第3話
それから、来る日も来る日も来る日も来る日も。
学園の空き教室、校舎裏、参加したパーティ会場の中庭の陰、会場の休憩室・・・
何処に行っても遭遇する。
まるで悪夢だ。
ふと気付いたのが、それらは女の声がすべて同じなのでは?ということ。
気になったら確かめずにはいられない。
近くの生き物を使役して彼らの目・耳から情報を得ることにした。
使役獣と化したカラスとクモたちはそれはもうたくさんの情報を集めてくれた。
彼らから得られた情報によると、女の名前はマリアナ・ヒッチ。
学園に通っている男爵令嬢だった。
その男爵令嬢は元は平民だったが約一年前に父親である男爵に引き取られている。
まともな淑女教育を受けずに散々好き勝手にふるまった結果がアレらしい。
あらゆる男を咥えこんでいる女か、気持ち悪い。
そんな情報を腹いっぱいに溜め込んだ彼らを労うと、せっかくなので空の魔法石に記憶を移して保管しておくことにした。
そして彼らを再び解き放つ。
我先にと飛び出していったぞ。
使役されてあんなに浮足立つものもいるんだな、と感心した。
それからの俺の生活に多少の仕事が増えることになった。
愛しの婚約者・シャルとの逢瀬、時には自邸での魔法の研究、そして学園では睡眠を取る。
そこに使役獣の世話が追加された。
世話と言っても彼らの集めた記録を魔石に移して労ったら終了なわけだけど。
どうやら礼として分け与えている俺の魔力が旨いらしい。
魔力をもらって活動的になった彼らをまとめるのはカラスのマイケルとクモのジョニーだ。
なかなかに良い仕事をしてくれる。
記録しあ魔法石もたっぷりだ。
これはべつに俺の趣味でも憂さ晴らしのためにしているわけでもない。
何かがあった時のための保険だ。
俺に何かが起こるなんて天地がひっくり返ってもありえないと思うが保険が多いに越したことはない。
一応国が運営している学園でもあるし生徒にもプライバシーがあるので、防犯のためだと申請して上の許可も取っている。
悪意や邪な感情に反応する魔法のため、通常生活しているぶんには特に何もない魔法であると説明するのも忘れなかった。
◆
そんな生活を続けるうちについに学園を卒業する日を迎えた。
授業にはほぼ出席していないが、テストは毎回パスしたし卒業に必要な単位は取得した。
卒業後はすぐにシャルロットと結婚式を挙げてしばらくは国外へ旅行に行く予定だ。
朝から晩まで一日中一緒に過ごせるなんて幸せ過ぎる。
そんな浮かれきった気持ちを抱えたまま卒業式を終えた。
残すは卒業記念パーティのみである。
今日だけは生徒以外の出席も許されているため、エドガーのパートナーはもちろんシャルロットだ。
エスコートのために彼女を迎えに行けは全身に俺の色を纏ったシャルロットが現れた。
「シャル、とってもキレイだ!!今日も俺色で嬉しいよ!誰にも見せたくないけどこんなにも美しいシャルを見せびらかして自慢したいっ!挨拶が済んだらすぐにでも帰ろう!そしてふたりきりで過ごしたい!」
本心駄々洩れなエドガーの言葉にシャルロットは嬉しく思いながらも口を尖らせる。
「ありがとうエド。あなたもとても素敵よ。私も早くふたりきりになりたいけれど、せめてダンスは踊りたいわ」
「そうだね、せめてダンスは踊ろう!抱きしめたいけど今抱きしめてしまうとせっかくのドレスと髪と化粧が崩れてしまうから会場まで我慢するよ」
そう言うとエドガーは紳士らしくエスコートしてシャルロットを馬車へと導く。
エドガーの魔法でガチガチに護られているため、シャルロットの護衛は今日も最小数だ。
護衛はもちろん彼らの任務であるが、最も重要なのはまた別にある。
信用していないわけではないが、王女であるシャルロットをエドガーから護るのが国王から命じられた最優先任務である。
結婚前に貞操を失うなどあってはならないからだ。
しかしいくら腕の立つ騎士であっても本気のエドガーの放つ魔法には歯が立たないため、エドガーに魔が差さないことを毎日祈る思いで任務にあたる。
二人の結婚が待ち遠しい事この上ない護衛たちであった。
◆
会場に足を踏み入れると途端にその場に静寂が訪れた。
ゆっくりと歩を進めるごとに人だかりが割れて道ができる。
エドガーはシャルロットの耳元に口を寄せて囁いた。
「みんなシャルの美しさに見惚れてるよ」
「エドガーに見惚れてるのよ」
顔を寄せ合い微笑み合うその光景は見るものを魅了してやまない。
それに何と言ったって今夜のエドガーは普段下ろしている前髪を後ろに撫でつけて顔を晒しているのだ。
初めて目の当たりにする淑女らは黄色い声を上げて魅入っている。
「エド、私以外見ちゃいやよ」
「あぁ、シャル愛しているよ…俺には君だけだから安心して」
エドガーは熱の籠った瞳でシャルロットを見つめた。
シャルロットはエドガーのこの瞳が大好きだ。
蕩けるように熱を帯びるその瞬間が堪らない。甘いはちみつに絡めとられて溺れてしまうようで目が離せないのだ。
自分を含めた身内の前では駄々洩れするほどによく喋るが、他の人の前では人見知りで済ませられるレベルではないだろうというほど喋らないのがエドガーだ。
『目は口程に物を言う』とは、正にエドガーのためにある言葉だとシャルロットは思うのだった。
幾人かとの挨拶を済ませ、エドガーはシャルロットをダンスに誘った。
ゆったりとした音楽に合わせて踊ればシャルロットのドレスがふわりと広がる。
エドガーの瞳と同じはちみつ色のドレスには小さな宝石がたくさん散りばめられていてシャンデリアの明かりを受けて煌めいている。
胸元にはイエローダイヤモンドのペンダントがエドガーの独占欲の象徴として人々の目を引き付けていた。
お互いしか見えていない二人の世界で時間が許す限り踊り続けた。
◆
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