第3話 そしてベイズは帰る

「なんとか……生き残れそうだ……」


 結局後ろに進むことはできず、僕は前に進んで狭い穴を出た。

 出口にたくさんいた人魂スピリットは跡形もなく、やはり神威の威力は桁が違うと思った。

 神威を使えるのは教会の関係者のみのはずだ。

 僕が使えるのは……うん、やはりあれだな。

 あの冴えない男、彼の醜態の場面と残された言葉という映像だったが、そこに存在した光の塊。

 あれは神だ。

 双十字の神であるかはともかく、何らかの超常的存在だ。

 ということは……

 なるほど、意外にも人は、そして僕は、神の存在を確信していないということだろう。

 神威の力が教会の関係者にしか使えない原因。

 それは、神の存在を確信しているかどうかだ。

 つまりは使えないものは……信心が足りない、ということになる。


――きっと、何かの儀式はあるんだろうなあ


 だからといって、教会の関係者が必ず心の底から神の存在を信じられるとも思えない。

 ということは、そうせざるを得ない……神の存在を確信せざるを得ない秘密の儀式か奇跡が存在するのだろう。

 そして、そんな儀式と無関係に神威が使えてしまった僕は……


――やっぱり隠そう


 絶対に面倒なことになる。

 使うのは命が危ない時、それも自分と家族だけに限定しよう。

 あとはダンジョンか……でもなあ……

 いくら信用がおける人だとしても、ふとした拍子に漏らすことはあるだろう。

 そうなると単独で潜ることになるが、それはそれで秘密があると声高に叫んでいるようなものだ……


――どうしたものかな……


 そんなことを考えながら移動するが、道中の敵は聖ビスハイストの聖句で一網打尽だ。

 正直、能力だけだと、この中層らしき層でも楽勝だ。

 ダンジョンに聖職者が入るときは同行者の希望が殺到するというのもわかる気がする。

 この調子だと、中層などのために聖職者を使うのはもったいなくも思う。

 それとも、劣勢の中層なら多少は歯ごたえがあるのだろうか……

 僕は、疲れからくるあくびをこらえながら道を進む。



「おぉっ、無事だったか……良かった……」


 局――冒険者管理局に戻った僕を待っていたのはラウル達だった。

 ダンジョンに入るときはメンバーを申告する。

 そのため、帰還報告は全員揃って行うのが決まりであり、メンバーに不足がある場合は追及がある。

 救出隊が組まれることはまれだ。

 よほどの重要人物ならともかく、孤児上がりの一介の冒険者など、多額の費用をかける価値は無い。

 それでも、ラウルたちは人を集めて自らアレンを探そうとしていたらしい。

 やっぱり信頼できる。

 だが……秘密を明かせるほどの信頼とは別だろう。


「何とか逃げて隠れて出てこれました」

「そうか……どの層だ? 14層だったのか?」


 これは扉を調べてある。

 元々の構造では存在しないが、管理局の手によって扉に塗料で層の数字と、札で優勢、劣勢の表示がされている。


「19層ですね。一応優勢だったので助かりました」

「ほぼ深層じゃねえか……よく無事だったな」 


 ギランが感心するような声を上げる。


「いや、単に運が良かったんですよ。入り口に近かったです」

「運が良ければトラップにかからん」


 オルドスも、無口な彼には珍しく声をかけてくれた。


「本当に、運ですよね」

「だが、私の落ち度でもある。申し訳ない」

「いえ、結果として無事ですから……今度から気を付けましょう」

「うむ、すまないな」

「ベイズ、お前の分け前だ」


 そしてラウルが手渡してくるのは、なんと銀貨だ。それも3枚。


「こんなに? いいんですか?」

「俺たちも2枚以上はもらっている。多いのは貢献度と生還祝いだ」

「そうですか……ありがとうございます」


 銀貨と言えば、うちのような狭いアパートなら一か月借りられる。

 まともな古着も上下でそろえられる。

 そして2枚もあれば家族全員の一週間の食費になる。

 かなり良い稼ぎと言えた。


「それで今後はどうする?」

「ああ、それなんですが……武器を落としまして……」

「ああ、それは不安だな」

「いずれご一緒しますが、しばらくは……」

「そうだな。待っているから、また一緒にやろうぜ」

「はい」


 とりあえず、この新しい力について自分でも理解しないといけない。

 そのためにしばらく単独行動が必要になるだろう。

 いずれ……

 その言葉は建前ではない。

 ちゃんと力を使いこなし、できれば隠しながら使えるようになったら、彼らと冒険を共にするのもいいと思っている。


「じゃあ、僕はこれで」

「ああ、ゆっくり休んでくれ」


 ラウル達と別れて、僕は局を出る。



 なぜダンジョン探索をするのが『冒険者』なのかというと、かつての時代の名残らしい。

 かつて人は、魔王領域、魔境、あるいはダンジョンといった場所をどんどん切り開いて生存権を増やしていた。

 当初は弱いダンジョンがそれなりに残っており、そうしたダンジョンを攻略し、森や山を人の領域にしていったのだ。

 その当時の姿から、ダンジョン探索する者を、未知の領域に踏み込む者、と言う意味で冒険者と呼んだのだった。

 むしろ、地下迷宮になっているサイオンのダンジョンなど珍しい。

 今でも北のパランデラなどは大森林ダンジョンの最前線となっており、ここが攻略された場合は森林の開拓がなされるだろう。

 だから、街中に出現し、街中で完結するサイオンのダンジョンなどは、むしろ珍しく、冒険者という言葉がそぐわないものになっている。


 ということで、冒険者街という小円環に囲われた街を抜けると、そこは歩く人の姿が全く違う。

 冒険者街では武器や防具を装備した人間が大半だが、外ではむしろ少数となる。

 中に宿屋も商店も、娼館も存在するので、冒険者の用は中で足りてしまうのだ。

 そこから外に出るのは、サイオン内に自宅を持っているものが多い。

 例えば僕のような。

 サイオンは外周となる大円環と、3つの小円環が魔導器によって作られた。

 各々の壁は、破壊するのが難しいほど巨大だが、実際にはそれに造作を加えることで、好き勝手に利用されている。

 僕の住んでいるアパートもそんな一つ。

 町の南端、大円環の壁に沿って作られ、奥の壁は外壁をそのまま使っている貧民街だが、子供だけ一家6人が住むにはこんな場所しかない。

 

「帰ったよ」


 外から声をかける。

 男女共同生活をしているから、いきなり入っておかしなものを見ることは無いはずだが、むしろ一人遊びではなく二人遊びをしていたらどうしよう? という恐れもある。

 特に、上の二人は12歳になっているのでありえないことではない。

 まあ、性格が合わないので無いと思うが……


「あ、ベイにい、お帰り」

「おかえりー」


 声をかけてくるのは、年少のコリンとケティだ。

 二人の影に隠れてリオの姿も見える。


「あれ? アルフとノーラは?」

「ノーラは買い物、アルフは……いつも通り遊びまわってるんじゃない?」


 ケティが答える。

 彼女は年少組で一番活発だ。

 というか男二人がおとなしすぎる。

 リオはいつも本を読んでいて、呼びかけても反応しないことが多い。

 コリンは僕には懐いているが、いつもケティにいたずらされて困っている。

 部屋を見回す。

 6人が住むには狭い家。

 奥は二段の寝床になっていて、下段にアルフ、コリン、リオの男子組、上段にノーラとケティの女子組の場所になっている。

 僕は、さすがに体が大きくなってきたので独立してこの手前の空間に寝台を作って寝ているが、椅子にしている木箱を並べて作るので今すぐ横になることはできない。

 へとへとだったので、こういう時はこの構造は困るが、子供たちの前で格好悪い姿を見せるのも良くないので我慢する。

 木箱に座ってしばらく休んでいると、外からノーラが入ってくる。


「ああ、ベイ兄さん。お帰り」

「ノーラもお帰り……ああ、そうだ。今日は稼げたから預かっておいて」

「こんなに? 大丈夫なの?」

「問題ないよ。足りる?」

「今は野菜が安いから……そうね、1か月ぐらいは収入無しでも大丈夫よ」

「それはよかった」


 家のことは全てノーラが取り仕切っている。

 僕がダンジョンに潜って稼いでいられるのも、彼女が家を守ってくれているおかげだ。


「アルフは?」

「それがねえ……」

「何かあったのか?」

「まあ、悪くは無いんだろうけど……トーマスのところで働いてるのよ」

「『わら人形』トーマスか?」

「それ、まあ、危ないことはさせていないらしいけど」

「トーマスに確かめたのか?」

「そりゃ当然よ」


 『わら人形』トーマスは、この町の、というか貧民街のまとめ役の一人だ。

 商売としては土建屋をやっていることもあって、いささか荒っぽい。

 犯罪組織というほど悪くないが、そこらへんで構成員が喧嘩をしていたりするので恐れられている。

 なるほど、そういうところにあこがれたのか……

 だが、手下が荒っぽいのと反して親分のトーマスは温厚な人間で、出会えば挨拶もする間柄だ。

 いずれアルフも独立しないといけないので、仕事をしているのは良いのだが……


「続けばいいな」

「そうね」

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