第6話 7人

「まさか……ホリー?」

「ええ、久しぶり。大きくなって……」


 僕について家に帰ったホリーを見て、ノーラは持った桶を落とした。

 桶が転がっていくのと動きを止めたノーラを不思議な様子で年少組が見ている。


――そうか……まだ小さかったしな……


 僕がいまだに忘れられないジョージのことも、そして教会がつぶれてすぐにいなくなったホリーのことも、当時小さかった3人にとっては印象が薄いのだろう。

 ともかく、ここに教会の生き残り、7人がそろった。

 あ、まだアルフが帰ってないけど……

 僕は転がった桶を拾って、年少組に説明する。


「覚えてない?」

「なんとなく……」と、これはコリン。3人の中では一番年上だ。

「うーん……」悩んでいるのはケティだ。

「……」リオは本から目を上げなかった。興味が無いのかもしれない。


 その時、表から騒がしい声が聞こえた。


「おーい、帰ったぜ。今日はリンゴ貰って来たんだぜ。俺、偉いだろ?」


 アルフだった。


「……って、誰?」

「お前がわからんのか? ホリーだよ」

「あ……ああ、生きてたんだ……でも何で急に?」


 どうもアルフにとってはホリーは死んでいたらしい。

 ジョージを中心にホリーとアルフはいつも体を鍛えていたので、一番親しかったはずだ。

 当時から、僕は神父さまのそばについていたし、ノーラは教会の掃除や洗濯、料理に活躍していて、そんな3人とはあまり行動を共にしていない。


「それは薄情なんじゃない、アルちゃん」

「げ……その呼び方やめてくれって言ったじゃないか……」

「そんな昔のことは忘れたわ」

「だったら呼び方も忘れていてくれよ」

「まあまあ、ちゃんとお互いに懐かしい顔なんだから仲良くしなよ」


 そうだ、せっかく、今度こそ本当に7人がこの場にそろったのだ。


「で、結局誰?」


 ああ、ケティは結局思い出せなかったみたいだ。



「へえー、じゃあ最近は生活できているんだ……」

「一時は大変だったのよ、あなたがいればもっと楽だったのに……」

「そんなのフラフラ遊んでいるアルちゃんを働かせればよかったじゃないの……」

「俺、今は働いてるぞ、このリンゴやらねえからな」

「別に欲しくないよ。もっと昔からやってればよかったのに……」


 ちなみにリンゴは数が6個だから、遠慮したのかもしれない。

 今は全員で夕食を食べている。

 人が増えた分少し狭いが、そこは僕がちょっと小さくなって何とか7人が食卓を囲む。

 いつもと同じキャベツとジャガイモ中心の煮物だったが、ホリーに会えた喜びでいつもよりおいしく感じる……気のせいか、いつもおいしいしな。

 ホリーは性格が明るいし、しっかり名前も憶えていたので年少組とも今は打ち解けている。

 僕たちの普段の生活や、ホリーの冒険者の生活についてお互いに興味のあることを聞き合っている。聞いていると、ホリーはさすがに殺伐とした話は避けているようで安心する。

 ひと段落して、ノーラが聞く。


「で、戻ってくるの? ちょっと狭いけど……」

「ああ、それもいいなあ。 ダンジョン街で宿は取ってるけど、ベイちゃんもいるし……」

「そうだな。もし少しお金を入れてくれるんだったら、もう少し広いところに引っ越してもいいかもな……」


 今は収入が僕だけだから、少々蓄えがあっても住処を移すという話にはならなかった。

 ダンジョン探索でいつ死ぬかもしれない。

 収入0になっても、しばらく生活できるならきっとノーラが何とかしてくれると信じていた。

 だが、アルフが一応働きに出て、ホリーも、ということになれば、手狭になって来たこの場所から移ることができるかもしれない。


「あ、いいよ。どれぐらい? 月に金貨1枚ぐらいでいい?」

「金貨? そんなの多すぎるよ」

「ここが月に銀貨1枚だからな。移るにせよ銀貨10枚ぐらいまでかな」

「それでも高いよ」とノーラ。


 さすがにパランデラで戦ってきた冒険者は金銭感覚が違う。

 金貨1枚は銀貨100枚にあたる。

 自分も手に持ったことはほとんどないが、ものすごく重かった覚えがある。

 銀貨もかなり重いが、同じぐらいの大きさなのにずっしりと重かった。

 これが銀貨100枚分か……と妙に納得した覚えがある。


「大きいところに移るの? じゃあいいところが無いか聞いてくるよ」

「そうだな、トーマスのところならこの界隈に詳しいだろうし、アルフにお願いするか……」

「トーマスって?」

「ああ、そうか、ダンジョンができてからのことはほとんど知らないのね」


 ホリーが疑問を発し、ノーラが認識の違いに気づく。


「トーマス親分は、ダンジョンができてからの建設をやって店を大きくした人よ。アルフもそこで働いているの」

「へえ、何の仕事かと思ったら大工見習か……」

「まだ道具とか使わせてもらえねえんだよな」

「素人の子供がそんなことしたら危ないよ」と、ノーラ。

「俺は子供じゃねえっ」


 だが、アルフは年齢を考えても体格が貧相だ。

 高いところで作業するなら小柄な方が有利かもしれないので、じっくり下積みをすれば意外といい大工になる可能性もある。


「一応トーマスはこの辺り一帯の治安維持もしているからな。こんだけ貧乏人が集まっている割に盗みとか強盗とか少ないんだよ」

「そりゃ兄貴たちは腕っぷしが強いからな。そこら辺を歩いているだけで泥棒の方が逃げちまうぜ」

「そうだな、助かってるよ」


 子供だけで暮らしていて、誘拐も恐喝も……まあ全然ないこともないが、致命的なものに巻き込まれていないのはトーマスがこの辺りで顔を効かせているからだろう。

 その意味で彼には感謝しているし、普段も会えば挨拶する。

 なんであの痩せて額の広い小男が力を持っているのか一見しては分からない。

 むしろ、隣にいつもついているグレッグというひげ面の大男の方が親分だといわれても納得してしまいそうになる。

 だが、実際には小男が権力を握って、あの大きな建築会社と大勢の荒くれものをまとめているのだ。人は見かけによらない。


「まあ、今後のことはともかく、今日は宿に戻るよ」

「そうか、ところでダンジョンに潜るのか?」

「そりゃそれが仕事だしね。でもしばらくは情報収集かな……」

「一応僕も局には顔を出すから、またはその時にでも……」

「うん、じゃあね」


 結局夕食は食べていったが、宣言どおりリンゴは食べずに帰っていった。

 まあ、稼いでるみたいだしな……

 でも、羨ましがっている場合ではない。

 この家を維持するためには僕ももっと頑張らなきゃいけない。


「冒険者ってすごいのね……」


 ノーラが、ホリーの出て行った入り口の戸を見ながら言った。


「仲間もいるみたいだしな」


 それも、パランデラという激戦地でやっていた連中だ。

 きっとサイオンでも中層……いや下層に踏み込むかもしれない。

 金貨がさらっと出てくるからにはありうることだ。

 ノーラがリンゴを手渡してくれる。

 冷水につけていたので冷たい。


「ジョージのこと、話に出なかったな……」

「……そういえば……」


 ホリーは忘れたのだろうか?

 忘れられたのだろうか?

 当時好きだったホリーを見ていた僕が、彼女の視線の先に気付かないわけではない。

 ホリーはダンジョンに巻き込まれていなくなったジョージに恋していた。

 姿を消したときも、ジョージを失ったショックからだと納得し、きっと離れた町で全てを忘れて生活をやり直しているのだ、と思うこともあった。

 だけど彼女が冒険者として、それも第一線のパランデラでダンジョンに挑んでいたということを知った今、彼女の気持ちがまだ消えていないとわかる。

 きっとホリーは、ダンジョンを攻略するつもりだ。

 ジョージの遺体はダンジョンだから消えていて見つからないとしても、ジョージの仇としてのダンジョンをやっつけることはできる。

 きっとそのために仲間を連れてパランデラを離れたのだろう。

 あえて聞かなかったが、ここに彼女が来たということはそういうことだ。


「僕も……」


 ダンジョンを攻略したいのは僕も同じだ。

 ジョージも、お世話になった神父さまも、そして孤児の友人も、教会の人も、近所の人も、全てを飲み込んだダンジョンを憎む気持ちは忘れたことがない。

 今度会ったときは彼女の気持ちを確かめて……


――もしそうなら、僕も仲間に加えてもらおう


 そのためには、新たにできた秘密を明かすのも仕方がないだろう。

 手の中の赤いリンゴに前歯を突き立てながらそう思った。

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