第14話 ホリーの戸惑い
かつて、この力を自覚した時に決めたことだ。
使うのは命が危ない時、対象は自分と家族だけ。
そしてホリーは、長く離れていたとしても僕たちの家族だ。そのことは間違いない。
あとは、この場にいる人に……
「ラミレスさん、ちょっと相談ですが……今から僕がやることを黙っていてもらえませんか?」
「なんだい? 藪から棒に……」
「僕は彼女を救う方法があります。だけどあまり広まってほしくない方法なんです」
「……わかった。トミーもいいな?」
「いいよ。ホリーが助かるなら」
まだ息の荒い、教会に走った仲間が答える。
「アルフもいいな?」
「いいけど、兄ちゃん、ちゃんとホリーを助けてくれよ」
「ああ」
僕は寝台の彼女に近づき、詠唱する。
『化身伝二章、聖ウェリアスの伝、師36年の跡に倣う。聖なる御手にて触れしもの、すべからく生気を取り戻さん』
僕の手が輝き、やや暗い部屋の中を照らす。
僕はその手を彼女の腹の、包帯から血がにじんだ場所に当てる。
光が収まった後、一見して彼女は変わらないように見える。
「脈拍はどうですか?」
「……ちょっと持ち直した感じがする」
「すげえな、教会の神父さまみてえだ」
「……が、まだ呼吸が浅いな。一応すぐに生死の危険というわけではなさそうだが……」
だめか……
聖ウェリアスの聖句は回復の力を発揮する。
傷もある程度ふさぐし、筋肉が腫れたり熱を持ったりした場合にも役に立つ。
だが、血を失ったり衰弱した状況だと力が足りないこともあるようだ。
仮に、僕が『清悟集』を手に入れていなかったら、そしてそれを読み込んで有用なものから覚える努力をしていなければ、このまま様子見ということになったのかもしれない。だが……
『列伝第一章十一節に曰く、天上を目指す祖の聖カルクトラクスの伝、祖師43年の跡に倣う、神の威光、慈悲なるしずく、死すべき定めはいまだ遠し』
聖カルクトラクス、蓄積派の開祖である彼の聖句は、衰弱したものを回復させる。
聖書に残る限りでは、死んだかと思われたものを復活させたことから、死者蘇生だと周りのものに称えられる。
だが、それは違うのだと、死は覆すことができないものだと、皆に教え諭す彼の姿が描かれている。
かざした両手の間に発生した光は、そのまま宙に浮いているので、僕はそれを彼女に当てるように手を差し出した。
光は彼女に吸い込まれて、全身に広がり、そして消える。
「おお、顔色が良くなったぞ」
ラミレスのうれしそうな声が聞こえる。
だが、僕は今にも気を失いそうになる。
今まで神威を使ったことで何か自分の中の力を消費した感覚は無かった。
だが、さすがに奇跡に近いとされる聖カルクトラクスの聖跡は、僕の技量では足りなかったのか、あるいは僕の体力をホリーに分け与えたことになるのかわからないが、僕の体力を奪い、ふらついて壁に手をついてしまう。
「おいっ、大丈夫か?」
「……力を使い過ぎたみたいです。ちょっと休ませてください」
僕はそういって、床に腰を下ろす。
「ベイ兄ちゃん」
心配そうにアルフが覗き込んでくる。
大丈夫だと手を挙げて、しばし目をつぶる。
体は冷えているのに、妙に汗が噴き出してくる。
やっぱり無理をしすぎたか……
「隣、開いてるから横になれよ」
ラミレスが言ってくれるので、何とか立ち上がって寝台に横になる。
付き添って支えてくれたアルフが、意外にもしっかり支えてくれるので彼の成長を感じた。
「アルフ、ノーラに……」
「わかった、呼んでこようか?」
「それはいい。事情だけ話してくれれば……」
「任せて」
そういって出て行った元気な足音を聞きながら、「そういえば新しい家は知ってるのかな?」と疑問に思ったが、疲労と調子の悪さで声をかけられなかった。
「すいません、ご迷惑を」
「いや、気にするな。こちらも仲間を助けてもらったんだ」
「なんか変化があったら……」
「ああ、起こすから、お前も休め。病室の費用はこっちに任せろ」
「お願い……しま……す」
そして僕は眠りの世界に引き込まれた。
◇
うつらうつらした状態から、急に状況を把握して僕は跳ね起きる。
「ホリー!」
部屋はすでに明るくなっている。
上から毛布を掛けてくれたのはラミレスかあのトミーという男だろう。
彼らも今は床に座り込んで瞳を閉じている。
寝台から立ち上がろうとして、やっぱり調子が悪いことに気付く。
いつもより足に力が入らない。
だが、それでも倒れるほどではなかったので、僕は隣の寝台のホリーの様子を見る。
考えてみれば彼女の寝顔を見るのは小さいころ以来だ。
教会では、10歳までは男女一緒の寝室だったがそれ以降は分けられた。
5年ぶりぐらいのホリーの寝顔は、年より幼く見え、昔のことを思い出させる。
体は比べ物にならないくらい大きくなっている。
当時は、孤児院生活のためにお腹いっぱい食べられる状況ではなかった。それが、成長し、冒険者としての生活で鍛えられてたくましくなっている。
年月の経過を確認し、彼女の寝顔を眺めていたが、差し込む日差しが顔にかかり、彼女が目を開いた。
「ホリー……大丈夫?」
「ベイズ……あれ? 私……っ、そうだ、ジョージ!」
「は? ホリー、何を……」
「ジョージよ、ジョージ……覚えてるでしょ? 教会で一緒だった」
「ま……待ってくれ……ジョージは、あの時……」
彼女が言っているのが、あの孤児院でリーダーシップを取っていたジョージのことだったら、彼は確実に死んでいる。
だって、あいつは、僕たちを先に行かせるために棒でスケルトンに殴り掛かっていったんだ。
あの揺れがただの地震ではなくてダンジョン発生だとわかったのは、揺れの中で墓場からスケルトンが大挙して現れたことが発端だった。
教会のはずれにあった孤児院から外を見ると、すでに礼拝堂や神父さまたちの宿舎は跡形もなく、そしてその向こうに合った墓場から大量の動くものが見えた。
それは当時から目の良かったアルフが「骨が動いている」と言ったことで、スケルトンだとわかった。
大人たちの姿が見えないことで動揺する子供たちを、ジョージがまとめ、いざというときのための地下室に隠れることにした。
本来は盗賊や戦争の備えのための隠し部屋だったが、戸締りがしっかりできるのでスケルトン相手も大丈夫だと思われた。
他の皆を先に送り、後に残ったジョージは、意外に足の速かったスケルトンが近づいてくるのを手近にあった棒で防いでいた。
だが、何体ものスケルトンに殴り掛かられて倒れたのを僕ははっきり見た。
助けに行かなきゃ、だけど助けに行けない。
僕の背後にいる小さな子らを守るためには、扉を閉めなければいけない。
だけど、あのジョージを見捨てるというのは嫌だ。
扉に手をかけたまま固まった僕に代わって、扉を閉じたのはホリーだった。
その時、僕の手に重ねて扉を引っ張ったホリーの手は震えていたのを覚えている。
ジョージを見捨てたのが罪だとすると、それはホリーと僕の罪だろう。
怖くて聞かなかったけれど、ホリーはその罪を一緒に負ってくれるつもりだったのかもしれない。
結局、その後気が付くとホリーは姿を消してしまい、その時のことはそのままになっていた。
再開してからも彼女とジョージの話は一切していない。
それが、いきなり彼女の口から飛び出したことで、僕はしどろもどろになっていた。
「ダンジョンで、ジョージが居たのよ」
「そんな……本当?」
「間違いないわ。あの時と同じ姿で……背格好も同じだったし……」
「……ちょっと待って、それはおかしいよ」
「何が!」
「だって、3年だよ……あれから……」
彼は僕の1つ上だったはず。
13歳から16歳で、男の子が成長しないはずがない。
今もし生きているなら、体を動かすのが得意だった彼のことだ、きっと見上げるぐらい伸びているに違いない。
「じゃあ、私が見たのは何だったの?」
「……きっと……高位の死霊か……なにかに……なっているんだと思う」
「そんな!」
ホリーの騒ぐ声に、起き上がっていた彼女のチームメンバーも、状況を見守っていたが、ここで話に加わる。
「なるほど……様子がおかしかったのは、彼女の知り合いだったのか……」
「ダンジョンで出たんですよね?」
「ああ、確かに見た目は冒険者というか子供に見えた。だけどあんなところで一人でいるなんておかしかったし、俺は敵だと判断した。だけど彼女が……」
「だって、ジョージだよ!」
「その……ジョージというのはホリーの大事な人だったのか?」
「ええ、それに僕にとってもそうです」
僕はそれから、ラミレスさんにあの日の話をした。
ホリーは頭から毛布をかぶって、じっとしていた。
もしかして……いや、詮索はよそう。
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