第5話 言葉の担い手

「そうね……似たような話を聞いたことはある」


 突然師匠がそんなことを言い出した。


「本当ですか?」

「確か、『神言の担い手』という話。教会で聞いてない?」


 師匠は、この町の出身で、僕がお世話になった、すなわちクリフ神父とも顔見知りだ。

 最初はそんな関係から始まった僕と師匠だったが、何で今のような状況になっているのかは不思議だ。


「いえ、聖人とは違うのですか?」

「うーん、中には聖人もいるかもしれない。でも、ほら、帝国の開祖とか……」

「あー、それは教会とは関係ないですね」


 むしろ、彼は教会と敵対していたはずだ。

 ロメルタス帝国はサイオンによって東西に分かれた東の地域の大国だ。

 サイオン西は小規模国家が多いし、何よりすぐ西のベルマレ湖があるため、サイオンへの影響が弱い。

 その関係で今も小円環の一つは帝国街なのだが、今サイオンの教会はその中にある伝統派のものしかない。

 伝統派というのが、まさにその帝国が既存の双十字聖教に対抗して作り上げ、聖教内部に送り込んだ別派閥なわけで、そのため他の派閥と仲が悪い。

 開祖の頃はもっと直接的に聖教と敵対、弾圧していたらしく、今も聖教内部では帝国出身というといい顔をされないらしい。


「で、その担い手っていうのは、生まれながらに何らかの言葉を神からもらっているらしいの」

「なるほど、神の言葉ですか……」

「で、それを知られると死ぬらしいわ」

「は? そんなの呪いじゃないですか?」

「そうね……だから、もし何らかの言葉を貰っているなら黙っていなさいよ」


 僕が受け継いだ言葉というと、前世の僕が言った『冴えない僕に許された、たったひとつの冴えたやり方』だ。

 だが、それは神から、ではなく前世の僕から、なので神言ではないだろう。

 あえて表現するなら『言葉の担い手』だろうか。

 前世の僕もただの人だったはずだし……


「たぶんちょっと違うと思いますが、念のため黙っておきますね」

「やっぱりなんかあるのね? 頼むから呪い殺されないでね」

「師匠を残して死にません」

「うれしいこと言ってくれるわね」


 となると、僕にとっては特に気にすることは無い。

 あ、そうだ……


「で、神威が使えるようになったんですが……それを隠すためのなんかいい方法が無いか聞きたいんです」

「使わなけりゃいいんじゃないの?」

「それは無しで」

「つまり、魔法や魔術で似たような効果があるものを探せばいいのね……まず何ができるの?」

「ええっと、退魔の聖ビスハイストの聖句、回復の聖ウェリアスの聖句、後は病気に効くといわれる聖トバイアスの聖句ぐらいですかね……」

「……どれも難しいわね。病気だったら水魔法にあるけど……」

「本当ですか?」

「でも、あれは毒とか病気を水で薄めるというものだから、患部が水で膨れるわよ。一度全身にかけた人を見たことあるけれど、全身ぶよぶよになって結局死んじゃった」

「ダメじゃないですか……」

「そうなのよね。だから実用性は無いっていわれているわ」

「となると、ごまかすのは難しいんですかねえ……」

「あ、詠唱とか短縮できる?」

「聖句ですか? いや、そんなことは……」


 クリフ神父の神威を思い出してみたが、急ぐ場合も聖句をきっちり詠唱していたと思う。だからこそ僕もそばで聞いていて覚えられたのだ。


「短縮できるなら、例えば退魔に炎を表面上重ねてごまかせるかなあと思ったんだけど……」


 神威を魔術とごまかすのではなく、神威に魔術を重ねて神威だということをわからなくする、ということか。


「なるほど、確かめる必要はありますね」


 神威を短い詠唱で実行できるなら、それはごまかし以外でも役に立つかもしれない。

 調べてみる価値はあるが……でもどうやって?


「まあ、後は人前で使わないことね」

「結局そうなるんですよねえ」


 果たして一人でダンジョンに潜れるか?

 能力だけの問題でなくて局が許すか、だな。

 

「うーん、いろいろ試してみないといけませんね」

「気楽に考えなよ。奥の手ができたと思えば……」

「人前で使えない奥の手ですね」

「命には代えられないでしょ?」

「それはそうですね」


 決定的な情報は無かったが、それでも師匠に聞いてもらったことである程度気持ちが軽くなった。

 来てよかった、そう思う。



 失った金棒の代わりを求めに、ダンジョン街に向かう。

 あれを買ったときも銀貨1枚だったから、今回もそれぐらい、と考えて持ってきた。

 昨日の銀貨3枚は全てノーラに渡してしまったが、元々の貯金がある。

 これは冒険者としての費用だから、防具や道具に使うためのものだ。

 ダンジョン街の入り口には警備の兵がいる。

 これはサイオン全体に雇われているらしいが、ダンジョン街はその中でも最前線、ということで人気が無いらしく、全体的にやる気がない。


――あれ?


 何か視界の端に気になる人影を見た気がして、何が気になったかを確かめる。

 だが、そこには人混みがあるだけで特に変わったものは見つからなかった。


――何だったんだろう?


 だが、いつまで人込みで佇んでいても仕方がない。

 僕は武器屋に向かった。


「うーん」


 うなり声しか出ない。

 なんでも金属製品が高くなっているらしく、思ったより高い。

 同じサイズの金棒が銀貨1枚と半分。

 銅貨基準の数字で言うと150枚。

 あまり使われていない通貨単位でいうと150エルになる。


「木でいいかなあ?」


 むしろ、個人で動くなら身軽な方がいいから軽い木の棒の方がいいかもしれない。

 確かに強度に不安はあるが、そもそも今までで打ち合ったことは無いので、問題は無い気もする。

 だが、一人で探索(できるかはともかく)するとなると、今まで考えなかったような危険があるかもしれない。

 そのことを考えると無理しても金棒の方がいいかなあ……

 さんざん悩んだ末、結局木の棒を買うことにした。

 さすがにすぐに折れたりはしないだろうと思う。



 局に足を踏み入れると、なんかやたらに騒がしい。

 いつもだと騒がしいのは、急に複数の階層が劣勢になったことなどで起きるので、今回もそれかと掲示板を見る。

 局の共通の色遣いとして、劣勢は赤、優勢は青となっているので上から色を確認していく。


――青、青、青、青、……赤、赤、青、赤……いつもと変わらないなあ


 日々冒険者はダンジョンに潜って一つでも多く青を増やそうとしている。

 だが、現実的には上層は青で染まっているが、中層は半分弱、そして下層はいつも1つか2つ程度しか青になっていない。


――この調子じゃ、攻略はまだかかるなあ


 できれば自分でそれを成し遂げたい。

 それが、ダンジョンにのまれた友達の為になると信じたい。

 つい、元気で頼りになり、強かったジョージのことを思い出してしまう……

 その時、どういう巡りあわせか、懐かしい響きの声がかかった。


「もしかしてベイちゃん? わあ、懐かしい」


 自分のことをベイちゃんと呼ぶのは二人だけだ。一人はさっき思い出したジョージ、そしてもう一人は……


「ホリー、どこに行ってたの? 戻って来たんだ……」


 そこにいたのは懐かしい教会の仲間、僕と同い年だった二人の内、あの後も生き残った一人、ホリーだ。

 ちなみに、今となっては全くどうでもいいことだが、本当に全然引きずっていないが、僕の初恋の人だ。

 3年ぶりの彼女は、変わらず明るい表情が特徴的な、だが背は伸びて、体も……やたらとがっしりしていた。


「ふふーん、ベイちゃんも冒険者? 私はずっとパランデラで戦ってた」


 ホリーが何も言わずに姿を消したのは、教会がダンジョンにのまれてすぐだった。

 僕やみんなも心配したが、それより日々の生活を何とかするのに必死だった。

 いずれ商店に働きに出る予定だったが、その商店ごとダンジョンにのまれたのでその話は立ち消えになって、どうしたのだろうと心配になったが、行動力のある彼女だけにどこかで生きているのだろうということは誰も疑っていなかった。

 まさか冒険者になっているとは思わなかった。

 見た目からして、かなり鍛えている。

 ギランみたいなデカい戦士は女の身では難しいが、その分体のやわらかさを利用して鋭い剣技で前衛を張る女性戦士は何人もいる。

 そういう方向をホリーが目指しているのは、そしてそれなりに成功しているのは見てわかる。


「そうか……今みんなで住んでいるんだ。ホリーも来ない……いや、ちょっと狭いからな……」

「そうね、久しぶりに会いたいけど……ちょっとうちのリーダーに話して来るからここにいてね」


 そう言って走り出していくホリー。

 そうか、あの入り口で見つけたのはホリーの後ろ姿だった。

 後ろ姿だけ見ると面影はあるがホリーだと一目では気づかない。

 それで違和感を感じたのか……

 ともかく、生死不明だった友達と会ったのはうれしい。

 なんとなく、記憶の中のジョージが指を立てて微笑んでいるような気がした。

 うれしいが……少し寂しさも感じてしまう。

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