第66話 アリアナを守ります
(無い・・・どこにも書いてない)
「ぐ、ぐ、ぐ、イーサンめぇ!」
アリアナの父、コールリッジ公爵の領都にある屋敷の書斎で、私はあやうく本を二つに破りそうになり、ハッと思い留まった。
(危なかった・・・。これ結構、高価な本だよな)
別荘からここに移動してから、私はほとんどの時間を書斎で過ごしていた。
書斎と呼んではいるが、ほぼ図書室と言っても良い。コールリッジ家に昔から伝わる古い本から、最新の本まであらゆる書籍が並んでいる。さすが公爵家といったとこか。
私が破りかけたのは闇の魔術に関する本である。書斎にあるその手の本を片っ端から読んで分かったのは、闇の魔術に対抗するには光の魔術しか無いと言う事。そしてそれも、使い手の魔力量次第と言う事だ。
(そんな事、もうとっくに知ってるんだって!)
「ああもう!、何か闇の魔術に対抗できるアイテムとか、魔道具とか無いわけ?!手っ取り早く、あいつの闇の魔力を封じる呪文とかさぁ!」
私は机に突っ伏して、ばたばた足を動かした。調べても調べても、出てくるのは闇の魔術師が起こした事件とか、光の魔力の術者との戦いの歴史とかだ。
ただ・・・一つ驚いたのは、歴史の中で闇の魔力の持ち主は何人も居たのに、ほとんどの人が弱い魔力しか持ってなかったと言う事だ。恐ろしい魔力である事は間違いないが、魔力量が低ければ、光の魔力を使わなくてもシールドや他の魔術でなんとか対処できるらしい。
ただし、もちろんイーサンのレベルだとそうはいかない。光の魔力を持たない者の魔術は闇の魔術に飲まれてしまうようだ。そして彼ほどの使い手は、歴史を見ても過去に数人。しかも全員闇の組織に関係していた。
「闇の組織って随分昔から存在するんだな・・・」
千五百年程前に強力な闇の魔力の持ち主が現れ、その人物が世界を混乱に陥れた。どの本にもそう書いてある。闇の組織が結成されたのもその時だ。だけど分かるのはそこまでで・・・
「千五百年程前ってこの国が出来たのも同じ頃だよね?なのに詳しい事が全然載ってないなんて・・・」
アンファエルン皇国は初代皇帝アンファエルンが建国した。闇の組織はこの国が出来た頃から既に存在したのだ。
乙女ゲームの説明には、そこまで書いてはいなかった。闇の組織はゲームの中であらゆる犯罪に関係してはいたけど・・・。
私は書斎のソファにごろりと寝っ転がった。
「こうなるとゲームをコンプリートしてなかったのは、悔やまれるなぁ・・・」
イーサン攻略ルート内では、闇の組織や闇の魔術との絡みがもっとあったはず。奴の弱点なんかも見つけられていたかもしれない。
「しょうがない、学園の図書館でも調べてみよう」
学園の図書館にはあらゆる分野の書籍が揃っていたはず。ゲームの中でも図書館を利用する事も多く、確か重要なイベントも起きてたはずだ。
私は机の上に散らばった本を書棚に戻し書斎を出た。明後日には夏休みが終わる。
クラークやアリアナの両親は、私が直ぐに学園に戻る事に反対した。イーサンの事があったから、過保護でアリアナに溺愛設定の彼らは心配で仕方ないのだろう。
「冗談じゃない!それじゃ、イーサンに負けましたと言ってるようなもんじゃん!」
イーサンは私に何が出来るかを試してるのだから。
皇太子暗殺の件は、コールリッジ公爵である父に、とりあえずは丸投げした。今の私にはどうしようも無い事だからだ。
(私に出来るのは、とにかく闇の魔力とついて調べてイーサンの弱点を見つける事!ついでに闇の組織についても調べあげてやる!)
幸運な事に、私は頭を使うのだけは得意だ。しかも今は公爵令嬢としての財力だってある。
(あの日の屈辱、絶対に忘れるもんかぁ!)
イーサンのヘラヘラ笑う顔が思い浮かび、ギリギリと奥歯を噛みしめた。
それに気になる事が一つ。イーサンが私の中に二人いると言った事だ。
(それってアリアナの事だよね?あいつ、私がアリアナじゃない事に気付いたかな?それに・・・まるで私がアリアナを押さえ込んでるような言い方をしてた・・・)
しかも彼は『もう半分以上、溶け合ってる』と言ったのだ。私は思わず身震いした。
(私とアリアナが交じり合ってるって事?そんな事ってありえるの?)
私は身体を見回してみる。13歳の少女の身体・・・アリアナの身体だ。
(でも私は私だ。それは変わらない。でもアリアナはどうなんだろう?何か変化を感じてるのだろうか?・・・溶け合ってるって事は・・・もしかして私がアリアナを飲み込んでる?)
今まではアリアナの体の中に、私とアリアナの両方が存在すると思っていた。何かの事情で、私の方が表に出ているんだろうって。でも私の方が強くて、アリアナを押さえ込んで、さらに彼女が消えてしまうとしたら・・・
猛烈な罪悪感。
(アリアナの両親やクラークが、この事を知ったらどう思うだろう・・・)
彼らは・・・私にとって、もはや家族だった。でも、アリアナを乗っ取って、彼女のフリをしている事を知ったら・・・そしてアリアナが消えてしまった・・・
きっと私を許さないだろう。
「アリアナ、どうした?」
後ろからの声に振り向くと、クラークの心配そうな顔。
「お兄様・・・」
「顔色が良くないぞ!また体調が・・・」
「い、いえ。大丈夫です!。元気ですよっ、私」
クラークは小さく溜息をついて、
「屋敷に戻ってから、ずっと書斎に籠っているけど、あまり根をつめない方が良い。明日は学園に戻るのだから、もう休んだ方が良い」
そう言って私の頭にそっと手を置いて、柔らかく微笑んだ。
(クラークはアリアナに優しい)
そして、その優しさを向けられている自分は、本物のアリアナでは無い。
今更なのは重々承知しているが、彼らを騙してる事に私は胸が痛んだ。
次の日、私はクラークと共に学園へと向かう馬車に乗り込んだ。
「アリアナ、気を付けてね」
「クラーク、アリアナを頼んだぞ」
アリアナの両親が心配するのは、アリアナの事ばかりだ。
「任せてください。僕がアリアナを守りますから、大丈夫です」
兄であるクラークも、もちろん同様で・・・
(私はこの人達から貰っている愛情を、ちゃんと返せているだろうか?)
この先ずっと私がアリアナとして生きるのならば、もっと真剣に彼らの思いを受け止めなければいけない。
「お父様、お母様、大丈夫です!私は自分の事を・・・アリアナをちゃんと守ります」
そう言った私に二人は一瞬驚いた顔をしたが、目を細めて愛おしそうに見る。
「ええ・・・頼みましたよ」
そう言って母は、私の頬をそっと撫ぜた。
馬車はゆっくりと走り始めた。
私は4カ月前に同じ道を一人馬車に乗って、学園に向かった事を思い出していた。
(あの時はロリコン回避の事しか考えてなかった。リリーやディーンとはなるべく関わらない様にって思ってたなぁ・・・)
なのにリリーもディーンも今は私の大切な友人だ。
私はアリアナとして、彼らと出会って、同じ時を過ごして、色んな事を経験してきた。
(だから4か月前とは違う。悪役令嬢になって断罪されるのが怖くて、目立たないようにしてきたけど、今はそんな事どうでも良いや)
ロリコン回避もとりあえず後回しで良い。
私はアリアナを守る。皆の事だって守ってみせる。皇太子も暗殺させない!
(でもってイーサン!私を本気で怒らせたこと、絶対後悔させてやるよ)
馬車の窓から見る空を見上げて、私は不敵に笑って見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます