第4話

「私がいったい何をしたって言うんですかぁ‼」

不意に会場のステージ周辺から甲高い大声が響いた。

人々の談笑する声が静まりダンスをしている人々さえも動きを止め大声のした方へと視線を向ける。


そこには一人の女性を囲むように数人の男性と、彼らと対峙するように女性たちが向かい合っている。

その雰囲気はさながらか弱い姫とそれを守る

騎士、そして浮気現場に乗り込む妻(複数)の修羅場といったところだろうか。


シャルロットと二人の世界に浸っていたエドガーはいきなり始まった修羅場という名の舞台にうんざりした。

どうやら自分の不運は今夜も健在のようだ。


シャルロットを連れて城に転移しようと声を掛けようとしたところで、騒動を見ていたシャルロットが何かに気付いたように声を掛けてきた。


「ねぇエド、あのピンクの髪の女性、マイケルとジョニーが撮ってきた映像に映っていた人よ」


なんだと、と思いエドガーは目を向けた。

じっくり見なくともそうかもしれない。

ピンク色の髪なんてそうそういるもんじゃない。

よりによって今夜お目にかかってしまうなんて、せっかくの心地よい気分が台無しだ。

ということは、周りの男は全員あの女の相手で、あの女性たちは婚約者や恋人といったところだろうか。


冷静にその状況を見極めているうちに修羅場は進む。


「彼らはお友達ですっ!!そんな関係じゃありませんっ!!なんで信じてくれないんですか!!」

「信じられるわけがないではありませんか。あなたたちのその距離感からどう信じろと?それにただのお友達がなぜ婚約者のエスコートもせずにあなたのそばにいるの?」

「それはっ!あたしにパートナーがいなくた一人じゃ寂しいって言ったらみんなが一緒にいてくれたんです!!」

「パートナーがいないのはあなただけではないわ。それでもパートナーが欲しければ婚約者のいない男性に声を掛けるべきよ。わざわざ婚約者のいる男性を選ぶなんてあなたには常識というものがないの?」

「どおしてそんないじわるなこと言うんですかぁ!!」


「うわあぁんっ」とピンク髪の女、マリアナ・ヒッチが顔を覆って泣き出した。


それを周囲は冷めた目で見ている。

騎士気取りの男たちを除いて……


「アンネローゼ!なぜそんなことを言うんだ!マリアナを泣かせるなんて!心底きみを見損なったぞ!!」

「私は何ひとつ間違ったことを言っていませんわ。ディノス様こそご自分が何をしているのか自覚がありませんの?」

「僕はやましい事なんかなにひとつしていない!」


両者ともに譲らず不穏な言い合いが隣りへと伝播していく。

誰が収集をつけるんだ、と周囲が見守っている中、ひときわ大きな声が上がった。


「証拠はあるのか!!そんなに言うのならもちろん証拠があるんだろうな!!」


途端に会場は静まり返る。

証拠と言われアンネローゼたちは口をつぐんだ。

目に見える確実なものがなにひとつないのだ。

騎士気取りたちがほくそ笑んで勝利を確信した瞬間、静寂を破る可憐な声が会場内に響き渡った。


「証拠ならありますわ」


その声はダンスフロアの方から発せられた。


「なぜ王女がここに・・・」

「学園生ではなかったはず」

「確か婚約者が今年卒業だったのでは?」

「隣の彼がそうか?」

「あまり見かけない顔だが」


などの声がそこここで囁かれる。


隣りに見目美しい男性を伴ったシャルロット王女が修羅場の近くにと進み出た。


 ◆


時は少し遡る。


彼らのやりとりを遠目に見ていたシャルロットは不満を露わにしていた。


「どうしたの、まさかあの中に行くつもり?」


シャルロットのまさかの行動に驚くエドガー。

少し離れた所にいる護衛もいつにないシャルロットの行動に驚愕する。

争いを好まないシャルロットがあんな所に行くなどいったいなぜ……

少々攻撃的になりかけているシャルロットを落ち着かせようとしていると、シャルロットがエドガーに向かって言った。


「不可抗力とはいえ、私のエドの目に他の女の身体が映ったのよ。エドが初めて見るのは私だったはずなのに」


瞳の奥に嫉妬の炎を燻らせているのだ。


エドガーは感激した。

シャルロットが自分のために怒りを露わにしてくれている!

自分にとっては彼らの情事など記憶にも残ってなどいないのにだ。


なんといってもシャルロットとあの女とでは女神とミジンコほどに差があるのだ。

ミジンコのことなどいちいち気に留めていない。


シャルロットの愛を受け止めたエドガーは決意する。

彼女を煩わせた報いを晴らさせてもらわなければ、と。

何があっても彼女を守らねば。


そうしてシャルロットとエドガーは騒動の中心へと足を進めた。


 ◆


「皆さま、本日はご卒業まことにおめでとうございます。本日は私の婚約者様も卒業ということで、パーティにはエスコートしていただいておりましたの」


互いに簡単に挨拶を済ませる中、ただ一人だけ礼もせず目を見開き呆けた顔のままの女がいた。

マリアナ・ヒッチだ。

彼女の目はエドガーに釘付けだ。

その表情を目にしたシャルロットは嫌な感じが沸き上がった。


マリアナは自分をいかに可愛く見せることができるかを知っている。

熱を孕んだ媚びた目でエドガーに声を掛けた。


「あのっ初めまして!あたしマリアナと言います!あなたのお名前を教えてください!」


訊かれたエドガーは内心嫌悪と厭きれが溢れたが、無言無表情を貫いた。

それでもマリアナは懲りる気配がない。


「卒業生なんですか?あたしもです!でも学園で会ったことないですよね?こんなにかっこいい人、会ったら絶対忘れないのに!私とお友達になってください!」


それを聞いた瞬間、微笑みを浮かべていたシャルロットは引きつりそうになった口元をなんとか押し留めた。

エドガーからはすでに怒りのあまり、魔力が冷気となり漏れ出しはじめている。


「あなた、ご自分がどのような状況なのか理解していて?」

「ちょっと!あたしと彼の邪魔をしないで下さい!今からおしゃべりしてダンスをするんですから!」


キッとシャルロットを睨みつけたマリアナは、コロッと表情を変えエドガーへと視線を投げかけた。


まるで会話にならない。


自分が話しているこのマリアナははたして同じ人間なのだろうか。

シャルロットが感じた嫌悪にも似たこの感情は奇しくもアンネローゼたちが抱えていたものと同じ感情であった。


シャルロットは一度目を閉じ深呼吸すると、改めてマリアナと対峙した。


「実は、先ほどのあなた方の会話が私たちの耳にも届いておりましたの。」


そう言ディノスへと声を掛ける。


「マリアナさんとあなた方が“お友達”だと主張する証拠、でしたわよね」


心強い味方ができたと安堵したディノスはホッと表情を弛め身を乗り出すように答える。

「殿下!そうです!私たちとマリアナは単なる友人です!それなのにアンネローゼたちが変に勘繰るものですから迷惑しているのです!!」


アンネローゼたち側からすれば婚約者の行動を諫めるのは至極当然のことだ。

たとえ本当に身体の関係のないお友達だったとしても腕を絡めて歩いている時点でアウトだ。

それなのにこれほど不満を爆発させていても諫めるしかできない。

婚約の解消・破棄に踏み出せないのはそれだけでは理由が弱いからだ。


シャルロットは先ほど“お友達”の証拠があると言った。

(まさかシャルロット殿下が証拠をお持ちだなんて…てっきり彼らを咎めていただけるものだとばかり…いったいどうすれば……)

アンネローゼは悲観にくれた。


 ◆


「時に皆さまは学園で新たに試験運用された防犯魔法をご存じ?」


「そんなものあったか?」

「聞いたことないぞ」

「防犯?そんなの必要か?」


そんな騒めきの中、アンネローゼたち女性側からも声が上がる。


「知っています。なんでも悪意に反応する魔法であると」

「実施される前に先生方から通達がありましたわ」

「掲示板にも貼りだされているのを見ました」


期待した通りの反応が返ってきたことに満足したシャルロットはその説明を付け足した。


「あなた方の言う“お友達”の証拠はこの防犯魔法によって証明されることでしょう。しかし、この魔法はただ悪意に反応するだけではありません。邪な感情にも反応いたします。この意味がお分かり?」


いまいちピンとこないようなので例を挙げてみることにした。


「マリアナさんとディノス様、5月12日の旧校舎空き教室。こちらに心当たりは?」


ふたりは首をかしげるのみ。

それならば次だと狙いを定めた。


「では、ロドリゲス様。7月22日、場所は校舎裏の森の中。心当たりは?」


こちらも首をかしげるばかり。


それならば次だと、覚えていそうな人物に訊く。


「それではマシュー様。あなたは9月1日の放課後の本校舎で何をしていたか覚えていらっしゃるかしら」


マシューと呼ばれた青年はすぐさまハッと何かに気付いて顔を青ざめさせた。


「もちろん心当たりがありますよね。マリアナさん、今言った全ての場所、あなたならば心当たりしかないと思ったのですが、いかがですか?」


その言葉の意味に嫌な予感がしたマシューは咄嗟にマリアナを見た。


しかし、そんなこと訊かれても何が何だか見当もつかないマリアナは憤慨する。


「さっきから何なの!?イミわかんない!あたしに何の関係があるっていうのよ!」


残念に思ったシャルロットは仕方がないとばかりに説明してあげることにした。


「あなたがその“お友達”の方々と愛し合っていた日にちと場所ではありませんか。本当に忘れてしまわれたのですか?とくにディノス様とは旧校舎で、アルマンド様とは屋外でするのがお好きのようですね」


アリアナ、ディノス、ロドリゲスは瞬時に顔を青くし、他の男性たちも何かに気付いてうつむいた。

対する女性たちは大きく取り乱したりはしないものの、扇で口元を隠したり、目元を痙攣させたり、口元を引きつらせるものがほとんどだった。


いち早く我に返ったのはディノスだった。


「いくら殿下でもそのようなデタラメを言うなど許されませんよ!」


どうせはったりだろうと高を括ってシャルロットを睨みつけた。


「証拠があると言ったではありませんか。なぜ私があなた方のことにこれほど詳しいと思っているのですか。魔法の説明もいたしました。邪な感情にも反応すると。今はまだ映像と音声を残すことしかできませんが、今後のためにも改良する予定です。」


シャルロットはエドガーへと視線を向けると、エドガーは心得たと軽く頷き何処からともなく魔法石のひとつを取り出した。


「この魔法石の中にはマリアナさんとディノス様のその時の映像が記録として保存されています。」


その言葉にディノスは目を剥いた。


「嘘だ!そんなものがあるはずないでしょう!」

「心当たりはあるのですよね?見てもいないのになぜデタラメと決めつけるのですか?」


自棄になったディノスはシャルロットに対する言葉遣いも荒々しく言い放った。


「っ!!なら見せてみろよ!どうせお前たちが罠にハメるために作ったんだろう!」

「ちょっとディノス!やめてよ!本当だったらどうするの!!」


マリアナが慌てるも興奮したディノスの勢いは止まらない。


「あくまでもご自分で確かめるまでは認めないおつもりですか・・・」


それならば致し方ないと静観している周囲に告げる。


「皆さま申し訳ございません。只今から刺激の強い映像が流れます。女性の方や刺激に耐えられないと思う方は目や耳を塞ぐか、後ろを向いていただけますようお願いいたします。」


すると何人かは耳を塞いで背を向けたのを確認した。


当事者たちは全員が成り行きを見守ることに決めたようだ。


「それではこちらのステージ上に映しましょうか。エド、お願い」


そして大きく映し出された映像はマリアナとディノスの貪るような口づけから始まった。

いきなり裸じゃなかったのはシャルロットのせめてもの優しさとエドガーに他の女の肌を見せないためだ。

いろいろな角度からであるのは、マイケルやジョニーたち使役獣の視点だからである。

外からはマイケルたちカラスが、室内からはジョニーたちクモが。

しかもジョニーたちは視点があらゆる角度からであるため、際どい部分も難なく映る。


皆が唖然と見つめる中、空中に映しだされるマリアナとディノスはお互いに服をはだけさせあい、マリアナに至っては服をひっかけているだけでほぼ全裸となっていた。


「いやぁああぁあーーーーーーーーーっ!!! なによこれっ!! やめてよ!! 消して!!」


我に返り慌てて映像の前に飛び出して手でかき消そうとするマリアナ。

しかし消えない。

そんなもの魔法の前では無意味である。


どうにもできないマリアナが振り向きざま涙目で叫ぶ。


「見るなーーーーーーーーーーっ!!!」


羞恥で顔を赤くしたマリアナはバッとシャルロットを睨みつけ掴み掛かろうと駆け出した。


当のシャルロットはエドガーの目を両手で隠していたため、大変無防備であった。

護衛もあまりの映像に気を取られたために一瞬出遅れた。


取り乱したマリアナがシャルロットまであと1メートルといったところで、その勢いを保ったままガンッ!!!と何かに衝突し後方に倒れ見えない何かによって拘束された。


エドガーによるシャルロットを暴漢から守る拘束魔法付きの結界魔法であった。


ぶつかり倒れた衝撃で気を失ったマリアナをそのままにして映像を消す。

シャルロットは顔面蒼白となって固まるディノスへと声を掛けた。


「ディノス様たちの仰る“お友達”とはこのような関係の者を言うのですか?私たちとは大きく認識に差異があるのですね」


「ち、違っ…」


それ以上言葉の続かないディノスから視線を外しアンネローゼたちに声を掛ける。


「皆さま、この様に不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」


王族に頭を下げられてしまったアンネローゼたちは慌ててシャルロットに顔をあげてもらうよう頼む。


「いいえ殿下。私たちには何も証拠と呼べるものがなかったのです。ただ見ただけでは言いがかりや嫉妬と言われ終わるところでした。ありがとうございました。」


そして彼女たちは深く礼をした。


「皆さま、明日にでも私の所へいらして?魔法石がたくさんあるの。きっと皆さまの分ありますわ」


青くなった男性たちをチラッと横目にして彼女たちに告げた。


あれだけの数があるのだ。ひとり1個2個どころではないかもしれない。むしろこの場にいない相手とも関係があるのかも、と思いながらシャルロットとエドガーは暇を告げてその場を去った。





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