第12話 中層
「いよいよだな」
「うん、気を付けていこうね」
「ああ」
目の前にある扉は青色の札がかかっている。優勢フロアだ。
そして扉に直接書かれた数字は14。
僕にとっては少々因縁のある場所だ。
中層は今、半々ぐらいで赤と青の札がかかっているが、一度青にした階層は優勢を保つような方針で人が送られている。
だから14層もそのまま優勢の状態が維持されており、ちょうど僕たちが探索するのには適切だ。
「
「おうよ」
この確認を聞いていた他の冒険者がいたら、「おいおい間違っているよ」と言いたくなるだろう。
実際には剣をはじめとする物理的な手段では倒せない敵は二種類いる。スピリットとレヴナントだ。
だが、スピリットが人型をとったようなレヴナントは、空中を飛びまわったりはせず、人間的な動きをするので今のドイルであれば問題ない。
僕たちは今日もモンスターをたくさん倒すために、光の魔術を灯して14層に踏み入った。
「来たぞ、レヴ2、骨2だ」
「うん、じゃあ任せる」
「おう」
先日はほとんど活躍できなかったドイルに、今日は活躍してもらう。
僕は、後ろを警戒しながら、彼の戦いを見守る。
「おらっ」
まずは素手で(光っているので実際はよくわからないが)殴り掛かってくるレヴナントをその腕ごと剣の横振りで切り裂く。
物理攻撃が効かないはずのレヴナントは、剣で真っ二つに切り裂かれ、そして形を失い、光の塊となって霧散した。
人間でないので動揺はしなかったであろうが、返す振りでもう片方のレヴナントも切り裂いたドイルは、そこでいったんバックステップして距離をとる。
レヴナントの体から生成された魔力塊が床に落ち、転がる。
ちょっと踏みつぶされないか心配だ。
「いける?」
「大丈夫だろう」
ドイルは、間合いを測って再び前に飛び込む。
モンスターの格としてはレヴナントに劣るアーマースケルトンだが、剣と鎧を装備しているため、それに対してはドイルも剣を極力当てないように注意する。
相手の上段からの振りを回避、もう片方のスケルトンから逆の方向に避け、挟み撃ちを防ぐ。
前に重心が寄ったアーマースケルトンに対して背後から首筋にかけて剣を振る。
まるで首切りの刑罰を執行する人のように、首を後ろから断ち切ったドイルは、その振りを利用して重心を後ろに移し、崩れ落ちる骨を避ける。
反撃が無いことを確認して前に出て骨を踏みつぶしながら、もう片方のアーマースケルトンに向かい、今度は付きをその顔面に突き刺す。
「反撃!」
相手の剣が振りかぶられているのを離れた場所から確認した僕の声に反応し、ドイルは身をかがめる。
相手は振り下ろしではなく横切りをしているのが接近していてもわかったのだろう。
振りの軌跡を外し、そのままドイルは回し蹴りを一発。
バランスを崩したアーマースケルトンは、倒れるとそのまま動かなくなった。
「お疲れさま」
前後の増援を警戒しながら、僕はドイルに近づき、落ちている魔力塊を拾い上げる。
二人なので、動きに影響がないように収集物は僕が持つことになる。
剣身を布で拭き、傷や歪みを確認したドイルは、うなずいて剣を鞘に納める。
「うまくいったな」
「そうだね。ちゃんと機能してよかったよ……かけ直す?」
「ああ、お願いする」
僕は立ち上がり、再び鞘から抜いたドイルの剣に手を置いて聖句を唱える。
『化身伝三章に曰く、名もなき聖騎士、命を賭して、奇跡を願う。その剣は邪悪に阻まれることなし』
光が手のひらから出て、剣に吸い込まれ、剣自体がかすかに光を発する。
明かりの代わりになるほどではないが、確かに光るそれは邪悪なモンスターに対して強い力を発揮する。
『名もなき聖騎士の聖句』は、『清悟集』で知ったもので、既存の剣に聖なる力を宿すものだ。
聖句内に「命を賭して」とあるので使っていいものかと悩んだ。
だが、注意書きのようなものは無かったこと、直後に名もなき聖騎士の別の聖句があったこと、「命を懸けて」「命を糧に」などでは無かったことから大丈夫だと判断して使ってみた。
結果問題なかったし、ドイルのためにはこれこそが有用だった。
これで、効果が切れるまでは聖騎士の使う聖属性の剣に等しい威力を持つことになるのだ。
「しかし、いきなりレヴナントか……」
「そういうこともあるよ。ただ、絶対数で言うとミイラが一番多いはずだよ」
この間ライル達と来た時もミイラが一番多かった。
「そうか……まあ、戦法は一緒だな。力が切れないようにレヴナントをやっつけて、後は力が切れても気にせず残りを倒す……」
「……そして、スピリットの時は僕が対応する、だね」
「でもなあ……お前のあれ、他の敵もまとめてやっつけちゃうだろう?」
「このあたりだとそうだね。でも下には耐えるのがいるらしいよ」
「ひええ、そんなのに会ったらどうすんだ?」
「やることは変わらないかな……一回でダメなら複数回使えばいい」
「それってなんか精神力とか魔力とかそういうのは消費しないのか?」
「ああ、多分効果は落ちていくね。だから長時間の探索は実は不向きなんだ」
なお、魔術の場合は段々集中ができなくなる。
思考能力も一緒に落ちていくので、むしろ魔術の使い過ぎの方が危険かもしれない。だけど……
「だけど、今なら効果が薄くなったら魔術に切り替えることもできるから、そうそう簡単に役立たずにはならないと思う」
「……本当に、ものすごいな」
「僕もそう思う」
「調子乗んなよっ」
「ははっ、そうだね、調子に乗っていたら遠慮なく言ってね」
「ああ、任せとけ、将来の義兄? 義弟? どっちだ? ……の安全のためだ」
「ホリーのことなら義弟だね、ちなみにノーラだと義兄だ」
年齢は同じぐらいだけど、小さいころの様子からはホリーの方が生まれが早いらしい。
「何でそこでノーラの話が出るんだよ」
「いや、意外に気が合ってそうだったから」
「そんなことねえよ!」
できればノーラをもらってほしい。
なんか最後は僕に、とかって言っていたし、婚期が遅れそうな恐れがある。
僕……は師匠がいるから残念ながらノーラはもらえない。
「さあ、そろそろ進もう」
「……そうだな」
そして僕たちは、再び前後に隊列を作って通路を進み始めた。
◇
「珍しいよな、ここ、階層主とかもいねえし」
「他はみんなそうなの?」
何度か同じように危なげなく戦闘をこなした後、見つけた小部屋で休憩している。
小部屋ではよさげな金属製の水差しを手に入れた。
武器とかじゃないのか? と思うかもしれないが、基本的に迷宮遺物は迷宮が作ったものと冒険者の遺品がある。
武器は冒険者が持ち込むので冒険者の遺品の割合が高い。それに対して、水差しを持ち込む冒険者は、まあ相当な変わり者だと思うので、これは迷宮が作った遺物の可能性が高い。
こういう物は特殊な能力や価値があったりするので、優先して持って帰るべきだった。
「そうだな、パランデラも、南のリザリアもそうだと聞いた。階層主を倒して層を優勢にしないと次に進めない」
「それは攻略が大変そうだね」
「そうだな。だから年単位で攻略が停滞することがあって、ちょうどパランデラは今そういう感じだ。今の最前線が手ごわいらしくて、しばらくは進めることが難しいらしい。それで、中にはチームごとこっちに移ってくるのもいる」
「その中の一つがホリーのチームってことだね」
「そうなるな。向こうでは中堅から前線に近いチームなんだが、前後の階層を主戦場とするチームとの区分けの問題を避けるためにいったん離れたらしい」
「ふうん、大変だね」
「だからここは人気になるな。階層の構造が冒険者にはありがたい。案外すぐ攻略されるかもな」
「そうあってほしいよ」
ダンジョンから魔力塊や宝が手に入らなくなるとしても、ダンジョン攻略はできるならすべきだ。
それは人間が住める領域が増えることを意味し、そうやって人は世界に広がっていったのだから。
「さて、どうする? まだ歩けるか?」
「今日は大丈夫だね、もっと行こうか」
「よし、出発しよう」
そして僕たちは14層をかなりのペースで攻略し、地上の管理局に戻って来た。
今日は、窓口は女の人しかいなかった。
比較的空いている窓口に並ぶ。
あ、でも進みが遅い。
結局どこに並んでも変わりなかったな、と思いながら順番が来たので、袋をどさっと窓口に提出する。
「あと、これってわかりますか?」
「えっと、鑑定に回すなら、費用が掛かります」
「どれぐらいですか?」
「鑑定だけだと銀貨5枚ですね。性能証明をつけると、標準売却額の1割です」
「……高いですね」
「でも、そうしないとみんな錆びた剣を持ち込みだすので……」
「ああ……なるほど」
物価としては、銀貨5枚あれば、普通のつくりの剣なら新品が買える。
錆びた剣がただの冒険者の遺品だった場合は鑑定するたびに損になる。
中層を歩いているとアーマースケルトンが持っていることが多いので、結構手に入る。僕らは2人ということもあって、全部置いてきているけど……
「どうされます?」
「先に魔力塊の方を計算してもらえますか? それ次第で……」
ちょっと面倒なので、ドイルと相談したかったが、彼はすでに局の建物にいなかった。
最寄りの店で酒を飲み始めているのかもしれない。
僕は、整理札を貰って窓口を離れた。
◇
しばらく壁にもたれながら立って呼ばれたので戻ると、魔力塊は4000エルを超える量だった。
実はダンジョンができるとその周辺は魔力塊本位制になってしまう。
これは1エルが銅貨1枚、100エルが銀貨1枚、10000エルが金貨1枚と言う交換比率になって、貨幣の単位もエルと呼ばれるが、元はエルは魔力塊の持つエネルギーの値だ。
魔道具のランプで夕方から夜半ぐらいまで照らすことができるぐらいの魔力値が1エルであり、それが最低単位とされている。
今回だと銀貨40枚少々になる。
ならば鑑定ぐらいは出すか、と水差しについてお願いしる。
鑑定は専門家に回すらしく、数日時間をとるそうなので、今度は預かり証明の羊皮紙の巻物を貰う。
何度も使いまわしているようでボロボロだが、中には担当の名前と、預かりの規定などが記されており、一緒に巻き込まれた植物紙に日付と僕の名前が記されている。
僕は巻物を大事にしまい込み、魔力塊を全てお金に換えて受け取る。
外に出てドイルを探すと、やはり近くの店の表のテーブルに座ってすでに飲んでいた。
「おう、任せて悪いな」
「いや、まあ僕の方が顔なじみだからね。それと勝手にやって悪かったけど、水差しは鑑定に出したよ」
「ああ、あれはその方がいいよな。あのまま売っても二束三文だ」
「ってことで、残りは分けると18枚と少しかな」
「じゃあ端数はいらないから、銀貨だけくれ」
「ありがとう……はい」
銀貨は重い。
半分でも酒瓶1本分ぐらいの重さがあるので、ちょっと身軽になった。
「それにしても……」
「なんだ?」
「一週間前は銀貨3枚で多いって思ってたんだけどなあ……」
今日の稼ぎはその6倍以上だ。
「まあな、やっぱり金銭感覚は注意しねえとな。破滅する奴は多いから……」
「そうだね、注意するよ」
どうやらドイルは飲み続けるようで、僕も贅沢に柑橘水砂糖入りを注文する。
家にご飯があるからそんなに食べられないが、軽く揚げ物を分けてもらい、僕らは冒険の活躍をお互いねぎらい合った。
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