第11話 贈り物

「これって……」

「知り合い?」

「……死んだはずの、僕らがお世話になっていた神父さまだよ」

「ふーん」


 僕の説明にもドイルの反応は薄かった。

 ノーラはそれとは逆に目をむいてドイルを責めるように言葉を発する。


「ふーんじゃないよ、だって3年前に亡くなっているのよ」

「そしたら、遺品が出てきたんじゃないの? 教会の関係者の持ち物っぽいからここに持っていけって言ったのかも……」

「なるほど、そういう考えもできるのか……」


 これは、僕らの方が気が動転していたのかもしれない。確かにドイルのいうような筋書きだとつじつまは合う。


「なんにせよ、ベイズの知り合いだったら、その本はベイズが持っとくのがいいんじゃねえか? 元々宛先不明だったんだから」

「でも……」


 本は高価だ。

 それに教会関係の書物は流通に制限がある。

 果たして聖職者でも教会関係者でもない僕が持っていていいのだろうか?

 そのあたりをドイルに説明したが、彼の意見は変わらなかった。


「だって、個人の持ち物だろ? 教会の蔵書だってんなら話は別だろうけど」

「……確かに」


 反論は見つからず、結局僕はその本を引き取ることにした。


「それにしても、ほんとに人いないね」

「……そうだね」


 まあ、治療してもらえるわけでもない自由教会なんてこんなものかもしれない。

 僕たちみたいに、ちゃんと神様を信じていても、朝夕の祈りを自宅でするぐらいで、わざわざ祭壇があるだけで人のいない自由教会まで出向くことは少ないだろう。


「じゃあ、帰るか……」

「だったら帰りには買い物を……そうだ、ねえ、ドイルさんも夕食に来ない?」

「え……まあいいけど」


 陰で拳を握るノーラ。

 ああ、荷物持ちが増えた、ってことか……やれやれ、僕も頭数に入ってるんだろうなあ……

 結局、ダンジョン街、そしていつもの東の繁華街での買い物で、両手に一杯の荷物を抱えさせられた男が二人、くたびれて家にたどり着いた。


「ただいま」

「あれ? 何でこっちにいるの?」

「ほ、ホリー?」

「ああ、なんかね、ホリーをおい……」

「待て、それは、頼む!」

「こらこら、荷物を置いたからにしてよ」


 家でホリーと出くわしてしまったドイルは動揺を隠せない。

 余計なことを言いそうになったノーラは、さっそく買って来た調味料を袋から出している。

 僕は、とりあえず自分の分とドイルの分の荷物をテーブルに置いて、落ちないように手で押さえながら室内を見回す。

 年少の子らは外に遊びに出ているようだ。

 珍しくいつも一人で本を読んでいるリオも姿が見えない。

 アルフもまだ仕事から帰っていないようで、家にはいなかった。

 ホリーとドイルは、いろいろと話しているようで、僕はノーラの手伝いをすることにした。


「これってどこにしまえばいい?」

「ああ、今日使う分だけちょうだい。後はいつもの倉庫に……」

「わかった」


 倉庫と言っても部屋の片隅に置かれた大きな箱だ。

 中は棚になっていて、食材が積まれている。


「毛織物はどうする?」

「とりあえず奥に放り込んでおいて。あとで整えるから」


 普段だと食料しか買わないのだが、今日はせっかくだということでその他の雑貨も多い。

 テーブルに乗せるのがはばかられるもの以外は、さっさと移動させないといけない。


「あとはいいかな」


 皿とかそういうのはノーラが勝手にやるだろう。

 僕は、隅の木箱に座って、例の本を開いてみる。


 読んでみると、やっぱり奇妙な感じがする。

 例えば、僕の知る限りだと聖ウェリアスの事績は化身伝で、その直後に聖者列伝に収録されている聖トバイアスの事績があるのは出典を無視している。

 そもそも化身伝とは、神の現身とされる高位の偉人に関して書かれたもので、その意味では聖者より一段高い位置にいるはずで、それらを並べて記すのは教会のすることではない。


 頭に疑問が渦巻く中、読み進めて……そして僕は気づいた。

 余りのことに、僕はとっさに周囲を見回した。

 相変わらず、ノーラは夕食の準備をしており、ホリーと話している。

 ドイルはいつの間にか帰ってきていたアルフや年少の子らに自慢気に話をしているから、冒険者の話をしているのだろう。

 大丈夫、特に危険な人物はいない。


 知ってしまったのは、恐らくとても危険な知識だ。

 聖ウェリアス、聖トバイアス、聖ローハルト、聖ビスハイスト、聖騎士カルミン、名もなき聖騎士……

 一見化身、聖者の別なく、ごちゃまぜに双十字の偉人を選んでいるようだが、それは全て聖跡、奇跡と呼ばれる神威に関する名前だ。

 つまり、この清悟集というのは、双十字聖教の神威を使うための書、たとえるなら魔術の詠唱をまとめた魔術書の神威版であった。

 これを読めば、全てとはいわないまでも、世にある神威の大半を唱えることができる。

 そしてそれを僕が手にしたということは……


 例の言葉を思い出す。

 『冴えない僕に許された、たった一つの冴えたやり方』

 過去の自分ではあっても、彼は他人だ。

 僕と全く違う事情があっただろうし、あるいは生きた世界すら違うのかもしれない。

 失意を持って生を終えた『冴えない』と自嘲するような、冷静で、多分頭の良い、男の人。

 ちょうど僕と同じ『僕』という自称を使っていることは、偶然か魂のつながりか……

 あなたの『たった一つ』は僕にとっては、何より価値がある。

 今この時に、僕は、『世界で最も多くの術を使える冒険者』になるチャンスを貰ったのだ。


 この本が神父さまの贈り物だとすると、例の言葉は前世の僕からの贈り物だ。

 そしてそれは、間接的にどちらも神様の贈り物だ。

 あなた方の、そしてあなた様のおかげで、僕はこれから強くなれそうです。

 僕は、表面上の平静を装いながら、感謝の気持ちを持って、本を読み進め一節でも多く頭に刻み付けることに熱中した。

 いつの間にか夕食のいい匂いがしていた。



「じゃあ、結局神父のおっちゃんはいなかったんだ……」

 

 おっちゃん呼ばわりするのはアルフだった。

 が、彼は昔から神父さまのことをおっちゃん呼ばわりしていて、神父さま本人も気にしていなかったのでそのままになっていた。

 ちなみに、神父さまは当時で30歳をちょっと超えたぐらい。

 おっちゃんと呼ぶにはちょっと若すぎる気もするが、当時は10歳にもなっていないアルフからすれば違ったのかもしれない。


「そう、教会って聞いていたから、私たちがいたような場所かと思ったのに、誰もいないんだもの……」

「そうだね。結局会うことができなかったけど、でもまあ僕にとっては神父さまのものだったらしい本を貰ったからよかったよ」

「ねえ、その本ってどんな人がくれたの?」


 普段から本が大好きなリオがドイルに聞く。

 結局、普段の6人にホリーとドイルが加わって、食卓を延長して木箱も普段使わないものを並べて何とかつめて座っていた。


「ああ、なんかすげえ特徴的な人だったぜ。30は超えてる感じの黒髪のおっさんで、片腕が無いんだ」

「え? それってどっち? 眼鏡はかけてた?」


 いきなり様子が変わった僕の質問に、ドイルは頭を叩きながら記憶を探り探り答える。


「ええと、確か左だな。うん、俺は右手で受け取ったからそのはず。眼鏡はかけてたよ」

「それって!」

「うん、多分」

「なんだなんだ……おまえら」

「その人が神父さまよ!」


 なんとドイルが神父さま本人と会っていた。

 本を持っていたことから考えても絶対に本人だろう。


「じゃあ、あの本はやっぱり僕にくれたってことか……でもどうして? 今になって……」

「あれじゃねえか?」

「あれ?」


 ホリーが疑問を持つ。まずい。


「いや、それは関係ないだろ? 多分街で見かけたとかじゃないかな」


 ドイルをにらみながら答える。

 神威を使えることは秘密だ。少なくとも今は、ホリーに対してもだ。

 幸い、ドイルも気が付いてくれて、そのあとは何とかごまかすことができた。

 悪意は感じないが、彼の軽率さは困ったものだ。

 秘密を明かすのは早まったかもしれない。


「じゃあな、また明日」

「ああ、おやすみ」


 ドイルは宿に帰る。

 彼にとっては重要な、非常に重要なことだが、当然ホリーも今のところ宿に住んでいる。

 つまりは二人きりで帰り道を行くということだ。

 まあ、いきなりそれで進展させられるほど器用な男には見えないが……やっぱり無理だろうな……

 ということで、彼の恋の行方はダメだと僕の中では結論をつけて、僕自身の問題に考えを集中する。

 状況的に、ドイルが会ったのは神父さま本人だろう。

 だとすれば、やはり姿を現さないことに疑問が残る。

 僕に宛てて本を送ってくるぐらいだから、僕たちがここに住んでいることは知っているはず。

 何か直接会えない理由があるのかもしれない。

 そもそも生きていたことが不思議だ。

 教会の上層部に助けられて身を隠しているのだろうか?

 だとすると、何か……あの旅の僧侶ロブルさんのように秘密の任務に就いているのだろうか?


――探さない方がいいのかな?


 少なくとも神父さまは今僕たちに会いたいとは思っていないことは確かだ。

 僕たちは生活できているし、別に焦る必要はないだろう。

 いずれ会えるようになるといいな。

 僕はその件については保留することにした。

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