子に座って、三人で話している。ホリーは相変わらず顔を見せずに寝台で丸まっている。


「皆さんは、下層に行ってるんですよね?」

「ああ」

「じゃあ、下層のモンスターについて教えてもらえますか? 秘密だったらしょうがないですけど……」


 攻略情報が普通に存在するのは中層までで、それも優勢時の様子についてだけだ。

 構造や道順は変遷するので、地図などは意味が無いが、その階層に出るモンスターの種類や、ありうるトラップの情報は管理局で公開している。

 だが、中層でも劣勢になるとイレギュラーなモンスターが出現する。下層に出るようなアンデッド系や悪魔系のモンスターが出現したとの記録もある。

 そして、下層はもはや優勢を維持できている階層が無く、出るモンスターは千差万別であって、その階層の本来のモンスターの特定すら困難だ。

 劣勢の中層を攻略できるほどのチームでないと足を踏み入れることもできないので、情報も出回らない。

 今や数百名が在籍し、チームとしては100以上あるだろうサイオンの冒険者でも、下層を探索しているチームは10に満たないだろう。


「ふむ……なるほど、その少年が下層のアンデッドモンスターだと考えているわけだね?」

「ジョージは間違いなく死んでいます。僕と、ホリーも確認しています」


 あえてホリーにも聞かせるように話す。

 意地悪をしているんじゃない。

 ジョージに関しては、彼女と僕は同じ罪を負い、同じ責任を持ち、同じように行動するべきだ、と思っているからだ。


「ホリーを剣で切りつけたからには実体が無いものを除くとして……包帯巻きミイラ寄せ死体ミスカル獣死者ワイトあたりだろうか?」

「動きはどうだったんですか? あと感情は?」

「動きは人間と変わらないように見えた。だとすると今言ったのは全部外れるんだが、中には位の高いものがいる可能性はある。感情は無いように見えた。少なくとも、ホリーに対して反応しているようには見えなかった」

「そうですか……念のためですが、もっと高位のモンスターということはありませんか? 例えば吸血者ヴァンパイアとか……」


 考えこんで黙っているラミレス、彼に代わってトミーが口を挟む。


「ヴァンパイアだと、もっと人間臭いんじゃねえか? それに、あいつらだとあんなに簡単に追い返せねえだろ?」

「あ、そういえば、どうやってホリーを助けたんですか?」

「それはラミレスが剣技で割って入って、俺が担いで逃げてきたんだ」


 トミーはやせた男だが、いくら女の子といえホリーを担いで逃げるというのは意外に力がある。

 そこで、ようやくラミレスが口を開く。


「ヴァンパイア……にしては手ごたえが無かった。あいつらは姿を変化させ、分身し、霧になって攻撃をかわす。いくら属性ありの剣で打ち合ったといえ、そうした気配がまるでなかった」

「それができないくらい未熟なヴァンパイアだったということは無いですか?」


 数十年、場合によっては数百年存在するというヴァンパイアだ。あの時から3年のジョージは、まだなり立てでそうした技を使えないということもあるだろう。


「そうかもしれんが……いや、昔俺も倒したことがあるが、やはり違うと思う」

「ってことは俺たちが知らねえような珍しい奴、ってことになるか……悪魔系はどうだ?」

「あんなのはそれこそ迷宮の最奥だろう。今下層と呼ばれている場所はそれには程遠い」


 ベテラン冒険者二人の話に、僕はちょっと引っかかった点をついでに聞いてみる。


「皆さんの目から見て、サイオンの迷宮はどれぐらいの深さだと思います?」

「そうだなあ……魔王、ダンジョンの主の力にもよるが、おおよそ50は超えるだろう。60~80といったところではないか?」

「やっぱりそうですか……」


 それは前から噂では聞いていたことだ。

 つまり、今僕たちが下層と呼んで踏み出すのを躊躇しているところは、本来の階層からいえば良くて中層、場合によっては上層と呼ばれる層ということになる。

 サイオンダンジョンの攻略は僕の、そして多分ホリーの目標だが、その困難さを改めて認識する。


「じゃあ暫定的にヴァンパイアよりは弱い、何らかの死者・死霊系モンスターということでいいですね?」

「そうだな……そしてこのままではホリーを連れて行くのは難しい。来てすぐだが、パランデラに帰ることも考えないといけないな……」

「いやっ」

「ホリー?」


 ガバッといきなり毛布を跳ねのけて起き上がったホリーが叫ぶ。

 脇で丸くなって話していた僕たちは驚いて彼女の方に振り向く。

 

「ジョージを……あんな状態にしておくのはダメだよ。せっかく忘れそうになってたのに……かわいそうで……ああ、なんて言っていいのかわからないけど、とにかくダメだよ」


 言っていることが若干混乱している。

 彼女の気持ち、ジョージの気持ち、いろんな想像で頭の中が収拾つかないのだろう。

 同じものを背負って、同じように冒険者としてこの場にいるのに、彼女と僕の状態が違うことに、僕が冷静なことに一瞬不審を感じる。

 だが、すぐにその理由に思い至る。

 僕は、死が終わりでないことを

 少なくとも、あの失意の男が僕に、言葉一つとはいえ残せたのだ。

 たとえ死んだとしても、人は死して無になるのではない。

 前世のことなど何一つ覚えていないとしても、前世の証など何もないのだとしても、それでも神は死者を捨てたりしない。

 その実感を、彼女に説明することは難しいだろう。

 もっと勉強をして、説得力のある神父さまや司祭さまの言葉が人々に届いていないのだ。

 僕ごときが言葉を尽くしても、彼女に届くとは思わない。

 だから……僕は僕のすべきことをする。


「ラミレスさん……」


 僕はホリーをなだめようとするラミレスさんの後ろ姿に声をかける。

 振りむいた彼の目をまっすぐ見つめながら、僕は言葉を発する。


「ホリーを連れてジョージを倒しに行きましょう。それには僕も付いていきます」

「君は何を言って……」

「さっきは黙ってくれと言いましたが、僕は神威が使えます。回復、退魔、属性付与、結界などの聖跡を使えます。だから、僕がホリーを、皆さんを守ります。だから、僕も連れて行ってください」


 それは、前から考えていたことだ。

 神威を使えるものは教会に目を付けられる。

 だからいったんは隠れていようと思った。

 それは魔法師である師匠にも、家族にも迷惑が掛かることを考えてだ。

 だけど、それではいけないという考えもあった。

 せっかく力をいただいたのだ。

 前世の僕から、神様から、そしてクリフ神父さまから。

 それを生かして、皆のために……まず家族のために、そして師匠のために、さらにはサイオンの人、そして世の中のダンジョンにおびえる全ての人のために。


 考えてみれば、今回のことはいい機会かもしれない。

 僕は一生の仕事を冒険者に定める。

 全てのダンジョンの攻略なんて無理だろう。

 きっとケガをして引退するか、迷宮の中で屍をさらすことになるだろう。

 だけど、そこには、失意も、絶望も、後悔も……あったとしても前世の僕が味わったものは違うだろう。

 それこそが彼に望まれたこと……


 「もし許されることがあるのなら、次の生では、僕の味わったような悔いのない、精いっぱい力を尽くして生きてほしい。それこそが、死んで何もできない僕ができる、たった一つの希望、たった一つの冴えたやり方だ」


 きっとそういう意味だったのだろう。

 だから、これは正しく前世から続く僕の未練の解消。

 生涯をかけるにふさわしいことなのだと、今は思う。

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