第13話 引っ越し
「じゃあ、お願いね」
「はーい」
ケティがノーラに返事をする。
3部屋借りることになり、続き部屋がいいが今の部屋は両側も埋まっている。
位置的にはダンジョン街東の繁華街からまっすぐ南で、道が通っているため人気があったのだ。
ということで、引っ越し先は東か西の空き部屋が多いあたりになるのだが、東は『蜘蛛』のなわばりが近く、ちょっと通る人のガラが悪いので、西の方にした。
これまでよりは不便になるが、広さが手に入るのはうれしく、みんな喜んで引っ越しの準備をしていた。
今、細かい荷物を年少の子3人で運びだしている。
アルフは仕事中だから不在なので、大物は僕が運ぶことになる。
椅子代わりの木箱を二つ積んで長屋の前の通りを進む。
ダンジョン街のように舗装はされておらず、土の道だったし、荒れていてゴミも放置されている。
それは道を進むにつれてひどくなっている。
――あんまりいい環境じゃないな……少なくとも家の前はきれいにしよう
家の前をきれいにすることは、子供たちの教育のためにも必要だ。
彼らがちゃんと独り立ちして、一人の大人として生活していけるようにすることは僕に責任があることだ。
外壁沿いにゆるく湾曲しながら並ぶ長屋は、相変わらずの姿だったが、道の反対側は空き地が目立つ。
その空き地もゴミが積みあがっていたりするので、環境は良くない。
せっかく移ったけど、これは早めにちゃんとした家に移った方がいいかもなあ……
「あ、ここだよ、ここ、ベイ兄ちゃん」
考え事をしながら歩いていると通り過ぎてしまったようだ。
ケティが気づいて呼び止めてくれなかったら迷子になるところだった。
「ああ、よく見えなくて……ありがとう」
「それより、すごく広いよ!」
見慣れた構造の部屋だったが、荷物が少ないだけで広く見える。
担当することになったトーマスさんの部下の人の好意で、左右の部屋と戸口でつなげてもらってある。
「いいんですか?」と問うたが、「どうせお前らが出て行ったら取り壊しだ」と答えが返って来た。
詳しく聞くと、やはりダンジョン出現時の混乱を収めるための仮設住宅だから、長く残す気は無いようだった。
そういうことで、壁に穴を開けるような造作もやってくれたのだ。
ちなみに、扉は無いがそこまでは高望みというものだろう。
その戸口から左の部屋に入ってみると、木箱を並べて寝床を作るコリンとリオがいた。
前の部屋と違って、手前側にそれぞれ一人分ずつの寝床を作って寝ることになっていた。こちらの部屋は僕を合わせて4人だから、ちょうど4等分、それぞれの私物を置く余地もあるのがうれしい。
「これは木箱足りないなあ……」
家具に便利だから重用しているが、商店に頼んで古いものを譲ってもらったのだ。
広くなって、空間の使い方も贅沢になった分、数が必要になる。
「今日は一日仕事だな……」
それだけはちゃんと家具として(中古だが)買ったテーブルは、一人ではつらいのでアルフが帰ってくるかホリーが来てくれるかしないと一人では運べない。
できれば棚も二人欲しいが、無理すれば一人でも持っていけるだろう。
僕は再び元の部屋に荷物を取りに帰る。
◇
「いやあ、さすがに疲れたなあ」
「そうだね」
いつもてきぱきと家のことを片付けているノーラも、僕と同じくへたり込んでいる。
ようやく荷物を全部移し終え、今は新しい部屋の居間。
それだけは同じように部屋の中央に置かれたテーブルの、椅子にしている木箱に二人は座っている。
子供たちは今、それぞれの部屋で寝床を整えている。
木箱だけだと当然固いので、その上に布切れを積んで敷物を敷き、何とか快適にしようと試行錯誤しているようだが、絶対的に物が少ないのでうまくいっていない。
クッションになるような布切れや敷物も買い足してこないといけないが今日は無理だ。
「でも、これでひと段落だね」
部屋を見回し、僕が言う。
テーブルの位置は同じでも、周りの物が他の部屋に移ったためかなり広く見える。
「本当、一時を思うと良くなったわね」
前の部屋に入ったばかりの時は大変だった。
家賃はしばらく待ってもらえることになったので、道端で寝る心配はなかったものの、収入のめどは立たないし、ホリーはいなくなるし、そもそも教会が消えたことと恐ろしいダンジョンが現れたことで不安いっぱいだった。
そこから、何とか僕が働きに出られることになり、ある程度軌道に乗るまでは本当に苦しかった。
周りの人に助けてもらいながら、子供たち6人が一人もかけることなく生きてこられたのは幸運もあったと思う。
そのうち、僕がダンジョンに潜る冒険者についていくようになり、師匠と出会い、魔術を習って冒険者として働けるようになり、今に至る。
僕が神威を使えるようになり、ホリーが帰って来て、アルフも働きに出るようになって、ようやくこれからみんなの将来のことを考えられるようになってきた。
「ノーラは、何かやりたいことはない?」
「何? 突然」
「いや、もうすぐ下の子も家のことを手伝えるようになるよね? そうしたら家に縛り付けられなくて済むよね?」
「……そうね、働きに出るとするとどこかのお店か、食堂か……でもどっちもピンとこないなあ」
12歳のノーラは働きに出るのにちょうどいい年齢と言える。
これより下だと子供として扱われるので、どの商店や食堂でも見習いはこのあたりの年齢だ。
「いっそアルフと一緒にトーマスさんのところという手もあるんじゃない?」
「ああ、でもアルフといっしょかあ……」
元々、家のことをしっかり回していたノーラと、あまり家のことを手伝わないアルフはしょっちゅう喧嘩をしていた。
今、アルフが働きに出たことで関係は若干改善されているようだが、まだノーラとしては許していないのかもしれない。
「そうだ、そのアルフだ……」
「何?」
「こっちに移ったこと知らないかも……」
「ああ、そういえば……」
この場所に移ることが決まったのは朝早くアルフが出たあとだ。
今頃がらんどうの部屋で途方に暮れているかもしれない。
「僕が行ってくるよ」
「じゃあ、私は晩御飯の準備するね……はあ、疲れてるけどしょうがないよね」
そうして、僕は外に、ノーラも動き出した。
外は暗くなってきて、今まで居た部屋の見慣れた風景と全く違うので、一瞬変な感じがした。
これからこの風景に慣れていくのかな。
できれば慣れる前にちゃんとした家を借りれるようになりたい。
元の部屋に歩いていくと、通りの部屋からいろいろな食べ物の匂いがする。
どこの家も夕食の準備中なのだろう。
明かりがついている部屋と、そうでない部屋を数えながら進む。
段々明かりがついている部屋の割合が多くなった中に、一つだけ暗い部屋がある。
あそこだ。
入ってみると、がらんどうの部屋で誰もいなかった。
「まだ帰ってないのか……」
もしかすると、あたりを探し回っているのかもしれない。
僕は外でしばらく待つことにした。
家に帰ってくる人々がパラパラと歩いてくる。
顔見知りに会ったらちょっと話し込む。
僕らの部屋が暗いのを見て、不思議そうにしているので引っ越しの件について話す。
そうこうしていると、遠くから走り寄ってくる姿が見える。アルフだ。
「おーい」
「遅かったな、突然だけど引っ越して、今は……」
「それより大変なんだ、ホリーが……死にかけてるんだ」
「なんだって!」
「とにかく来てよ」
走りながらアルフの話を聞く。
ホリーは今日も仲間と一緒にダンジョンに潜っていたらしい。
そこで強敵に会って、ホリーがなぜか無防備に近づいて斬られたということだった。
今、彼女は管理局の緊急治療室にいるらしい。
ダンジョン街の東門から飛び込み、まだまだ人の多い中を縫って走る。
局の建物は細長いが、普段の申請、報告をする場所とは離れたところにアルフは向かう。
ホリーの仲間が、たまたま彼女と仲良く会話しているトーマスの会社の下っ端を覚えていて、アルフを連れてきたそうだ。
そしてアルフが自分では手に負えないからと僕を探していたようだ。
ぼくらはその部屋に飛び込んだ。
「ホリー!」
寝台に横たわる彼女は一見して無事に見える。
五体満足だったし、包帯で止血もされているようだ。
傍らに座って見守っている男は、彼女のチームの一員だろうか。
挨拶もそこそこに、僕は男にホリーの状態を聞いた。
「傷はふさいでもらったが、血を流し過ぎた……まだ意識が戻らない。脈も弱っていってる」
男は悔しそうに言う。
彼はホリーのチームのリーダーであるラミレスだった。
「今、仲間が何とかしてもらえないかと教会に行っている」
「そうですか……」
多分難しいだろう。
そもそも帝国出身者で身元が確かでないとあの街には入れない。
パランデラで活動していた彼らは入れてもらえない可能性が高い。
「リーダー、だめだった。門前払いだ」
「……そうか」
走って来た男が報告する。
帝国街の門前払いか、教会の門前払いかは分からないが同じことだ。
このままでは、ホリーの命が危ない。
僕は、やるべきことをやろう、と心を決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます