第64話 気分はリア充

 楽しい時間というのはずっと続くものでは無い。 


 (あと10日で夏休みも終わりか・・・)


 パーシヴァルはさすが第二皇子だけあって、1週間前に迎えが来て城へと戻って行った。ミリア達とクリフも一昨日に自領へと発った。


 そして今日、リリー、ディーン、グローシアが出発の準備をしている。


 グローシアは「お側を離れたくありませんっ」とごねていたが、侯爵家からの迎えの馬車は昨日から来ているのだ。クラークと二人で説得して、何とか渋々納得させた。

 

 孤児だったリリーには帰る所が無い。夏休みが終わるまで一緒にいないかと誘ったが、多分遠慮したのだろう、グローシアの馬車に乗せて貰って学園寮に戻ると言った。


 「ずっと一緒だったから余計に寂しいですね・・・」


 私は馬車に乗り込んだリリーとグローシアの手を握った。


 「また、学園でお会いするのを楽しみに待っています」


 リリーは可愛らしい笑みを浮かべて手を握り返してくれる。


 (はぁ~・・・)


 それだけで私はメロメロだ。


 「一旦お側を離れるご無礼をおゆるしぐだざい・・・。グ、グラーグざまも、お元気で・・・」


 (うがっ・・・!)


 グローシアは涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。


 出発した二人の馬車に手を振って、振り返るとディーンも馬車に乗り込む所だった。


 「ディーン様もお気をつけて。また学園でお会いしましょう」


 「ああ、また」

 

 お互いあっさりとした挨拶だけ。だけど今までと大く変わった事がある。それは二人とも笑顔だった事だ。


 ディーンはクラークに頭を下げる。


 「お世話になりました」


 「ああ、また学園で」


 去って行くディーンの馬車を見送りながら、自然と顔がにやにやと緩んだ。


 (ディーンとは完全に和解したし、婚約解消も円満にできそうじゃない?)


 少なくとも断罪される事は無くなるだろう!。ああ、なんて計画通り!


 伸びをした後スキップしながら上機嫌で、今はもう使用人しかいない別荘へと戻る。

 

 (こんなに遊んだ夏休みは、初めてだぁ。お金があるって有難いよ)


 前の世界の夏休みは、バイトと勉強で遊ぶ暇など無かったのだ。


 明日は私とクラークも領都に戻る。私は新学期に向けて猛勉強するつもりだった。


 ヒロインや攻略者達はそのチート能力で2学期のテストも高得点を取って来るだろう。仲良くなったからって、勉強で負けるつもりは無かった。


 (超難関大学に現役合格した私の『がり勉力』を舐めんじゃないぞ!) 


 ライバル達に負ける訳にはいかないのだ。早速今から始めるぞ!と思っていると、ふとイルクァーレの滝へと続く遊歩道が目に入った。


 (・・・もう一度だけ行ってみっか?)


 あの滝では沢山の思い出が生まれた。


 別荘に入りかけているクラークに声をかけた。


 「お兄様、私ちょっと滝まで散歩してきます」


 「一人で行くのは危ないよ!使用人に明日の移動の指示をしたら、僕も一緒に行くから!」


 「では、後から来てくださいな。先に行ってますね」


 私はそう言って、クラークの返事を待たずにさっさと遊歩道へ向かった。


 「お、おい、アリアナ!・・・全く、仕方ないなぁ」


 滝へと向かう道は気持ちが良かった。昨日まで、みんなと何度この道を通っただろう?。


 緑の木々から出る新鮮な空気を胸いっぱい吸いながら、私は満ち足りた気分だった。


(5カ月前にアリアナになって、最初の頃はどうしようって思ってたけど・・・)


 木々に透ける木漏れ日を見上げて、今は全てが順調に思えた。

 

(断罪は回避できそうだし、友達もいっぱいできた。リア充ってこういう事?グスタフの件は残ってるけど、私がとことん嫌がれば、アリアナ父だって無理強いしないよね?)


 自分で何とかするって決めたし。大丈夫!私はやれる!


 この時の私は、一番の敵だったディーンと友人になれた事で、少し調子に乗っていたのだと思う。



 しばらくすると、イルクァーレの滝の優しい流れの音と、優美な姿が見えてきた。

私はディーンと対峙した時の、アリアナを思い出していた。あれ以来アリアナが出て来る事は無い。


 (でも、アリアナの存在は、ずっと感じてるんだよなぁ・・・)


 ディーンにちゃんと別れを告げたアリアナ。彼女の心を変えたのは何だったんだろう?


 (ゲームじゃ我儘で傲慢でどうしょうも無いバカ娘って設定だったけどさ、人って成長するもんだ)


 私は小道を降りてまっすぐ滝の裏側へと向かった。


 「うむ・・・やっぱりここって、凄い観光資源になると思うんだけど、人で溢れちゃうのは勿体ない気がするなぁ」


 思い入れもあるし、荒らされたくない。ふと滝つぼに目をやると、今日も紫色にきらきらと光っている。

 私はあの時のクリフの濡れた髪を思い出して、一人で赤面した。


 「やめよう・・・なんか背徳的な気分になる・・・」


 頭を振って映像を脳から追い出した。すると、


 「何が背徳的なの?」


 誰も居なかったはずなのに、突然後ろから声をかけられた。私はビクッとなって慌てて振り向き、驚愕に目を見開いた。


 「イーサン!?」


 「やぁ、久しぶり」


 闇の魔術の使い手であり、乙女ゲームの隠し攻略者。


 滝の裏の岸壁を背に、イーサン・ライナス・ベルフォートがニヤリと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る