第5話



「目隠ししてごめんなさい。エドに見てほしくなかったの」

「気にしてないよ。そんなことより、シャルこそあの男の見てない?」

「あんな人のなんて見ないわ」


寄り添いながら廊下を進む。


「それより、改良が必要ね。撮るだけじゃなくその瞬間誰かに伝えることができないかしら。暴漢や強姦だったならば誰にも気付いてもらえないままで泣き寝入りになってしまうわ」

「誰かって誰に?学園長?」

「学園長がすぐに動けるかしら。女性側からしてみればたとえ学園長でもそんなところ見られたくないわ。女性教諭とか?…負担が大きいわね…」

「いっそのこと学園中に警報でも鳴らす?そしたら近くにいる生徒やら教師やらが駆け付けるんじゃないかな?」

「それだわ!さすがだわエド!それなら音に驚いている間に誰かが駆け付けるし襲われる前に助けることができるわ!」


学園であのように不純異性交遊に耽る者たちもいなくなるだろう。


組んでいる腕をきゅっと抱きしめた。

シャルロットはエドガーの自分では思いつかないような発想をするところにとても魅力を感じる。

たとえ突飛で無謀であったとしても魔力で力づくで解決できてしまう。


いつも真っ直ぐで嘘を吐かない、それでいて割と強引で有言実行でいつも自分のことを思っていてくれるこの可愛くてかっこいい婚約者のことを世界で一番愛しているのだ。


そしてふたりはパーティでの騒動を報告する為、国王の元へと足を運んだ。



 ◆



騒動の報告後、エドガーとシャルロットは1週間の自室での謹慎を言い渡された。


流した映像が過激だったのだ。

もっと配慮しろと厳重注意を受けた。


謹慎期間が1週間なのは、どうせエドガーが守るはずがないと結論付けられたためである。


一応世間体を気にしての判断だった。


しかし、魔法石を譲ると言っていた手前、本日王宮の一室では魔法石の譲渡会が行われていた。


もともと今回の騒動の発端は、学園内で情事に耽る不遜な者たちの顔を拝みたいとエドガーが思ったことだった。

しかも使用したのは魔法ではなく『使役獣の監視下に置く』こと。

それを魔法と偽っていたうえに、記録した内容があのようなものだったのだ。

パーティでの騒動がなければ表に出るものではなかった。

これが役に立つのならばいくらでも譲るべきというのがエドガーとシャルロットの出した結論であった。


受け取りに来たのは女生徒たちだけだが、会場での出来事については昨夜のうちに家族内で話がついているのだろう。


この魔法石をどのように活用するのかは彼女たち次第だ。



ほぼ全ての魔法石を渡し終えた部屋の中にはシャルロットとエドガー、アンネローゼと壁際に控える侍女と護衛のみとなっていた。


「アンネ、これがディノス様のぶんよ」

「シャルロット殿下、ありがとうございます」

「やあね、硬いわ。確かに最近は疎遠になっていたけれど幼馴染じゃない」

シャルロットはにっこりと笑いかけた。

「…ゔん、ありがとう…シャル」


アンネローゼは瞳に涙を浮かべて礼を告げた。



実はディノス含め彼女たち四人は幼馴染であった。

シャルロットが学園に通わないことで会うことが難しくなり、アンネローゼとディノスは必然とエドガーとも会わなくなったのだ。

学園にはいるというのに。


「まさかディノス様があんな風になってしまうなんて…昔はあんなにアンネの後をついて歩いていたのに」

「人は変わるわ。あなたたちが珍しいのよ」


そう言ってアンネローゼはシャルロットとエドガーを見た。


「私にも私だけを見てくれる人がいたらよかったのに」


アンネローゼから小さな呟きが零れた。



「アンネは今後のことは決まっているの?」


婚約破棄は確実だろうが、その後のことはすでに当主から聞かされているのだろうか。


「まだどうなるか分からないわ。お父様はしばらくゆっくりしていいと仰っていたけれど…いっその事、修道院にでも行こうかと思っているの。今から相手を探すなんて、どこかの後妻か訳ありの貴族しかいないだろうし」


寂しそうに微笑むアンネローゼに危機感を覚え、この場にいない侯爵に一言物申したくなった。


その時扉の向こう側がにわかに騒がしくなった。

何かを言い合う声がするが、それが徐々にこちらへと近付いている。

もう扉前に来るのではと思った直後、両開きの扉が勢いよく開かれた。


「アンネッ!!」


その声はこの国の第二王子であるジェルマのものであった。


「お兄様っ」

「ジェルマ殿下!」


シャルロットとアンネローゼは驚きで声を上げた。

彼は周囲の制止を振り切り、彼女たちの下へ来るとアンネローゼの前で立ち止まった。


「アンネ、侯爵から聞いたよ。すぐに助けてあげられなくてすまなかった」

「そんな…殿下が謝罪する必要などありませんわ。それにシャルとエドガー様に助けていただきましたもの」


妹の友人であるというだけでこのように気遣ってもらえるなんて、申し訳なさと切なさで胸が詰まった。


そんなアンネローゼにジェルマは尚も言う。


「いや、私が君を助けたかったんだ。愛する人の力になりたいと思うのは当然だろう」


一瞬何を言われたのか分からなかったアンネローゼも徐々に理解してきたようで、頬を赤く染めて困ったようにジェルマを見つめ返す。

しかし冷静になって言葉を紡ぐ。


「私は、婚約者の心を繋ぎ留めておくことができなかったのです。婚約もダメになって…こんな私は殿下にはふさわしくありませんわ」


「そのように自分を卑下することは言わないでほしい。こんなことを君に言いたくないが、婚約者が婚約者以外と身体の関係を持って抜け出せなくなっただなんて、そんなのあいつの自業自得だ。誘った方が悪いが、その誘いに軽い気持ちで乗ったあいつも悪い。婚約がなくなったのが君のせいだなんて思わないでくれ」


「ですが、あのようなことがあって、私は何を信じればよいのか分からないのです…」


ついにはぽろぽろと涙を零し始めてしまった。

高位貴族であるため、常に気を張り続けてきたことと、過去のディノスが少々頼りなくアンネローゼが手を引くように歩んできたため、自分がこれまでしてきたことに自信が持てなくなってしまったのだろう。


二人で歩むべき道も一人でだなんて、頼れる相手がいなければ弱音も吐けない。いったいどこまでいけば気を緩めることができるのだろうか。


涙を流し続けるアンネローゼをジェルマがそっと抱きしめた。


「アンネ、君が一人で頑張ることないんだよ。侯爵と夫人だっているんだ。頼っても誰も怒らない。それに私も君のことを守りたい。これから先、私に君のことを守らせてくれないか?共に生きていきたいんだ」


頼られ守る側だったアンネローゼは守りたいだなんて言われたのは生まれて初めてだ。

涙が溢れて止まらなかった。

それは先ほどまで流していた傷つけられた悲しみによる涙ではなく、暖かで嬉しい幸せな涙であった。



 ◆



そっと扉を閉めシャルロットとエドガーは部屋を後にした。

抱きしめ合うジェルマとアンネローゼには侍女と護衛を一人ずつ付けてきた。

今はアンネローゼを泣かせてあげよう。

ジェルマに任せればきっと大丈夫だ。


「アンネ、甘えられるようになるかしら」

「義兄上が相手なんだ。あの人なら大丈夫だろう。それにアンネローゼを蔑ろにするディノスに一番腹を立てていたのはあの人なんだ。心配する必要ないさ」

「それもそうね。お兄様はいつ婚約を申し込むつもりなのかしら」

「昨夜のあの騒動を聞きつけてすぐに駆け付けそうだったのを陛下とレイフォード義兄上に止められたそうだよ。アンネローゼの気持ちも考えろと」

「でもそのせいでアンネは修道院に行くことも考えてたわ」


アンネの気持ちを考えてほしいのなら、不安な夜を過ごしたことも察してほしい。


「陛下と王太子殿下は時々保守的すぎる時があるからね。こんな時に発揮してくれなくてもいいのに」


とにかく、あの二人が婚約するのもそう遠くないだろう。


久々に清々しい気持ちになった二人は明日からの謹慎期間をどう過ごすか思いを馳せた。



 ◆



二人の謹慎中に防犯魔法は改良に改良を重ね、「追跡監視魔法」と名を改めて正式に運用されることになった。


もちろん健全な生徒たちにとっては安心安全な監視魔法。

しかし男女のあれこれを目論んでいる生徒たちにすれば、引っかかってしまったら最期、世にもおぞましい監視魔法の誕生である。


別名『恋する包囲網』


実は人の恋路に多大な興味を持ってしまったカラスとクモによって監視・包囲されていることは、魔力譲渡の責任者となった学園長しか知る由もない。



 ◆



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