第2話 冴えない男
「とりあえず、目覚めることはできた、うん、悪くない」
声に出してみる。
無理に元気を出してみる。
あるいは、近くに他の冒険者がいて、その声を聞きつけてくれないか、という期待もある。
なにせ、気を失っているうちに殺されている可能性もあったのだ。
果たして、この場所が何層なのかもわからない状態で、まずは生きて目覚められたことを神に感謝する。
胸に下げた双十字を、かつての孤児院がそうであったような友愛派のシンボルの形に組み合わせ、神に祈る。
ダンジョンではやったことなかったな。
家では家族と一緒に食前の祈りを行うのだが、外で祈ることはした覚えがない。
サイオンに新たに作られた教会は伝統派で、ダンジョン発生の現場の生き残りであることも合わせて、僕にとっては近づきたい場所ではない。
そもそも、新教会は帝国街にあり、壁を通ることができないので足を運ぶこともできない。
「さて、どうするか?」
ランプを持っていないので光球を使うことは確定だが、その光量と持続時間は調整する必要がある。
「これはさすがに、師匠に感謝だな」
オルドスが使うようなまじないとしての光球は、単に魔力をイメージして出しているだけで調整も何もない。
魔術として、力の発動をいろいろと調整できるのは、師匠の教えのおかげだった。
――これは、さすがに感謝の気持ちを「ぶつけてあげる」必要があるな
それは、さすがに口に出すのははばかられた。
いくら誰もおらず、聞いているとしてもモンスターだけだとしても口に出さない程度の慎みは僕にもある。
「そのためにも、生き残らないとな……」
まずこの層が優勢か劣勢か、いや、入り口が近いとは限らないから、とりあえずどの層かだな。
転移魔導の質が悪いところは、階層をまたいで転移されることが多いということだ。
だから、ここがさっきまでいた14層であるとは限らない。
それに優勢の14層だとしても、僕が一人で生き残るのは難しいだろう。
次の角を曲がったら出口とかならいいんだけどなあ……
「やべっ」
角を曲がった先に動く影、そして光量を抑えたとはいえ、見えたその姿は
逃げなければ。
僕は慌てて光球を引っ込め、今まで来た方に走る。
スケルトン系は、戦闘時の動きは鋭いが、移動速度は遅い。
このまま逃げ切れれば……
「こっちもか……だが……」
ミイラが来たが一体だ。
これなら炎の矢で何とかなる。
僕は魔術を発動する。
時間が無いので、細かいところは慣れ親しんだ威力と形で固定。
「行けっ」
手元から飛んだ炎の矢は、ミイラの腹に命中した。
たちまち燃え上がる人型。
炎が効く敵で良かった。
そう思うも、燃え上がったその明かりで一瞬先が見えて血の気が引く。
前からもアーマースケルトン。それも2体が広がっていて、すり抜けることもできない。
――何とかならないか……炎は骨に効果が薄い……水も抜けるからだめ……ああ、有効な魔術が……
スケルトンは基本的に物理攻撃が有効だ。
できればメイスやこん棒などで骨を破壊するのが一般的な倒し方だ。ギランのような重い斧でもいい。
だが、今僕が持っているのは鉄の棒。
重量はそれほどないし、そもそも棒術なんてたまに素振りをしているだけで自信が無い。
――横道は……あれか!
自分としては不本意だが、あまり体が大きくないので、この狭い隙間に入ることはできるだろう。
ちょうど、胴体が入るぐらいの狭い穴が床近くに開いている。
果たしてどこにつながっているのかは分からないが、向こうも危険なら様子を見て敵の少ない方に出ればいい。
棒は邪魔だからその場に捨て、僕は狭い穴に頭から突っ込む。
――狭い
わかっていたことだが、するするとは進めない。
どこかを擦りながら、必死で這って奥まで進む。
空気が流れているのがわかるので、行き止まりということは無いだろう。
しばらくそうやって進んだ後、ようやく先が見える。
だが……
「勘弁してくれ!」
向こうが明るい。
揺れるその複雑な光り方からして、
連中は目で敵を把握しているのではない。
生きている者の魂に引かれるという。
つまり、すでに補足されているということだ。
幸いダンジョンの壁を抜けてくるわけではない。
――ならば……
僕は炎の矢を準備する。
――来たっ!
まっすぐ進んでくる(狭いから当たり前だが)スピリットに、炎の矢を当てる。
――ギャアアア
なぜか他のモンスターと違って、口があるわけでもないスピリットはやられるときに叫び声が聞こえる。
その陰鬱とした叫びは冒険者たちの気分も暗くし、物理攻撃が効かないことも合わせて嫌われるモンスターだった。
――次か……
後に続いて次のスピリットが入ってくる。
このままこの場所で迎え撃つのがいいのかもしれない。
当てるための苦労が無いし、一度に大勢に攻められることもない。
「何とかなりそう……ぐあっ」
急に腹のあたりが冷たくなった。
これはスピリットの攻撃だ。
かつて受けた時と同じように、体が冷たくなる。
そのまま攻撃を受けていると、全身が冷たくなり心臓が止まる。
一度や二度では死に至ることは少ないが、そもそも物理攻撃が効かないし防具も効果が無いので取りつかれれば危険だ。
今日の探索で出会ったときも、あえて僕が前に飛び出してやっつけたほどだ。
頑丈そうなギランだとしても、炎の矢を当てまくるわけにもいかない。
取りつかれる前に処理がスピリット対処の基本だった。
しかし今取りつかれている。
ということは……
「後ろかっ!」
僕は次の矢を足元から真後ろに撃つ。
――ギャアアア
叫び声が聞こえるので倒したのだろう。
だが後ろの状況を確認する方法が無い、そして前からスピリットが迫ってくる。
「くっ」
ギリギリ間に合った。
だが威力の調整をする余裕もない。
さらに体にダメージが来る。
「また後ろかっ」
だめだ、このままではじり貧だ。
こんな狭い場所に潜り込んだうえで、ここで命を失うのか……
まあ、死体が残らないことだけはありがたい。無様さを和らげてくれるだろう……
だけど、心残りは多い。
「ぐあっ」
今度は迎撃が間に合わないで顔で受けてしまった。
頭と首筋が熱を失い、そして思考能力も落ちてしまう。
もう、だめか……
なんか明るさを感じてしまう。
自分が光に溶けていくような……
これが、死ぬってことなのか……
だが、その時自分は瞬間的に、不意に、とある場面が頭に浮かんだ。
それは……光の前にひざまずく男。
男は後悔し、絶望し、そして何もできなかった自分を呪っていた。
男は冴えない男だった。
そう、今の僕のように……
ダンジョンで敵から逃げ、狭い場所に逃げ込んでそのまま弱って死ぬ。
ああ、俺も冴えない人生だった……
映像の男は何かを頼んでいるようだった。
それを否定され、そしてさらに絶望しながら、彼はしかし最期の最後に必死になった。
必死になって考えた。
何をすべきか……
いや、君の人生はもう終わっている。
そのはずだ。
神に何をお願いしたのか知らないが、死者の願いなど聞き届けるはずがないだろう?
今になって必死になっても、できることなど無い。
おとなしくあの世に行くか、記憶をなくして生まれ変われよ。
だが、男は急にこちらを向いた。
僕の方だ。
顔に見覚えは無い。
だが、その醜態にふさわしく、冴えない顔をしていた。
だが、その瞳だけは、すでに死んだというのに死んでいなかった。
生きていた。
そして彼は口を開く。
「これが……『冴えない僕に許された、たったひとつの冴えたやり方』だ」
そして、男は光になってとけていく。
後には、再び暗くなった元の狭い隙間が見えていた。
――ああ、そうか
あれは僕だ。
生まれる前の僕だ。
冴えない人生を送り、最後の最後まで失意と絶望の中死んだ僕だ。
そして神に面会し、それでも何かを来世に残したいと考え、必死に一つの言葉だけを残すことを許された僕だ。
そして言葉を残された僕は……今、死のうとしている。
だけど……
――本当に、僕が、その言葉を選んだのなら……必ず意味がある
前世の僕がバカだったと思えない。
バカならあれほどの絶望を感じまい。
バカならあれほど後悔を死後も引きずるまい。
ならばバカではない前世の僕が、今の僕に残した言葉には必ず意味がある。
いや……
大事なのは言葉ではない? ……そうか!
僕は、遠い記憶を思い出し、彼と同じようにそれを唱える。
『列伝三章二十三節に曰く、聖ビスハイスト、邪悪なるものに面し、その身を光と化し、全ての邪悪を退ける』
双十字の聖なる書物『聖者列伝』の中で、その聖句を神職が唱えることで、聖跡という神威をこの世に顕現する。
だが、神職でもない、それどころか神威と相反する魔術、魔法に与する僕が唱えたそれは、記憶にある彼と同じく、僕の体を光に包んだ。
そして前後から数えきれないほどの悲鳴が上がる。
――ギャアアアアア
何とか……なったな。
僕は乱れた呼吸を整えるため、しばらくその場で動かなかった。
その間、新たなるスピリットの攻撃は無かった。
聖句の通り、「全ての邪悪は退けられた」のだ。
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