冴えない彼に許された、たったひとつの冴えたやり方

春池 カイト

第1話 魔術使ベイズ

「おいおい、こんなガキかよ」

「一応、『魔術使』なんですがね」

「嘘つけ、どうせ『まじない屋』だろ?」


 やれやれ、やっぱりなかなか信用されないものだ。

 こっちは正式な魔法師に師事しているのに……


「やめろよ。せっかく後衛を紹介してもらったんだから……」


 さっきの大男と違って、こっちの男は話が通じそうだ。


「よろしくお願いします」

「ああ、えっと……なんて呼べばいいかな?」

「ベイズと呼んでください。何ならベイでいいです」

「そうか、ならベイズ。今日は中層の優勢層だが、いけるな?」

「今の優勢層というと……14層ですか?」

「ああ、良く調べているな」

「ええ、なんせここの探索で生活してますから」


 優勢層、劣勢層というのは、そのフロアが外界側、ダンジョン側のどちらに偏っているかということを表す。

 劣勢層は危険が高く、敵が強いが、その分実入りが良く、局への貢献度も高い。

 14層の劣勢層だと、自分の魔術でも時間をかけて集中しないと敵を倒せない。

 優勢層ならば近くに寄られなければ、危険は少ない。

 同一の階層でも、それぐらいの違いが出てしまう。


「じゃあ出るか……」


 名前を聞いてくれた男が、このチームのリーダーのようだ。

 今回のチームは難癖をつけてきた大男、チームリーダーの男、それと無口な男と僕だった。


「俺はラウル、でこのデカいのがギラン、こっちの痩せたのがオルドス。まあ、見たまんま前衛、前衛、斥候だな」


 ラウルは話しかけてくれるが、ギランは態度が悪いし、オルドスは全く口を開かない。

 正直僕にとっては居心地が良くない。

 きっと組むのは今回限りになるだろう。


 サイオンのダンジョンは、一見して人工物に見える。

 だけど人工物であるはずがない。

 それは出現したその場にいた僕が良く知っている。


 だが、見た目は本当に人工的だ。

 大きな円柱上に地面がえぐられ、そのふちや壁は石積みになっている。

 螺旋階段が外周を回って下に続き、そのところどころに扉が存在する。

 今わかっているだけで扉は30あり、さらに下に続くが、螺旋階段は途中から闇に包まれ、それより下に降りようとしても押し返される。

 現状、上から扉10ずつを上層、中層、下層と呼んでおり、深くなるごとにモンスターは強くなる。

 腕に自信があるならいきなり下層の扉に入ってもいいが、劣勢層だと入った瞬間に扉が消えるので、別の出口を探さないといけない。

 だから劣勢層はよほど力に余裕がないと探索できないのだ。


「さあ、では行くぞ」

「おう」「はい」


 オルドスの返事は無い。

 だが、真っ先に入っていった彼は斥候としての仕事は果たしているのだろう。

 続いてラウルとギランが盾を構えて入る。

 二人は金属を張り付けた鎧と、盾を持っている。

 違うのは武器で、ギランは重そうで柄も長い斧、ラウルは一般的にみられる長剣だ。

 サイオンのダンジョンはその大半が、二人が並んで剣を触れる程度の幅の通路で、どのチームも基本二人の前衛を用意する。

 僕は金棒を構えて備える。

 魔術使として、鎧を着るのは難しいが、棒状のものだったら大して魔術を阻害しない。

 これが刃の付いた剣だったら、いろいろ考慮が必要だが、単純な形なら影響を無視して発動できる。


 相も変わらず、乾いたダンジョンの空気の中に飛び込む。

 最初に入った時から思っていたが、地下墓地に近い雰囲気だ。

 そしてそれはモンスターもそれに沿ったものが現れる。


「早速だぜ」


 現れたのは包帯巻きミイラが2体。

 もう少し上の層だと、動きの鈍い腐り死体ゾンビが現れるのだが、あれは臭いがひどい。

 そのため忌避されるのだが、代わりに出てくるミイラは動きが速いので、より危険だ。


「火の矢で行きます」

「おう、右な」


 左はギランなので、体と頭が邪魔で射線が通らない。

 僕は詠唱を開始し、意志によって顕現した原始魔法に形と大きさと動きを与えていく。


「いきます!」


 一応当たらないようには狙っているが、声をかければ注意してくれるだろう。

 はたして、火の矢はしゃがんだラウルの頭を超えて、ミイラの胸に当たった。

 包帯が燃え上がり、全身に炎が広がり、そして崩れ落ちる。

 ラウルはその炎に巻き込まれないように移動し、横からギランの相手のミイラの足を払う。

 横倒しになったミイラに、上からギランが斧を振り下ろす。

 斧は上半身に食い込み、そして断ち切った。


「増援、無し」


 初めて聞いたオルドスの声は、雰囲気からもっと殺し屋然としているのかと思ったら、意外と高くて驚いた。

 もしかして、イメージに合わないから無口になったのかもしれない。

 床のミイラの残骸がほどけて光に代わっていく。

 そしてその後に残った石をオルドスが拾い上げる。

 魔力塊。

 ダンジョン内で生物が消滅した後に残される魔力の塊。

 あるいは妖精の食べ残し。

 

「おう、意外にやるじゃねえか……」

「一応、魔術使、ですから」

「わりいな、疑って……」


 ギランが謝ってくるとは思わなかった。

 僕としても仲良くできるならその方がいい。


「前に騙されたとか?」

「ああ、そうなんだ。ションベンみてえなのしか撃てねえ奴に当たってな」

「それは災難でしたね」

「まあ、お前がやれそうだから、今回は安心だ。よろしくな、ベイズ」

「こちらこそ」


 うん、良かった。

 これは継続してチームを組むのも検討していいかもしれない。

 二人の戦士は、中層レベルでも安定している。

 オルドスの動きも悪くない。

 そして一応本物の『魔術使』ベイズなら、そこそこ稼げるだろう。


「よし、ケガは無いな……では進もう」

「えっと、光球も使えますよ」

「探索中は、わざわざ敵の目印にする必要はないだろう。それに短くていいなら俺たちでも使える。今はランプで進む」

「わかりました」


 中には、使えるのに黙っていた、と怒る連中もいるのであらかじめ確認しただけだ。

 ピカピカ光らせてダンジョン探索をするのは自殺行為で、そんなのは上層で屍をさらすことになる。

 だからこれは本当にただの確認だ。



「結構来たな……どうだ、そろそろ戻るか?」


 今、見つかった部屋で休憩中だ。

 僕やギランはどっかりと腰を下ろしている。

 ラウルは膝立ちで、左右を入れ替えて片足ずつ休めている。

 オルドスは腰を下ろさず、壁にもたれかかって休んでいる。

 それぞれ役割と個性に従った思い思いの休み方で、一行は休んでいる。


 ここまで、かなりの敵を倒せた。

 ほとんどがミイラで、たまには骨戦士アーマースケルトンが出た。人魂スピリットに関しては僕の魔法以外は役に立たないため、スピード勝負だったが何とか倒すことができた。

 迷宮遺物は大したものは出なかったが、まあ妖精は気まぐれだ。

 妖精の贈り物たる迷宮遺物はそれを期待して探索したらがっかりすることになる。


「俺は良いと思う。魔力塊も十分溜まっただろう?」

「十分」


 オルドスは魔力塊を集めている袋を床に下す。

 じゃらっという音がして、その量がかなりのものだとわかる。

 これなら、今日の分け前は期待できるだろう。

 あいつらにもおいしいものを食わせてやれると思う。


「正直剣の一つでも見つかればなあ……」

「それは狙ってもしょうがないさ」

「そうなんだよなあ……」


 アーマースケルトンは剣を使っていたが、錆びたボロいものだったので、過去の冒険者の遺物だろう。

 重さを考えても持ち帰る価値は無かった。

 ギランが言っているのはダンジョンが生んだとされる力のある迷宮遺物の剣だ。

 それは見つかれば一攫千金。

 ギランが剣を使うとも思えないから、売るか、ラウルに使わせるのだろう。

 どっちのつもりだろう? 聞いてみる。


「ラウルが使うの?」

「ああ、そうすれば下層に行って稼げるからな」

「それは無理だって話し合ったじゃないか」

「だけど、魔法使いがいないとってことだろ? ベイズがいるじゃねえか」


 自分に話が飛んできたので、慌てて否定する。


「ああ、ごめんなさい。僕はまだ下層には……」

「もちろん、将来のことだよ。ギランにせよもっと武器を強くしないといけないし、そんなすぐのことじゃない。たとえいい剣が見つかっても、焦る気はないさ」


 ラウルたちはいずれ下層を目指すらしい。

 自分も、いずれは、と思うが、今は家族のみんなのことがある。

 ダンジョンで命を失うわけにはいかない。


「さ、異存なければ帰ろう」


 立ち上がったラウルに続いて、僕も腰を上げる。

 その反動で、胸にかけた双十字がずれたので位置を直す。

 その様子に気付いたラウルが声をかけてくる。


「あれ? 珍しいね、魔法使いが十字なんて……」

「ええ、だけど『魔法師』や『魔法士』ならともかく、僕は『魔術使』なので……」

「じゃあ上は目指さないの?」

「ダンジョンじゃ役に立たないですから……」


 だが、魔術もまじないも魔法が元だから、心理としては双十字聖教に隔意があるのは仕方ないだろう。

 僕はそもそもが聖教の孤児院にいたから、いまだに離れられないだけだ。

 師匠には、外しなさい、と言われることもあるけれど、大丈夫。あの人を黙らせる方法などいくらでもある。



「む? おかしい」


 言葉とともに、オルドスがまじないを発動する。

 僕が作るよりは光量が無いが、周囲が明るく照らされる。


「これは……」


 床を見て気づく。

 これはトラップだ。

 それも一番質の悪い。

 魔導器的な、見つけにくいトラップ。

 そして、それは周囲の魔力に反応して発動する。


「まずい」


 とは思いながらも、すでに僕の体は動かない。

 ちょうど発動点に僕が通りがかったところだった。

 別段オルドスに悪意があったわけじゃないだろう。

 彼は床の違和感を感じて、それを確かめただけだ。

 結局は単なる不運。

 僕の運が、他の者より悪かっただけだ。

 だから……


 すでに口も動かないので、僕は視線で「気にするな」とラウルに伝えようとする。

 ちゃんと伝わったかは分からないが、僕の目の前から彼らが消えるときの表情はすまなそうだったので、そのことは救いだった。

 実際には彼らの前から僕の姿が消えたのだ。

 転移魔導。

 ダンジョンで出くわす中で最も悪辣で、死亡率が高いトラップ。

 果たして僕はどこに飛ばされるのか?

 考えながら、僕は気を失った。

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