第8話 戦士と聖職者

「じゃあ、その秘密を見せてくれるか?」

「ああ、わかってると思うが……」

「絶対秘密、だな」


 戦士と魔術使ということで、一応上層であれば探索許可が出た。

 窓口のおじさんは、「あーまた来たよ」と言う顔をしていたが、首尾よくソロ同士が組んだのを見て、一応の努力を認めたのか折れてくれた。

 それでも、中層以降は許可が出なかったのは、そこが譲れない線だったのかもしれない。

 そんなわけで僕とドイルは10層の扉前に来ている。

 上層で一番深い層、もちろん優勢の青色の札がかかっている。


 一般的には、上層と中層の間に壁は無い。

 だから、10層に来るような連中は、まずスキップして次の青札、今なら12層を目指すので、空いている。


 ただ、ダンジョン的には上層と中層の間には差がある。

 10層と12層のでは、出るモンスターの種類が変わるし、間接的には敵が残す遺物や魔力塊の質も変わる。


 そういうことで、ここは優勢なりに敵がいるが、人が少ない層であり、ここに潜る場合は局から報奨金が出る。

 ただ、階層を優勢に保つための措置なので、敵を倒した証を求められる。

 そんなわけで手荷物検査、扉までの付き添いを、窓口担当した職員が行うことになっており、日ごろ運動不足なのが明らかな職員のおじさんには悪いことをした。


 10層に入り、ようやく二人だけになった。

 そこで、この階の敵に力を試してみる。

 敵はスケルトン、鎧は纏っていないのが3体。

 そしてその向こうに腐り死体ゾンビの姿も複数見える。10層より12層を好む冒険者の理由の一つだ。

 だが今の僕には関係ない。


『列伝三章二十三節に曰く、聖ビスハイスト、邪悪なるものに面し、その身を光と化し、全ての邪悪を退ける』


 構造把握、原始魔法発動、詠唱による増幅や方向づけをシステマチックに行う魔術と違い、神威の詠唱はただ神の存在を信じ、神の威光を願い、そして過去の聖なる事跡の再現を願う。

 神威のうち、神が直接手を下したものではなく、聖者が行った業を過去の書物から呼び起こす『聖跡』、そのうち退魔の力を有する『聖ビスハイストの聖跡』が発動した。


――アアアアアアア


 ゾンビはスピリットと同じく叫び声を上げて光になって消えた。

 スピリットのそれと違ってこちらの精神に刺しこまれるようなキツさは無いが、聞いていて不快になるのは同じだ。


「……どうだ?」

「いや、すげえな……」

「森に死者はいないか?」

「いや、ゾンビやスケルトンならいるが、こんなにあっさり倒せる奴じゃねえ。俺と仲間ももっと少ないのに囲まれて逃げ帰ったことがある」

「なら注意した方がいい。ここはあんなのばっかりだ」

「……なんか自信なくすな……」

「パランデラに帰るか? ホリーをあきらめて……」

「いや、それは嫌だ」

「なら、何とかしなきゃな」

「ああ」


 やる気になったのは良い。

 だが、彼は片手剣持ちだから、ゾンビはともかくスケルトンはちょっと相性が悪い。


「それって、なんかの属性持ちじゃないよね?」

「ああ、つくりは最上だけど、普通の鋼製だ」

「じゃあちょっと厳しいかな……ここは死者が中心だ」

「なんかねえのか? 聖水かけるとか聞いたぞ?」

「あれはねえ、すぐ流れるし……下手をすると空振り一回で水滴が飛んで行って効果が無くなる」

「じゃあ、なんか魔法みたいなのねえのか? いや、神威だっけ……」

「今のところはこれと回復ぐらいだなあ……調べたいけど、聖書がなあ……」

「あんなの普通に売ってるじゃないか……」

「売っているのは簡易版なんだ。本物の聖句は教会が独占しているよ」

「なんだ、汚ねえな。神威を独占かよ」

「そういう側面はあるかもね。でも普通に意味が変わらないように簡略化しているから、神様のことを知って、祈るには簡易版で十分なんだ」


 実際に、僕らが孤児院で使っていたのも簡易版だ。

 正しい聖句は、神父さまが神威を使ったときに隣で聞いて覚えたもので、後で自分でも試しで唱えてみたが、当時の僕では信心が足りなかったのだろう。全く発動する気配はなかった。


「だから僕の方は厳しいかな……できればメイスかなにか重い武器に持ち替えてもらえれば……」

「こんなのばっかり出てくるならしょうがねえか……でもまあ、今日はこのまま進もうぜ。お前を守ればいいんだろう?」

「そうしてもらえるなら行けそうだね。よし、じゃあしっかり稼ごうか」

「おう」


 それから僕らは10層を歩き回った。

 各層は石造りの通路のところどころに部屋があるものだが、広さ自体はダンジョン街全体ぐらいはあるんじゃないだろうか?

 かなりの広さがある。

 普段なら警戒しながらちょっとずつ進んでいくのだが……


「やっぱりそれ、ずるいんじゃねえか?」

「まあまあ、でも武器を変えたらドイルも活躍できるよ」

「そうなってほしいぜ。ったく、今日は運動不足だ」


 かなりの距離を歩いたが、彼にとってはこんなのは運動に入らないようだ。

 僕の方はそろそろ足が痛い。


「ねえ、そろそろ……」

「ああ、悪い悪い……向こうでも怒られたんだ。みんながお前のペースに合わせられると思うな、って……よし、じゃあ帰るか」


 一緒に探索をしてみてわかったが、彼はかなりパランデラで鍛えられている。

 確かに武器の相性は良くないが、それは持ち替えればいいことだし、今の長剣でもスケルトンの剣を軽くあしらっており、安定感があった。

 頼もしい前衛で、今後も組んでいくのに不足は無かった。



「はい、確かに……こ、これは……」

「正真正銘、今日の探索で倒した分ですよ」

「はい、それは確かに私が確認したんですが……」

「おっちゃん、俺たち二人とも単独で潜ろうとしたぐらいには、腕に自信があるんだぜ?」

「はあ……いえ、確かにそうですな」

「えっと、僕もこの間トラップで19層に飛ばされて一人で帰って来ました。で、彼はそんな僕から見ても安心できる腕前の持ち主です」

「なるほど、これは私が見くびっていたということですか……」

「安心しな、もう単独で潜るとは言わねえ。ベイズと俺で組むことになったからな。まあ、これからもよろしくってことで」

「はい、では計算してまいります」


 やっぱり魔力塊の量に驚かれた。

 だが、やたら縁のある中年の職員がまだ窓口にいたので、彼に対応してもらったので大丈夫だろう。

 だけど……


「次からはもう少し控えめにしようか……」

「……そうだな」


 明日はまた担当が変わるだろう。


「だけど、中層の許可だけは下ろしてもらわないと……そのためにも今日は頑張る必要があったしね」

「そういう意味があったのか……」


 僕だって何も考えないで敵を殲滅していたわけではない。

 10層優勢であれだけ戦果をあげたなら、上層では楽勝だという印象を与えるだろう。

 中層であれば、もっと稼げる。たとえ倒すモンスターの数を減らしても……

 そして、戻って来た職員の人から受け取った報酬も満足いくものだったし、首尾よく中層への立ち入り許可を得ることができることになった。



「じゃあまたあさってな」

「うん、ここで朝9時に」


 ドイルと別れ、僕は家に向かう。

 うーん、だけどちょっと早いかな……

 懐が温かいし、ちょっと寄り道していくか……

 僕は、普段通る東門ではなくダンジョンから西に向かう。

 ダンジョン街は、ダンジョン発生後にそれを中心にして築かれた。

 魔導器というものを使ったそうで、一晩のうちに高い壁ができていたので当時は驚いた。

 門は最初から東西にあった。

 家はちょうど東門からまっすぐ南に進んだ先にある、サイオン全体の外壁に沿った場所にある。

 東門周囲一帯はトーマスのなわばりだから、最初から治安が良かったが、壁ができて3年で、他の地域の抗争も一段落し、今はそれなりに治安が保たれている。


「あれ? こんなのあったかな?」


 西門周辺はちょうど『トカゲ団』と『子供の国』のなわばりが重なっているので、一時はひどく荒れた場所だった。

 だから比較的建物も崩れたものが残っていて、雑然とした街並みになっているが、今は表面上平穏で人通りもそれなりにある。

 自分も久しぶりに訪れるが、見覚えのない建物に、見覚えのある印が掲げられていた。 

 十字が2つ。

 重なりなく掲げられているということは、双十字の中でも特定の派閥に属さぬ自由教会と言うことだ。


「サイオンにもあるとは……」


 パランデラなどではあると聞いたことはあった。

 各派閥ごとに教会をたてるのに場所がないので、全派閥が共同で使用できる教会を1つ作ったそうだ。

 サイオンはもともと友愛派、そして今は伝統派の大きな教会があり他派閥の教会は無い。

 とはいえ、伝統派以外の派閥は互いに仲が悪くないので、昔の教会でも他派閥のための祈りの場は用意されていて、実際に利用する者がいた。

 ダンジョン発生後の教会が伝統派になったことは、それ以外の派閥の者にとっては困りごとだ。


「ごめんください」


 建物は今にも崩れ落ちそうだが、それはここいらの並びでは普通のことだ。

 中には、粗末な造作ではあったが、なるほど見覚えのある祈りの場がしつらえてあった。

 無人で暗かったが、様子をみるに普段から使われているようだ。

 近所の人の祈りの場として使われているということか……

 僕は聖職者ではない。

 将来の道として考えたこともあり、神父さまには相談したこともある。

 だが、その道を進む前にダンジョンが現れて、そんなことを考える余地もなくなった。

 だからといって、信仰を失ったわけではない。

 僕は、せっかくだから祈らせてもらうことにした。

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