第7話 1人と1人

「さすがに一人では……」

「そうですよね」


 押しの弱そうな中年の男の人の窓口を選んだが、無理だった。

 男の多い冒険者だから、女性の担当する窓口が人気なのはいつものことだ。

 だけど、局が表に出して来る女性は、そろいもそろって気が強く、負けん気が強く、そして言葉がきつい……まあ美人ぞろいであるのも確かだが……

 そんなわけで、空いているのをいいことにごり押しできないかと試してみたが、やはり一人でダンジョン探索は許可が下りない。

 入るときにメンバーを申告しないといけないので、無断で潜ることは不可能だ。

 そして僕一人では手続きもできない。


――困ったなあ……


 そうなると、案としては三つある。

 一つはホリーに合流するということだ。

 だが、ホリーにも今一緒に行動している仲間がいる。

 その仲間にも秘密を話すのは危険だと思うし、まだ会ったこともない。

 そもそも、何人いるのかすら僕は知らない。

 いずれダンジョン攻略の時には何とかするにせよ、時期尚早だ。


 二つ目は、最初から前提が崩れているが、師匠を連れ出すことだ。

 ダンジョンで最も価値が高いのは聖職者だが、彼らはめったにダンジョンに来ないし、攻略なんて興味もないそうだ。

 そしてそれに次ぐ価値を持つのが、魔法師または魔法士だ。

 単に術として固定化されたものを使う魔術使と違って、彼らは理論に従って魔法を組み上げ、その場で即興で状況に合った魔法を創り上げすらする。

 だが残念ながら、師匠は腰痛だ。

 ……断じて僕のせいではない。

 元からだ。

 今もあまり外に出歩かないし、定期的に教会に治療に通っているらしい。

 当然、ダンジョンに連れ出すなんて夢のまた夢だ。


 三つめは、何とか能力を隠して普通の魔法師としてダンジョンに潜ることだ。

 これなら、ラウルとでもいっしょに行けるし、他にもなじみのチームはある。

 問題は、せっかく手に入れた神威が全く使えないことだ。

 あまり気は進まないが、ダンジョンに潜らないと収入が無い。

 これを選ぶしかないようだ。

 その時、気になる声が聞こえた。

 若い男のようだった。


「なんで、一人じゃダメなんだ?」

「それは……説明しましたように……」


 小麦色の髪を逆立て、ヘアバンドを巻いている。

 上背は普通だが、体は鍛えられている一目で前衛向きとわかる男だった。

 そして、一人でダンジョンに潜ろうとしている。

 これは……チャンスかもしれない。


「なあ」

「ああっ、なんだてめえ」

「落ち着け……見た感じ、ここは慣れてないんだろう?」

「そりゃ……来たばっかりだけどよ」

「ちょっと話をしないか? なに、悪いようにはしない」


 そこで双十字を取り出して友愛派であると示し、「神に誓って」と口に出して相手はようやく少し話を聞く様子をとった。


「なんだ……坊主かよ」

「昔な……教会で育てられた」

「何? 本当か?」


 意外に食いつく。

 帝国出身だろうか?

 いや、そうだとしたら友愛派と示した段階で何らかの反応がある。

 友愛派と帝国の伝統派のシンボルは似ている。

 左右につなげた十字の足を合わせるかどうかという違いなので、そこは誤解されないようにしっかりと離して見せたので見間違えたことはないだろう。


「それは、この町か?」

「ああ、かつてこの場所にあった。ダンジョンにのまれて消えたけどな」

「ってことは、ホリーの知り合いか?」

「えっ? 何で知ってるの?」

「当たり前だ。俺はあの子を追って来たんだ」


 おお、それは……若いな。

 いや、多分僕の方が若いけど。

 大人と付き合っている(自慢)僕は、彼のことを元気のいい若者を見るような目で見てしまう。


「そうかそうか、じゃあパランデラから?」

「ああ、そうだ。向こうじゃ一人で潜っても何も言われなかったんだ」

「それぞれの局で方針が違うんだね……」

「それより、ホリーとどういう関係だ?」

「ああ、友達。昨日はうちに来たよ」

「なにいぃぃ、手を出したりしねえだろうな?」

「家族と一緒の家だよ。残された孤児だけ6人の……ホリーだけ町を離れたんだ」

「そうなのか……いや、あの子はあんまり自分のことを離さないからな……どうだ? 飯をおごるから話聞かせてくれよ」

「まだちょっと昼には早いよね。まあ僕の方でもお願いしたいことがあるし、外の店に行こうか」



 そして、食堂で飲み物を片手に情報交換をする。

 ちなみに僕はまだ酒は飲んだことが無いので、柑橘を絞った冷水だ。

 甘くないのであまりおいしくない。

 砂糖は高いので入ってないのだ。


「じゃあ、一緒に住むってことじゃねえか……」

「そういう話にはなってるね」

「いいなあ、俺も……」

「無理、どんな顔して混ざるんだよ……」

「そうだよなあ」


 彼の名前はドイル。

 パランデラ出身で両親は向こうに住んでいるらしい。

 宿屋をやっているが、息子の彼は家を継ぐ気はなく、友人と冒険者をやっているらしい。

 家は兄が一人いるから大丈夫、とは彼の言だ。

 そして、向こうで見かけたホリーに一目ぼれ、このことに関しては僕も人のことを言えないのであえて突っ込んで聞かない。でも……ちょっと気になる。


「ねえ、どんなところを気に入ったの?」

「ああ、やっぱりたたずまいっていうか姿勢がきれいだろ? 普段も剣を構えた時もすごくかっこ良くて、あと顔もかわいい」


 なるほど、姿勢の良くない人と付き合っている(自慢できない)僕は、ちょっと気になってしまう。

 そうかあ、今もホリーは変わらないんだね……


「でもライバルが多いと思うよ?」

「なんでえ、あ、もしかしておめえもそうなのか?」


 僕と違って酒を飲んでいるドイルは段々語気も強くなっている。


「いや、僕は……確かに小さい時は好きだったけど……今はちゃんと付き合っている人いるし……」

「なんだ、そうなのか……ってどんな女なんだ?」


 会話も絡み酒っぽくなっている。正直助けてほしい。


「ええと、年上で、だらしなくって、片付けできなくて、腰痛持ちで……」

「なんかろくでもない相手じゃねえか?」

「あ、でも頭はすごくいいよ。帝国出身の魔法師だし……」

「なんだ、金持ちに寄生してんのか?」

「そんなんじゃないっ!」

「でもどう見てもダメ人間だろう?」

「そうだね……でも、好きになったんだからしょうがないじゃない」

「しょうがない……か、確かにしょうがないな。好きになっちまったからな……」

「でも、一緒に住むのはダメだよ」

「なんでえ、ケチ」

「ケチとかそういうのじゃないんだけど……」


 だいたい、本人の気持ちは確かめたのだろうか?


「告白……とかしたの?」

「まだ。もっと強くならねえと……」

「意外に、そういうの気にしないかもよ?」

「ダメだ。ラミレスに勝てるようじゃねえと……」

「誰?」

「ホリーのところのリーダー」

「怖いの?」

「いや、そんなことはねえ、いい奴だ。だけどな……多分ホリーは奴のことを……」


 なるほど、そういうことか。


「二人は付き合ってる?」

「いや、そんなそぶりは無かった。けど、同じチームだし……」

「時間の問題……か」


 ドイルが焦るのも無理は無いな。


「だから、できるだけ早く強くならねえといけねえ」

「そうか……よし、僕も協力するよ」


 なんか、この若者(僕より3歳上だが)を応援してやりたい気になった。


「それでさ……提案なんだけど……」


 もしかしたら、別れて探索しないでもいいかもしれない。

 かつてと今、同じ女の子に恋したこいつとならば、うまくやっていけそうな気がする。

 秘密を明かすか……それとも……

 まだ僕の中で結論は出なかったけれど……

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