第2話
鳥の姿のままのエドガーが向かったのは、王宮にいるシャルロットのもとだった。
彼女は王太子妃である義姉に誘われ、庭園の見えるテラスでお茶をしていた。
「お義姉様、せっかくの休憩ですのにお相手が私でよろしいのですか?レイフォードお兄様を呼んだら絶対に来ていただけますよ?」
「あら、レイ様を呼んだらあなたをとられてしまうじゃない。それにあなたに会いたそうにしていたから何としても執務を切り上げて来るはずだからいいのよ」
しばらくの間はシャルロットを独り占めできることに気分が良くなり、クローディアは紅茶を口に含む。
緩く波打つプラチナブロンドと大きな碧眼を持ち、陽だまりのような心と笑顔で人々と接するこの国の王女はとても皆に愛されているのだ。
◆
和やかな時間を過ごしていると何処からともなく鳥が飛んできた。
「あら、エド?」
「まあ、エドガー様?」
エドガーは鳥の姿のままシャルロットの肩に留まるとやるせなさそうに「ピィィィィィ…」と鳴いた。
「どうしたの?早退してくるなんて珍しいわね」
「エドガー様、早退していらしたのですか?何かありましたか?」
いくらエドガーがサボリ魔でも学園を早退してきたのは初めてのことだった。
二人がじっとエドガーを見つめていると観念したエドガーは魔法を解いて礼をとる。
「クローディア義姉上、無礼をいたしました。シャルも突然ごめんよ。無性にシャルに会いたくなって来てしまったんだ」
とは言うが、早退してくるなんて普段はしない。
絶対に何かがあったんだろうとじっと見ていると、エドガーは急に膝を着き椅子に座るシャルロットの膝に顔を埋めるように突っ伏した。
「エド、どうしたの?」
「あらあらあら」
これはかなり精神的にダメージを受けているようだとシャルロットは心配になる。
クローディアは微笑ましく思い二人を観察することにした。
◆
レイフォードが入室した瞬間、シャルロットの膝に突っ伏して頭を撫でられているエドガーと困った子を見るような目をして頭を撫でているシャルロット、そしてそんな二人をニマニマしながらお茶を口元に運んでいるクローディアが目に入った。
「これは…いったいどうしたんだい?」
戸惑いながらも声を掛けずにはいられない。
「てっきり愛しい妻と可愛い妹だけかと思っていたんだが、ソレは?」
ソレと呼ばれたエドガーはのろのろと顔を上げた。
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません、義兄上…」
「まだ義兄ではないんだけれど」
そうは言うが義兄と呼ばれるのが不快なわけではない。
可愛い妹をもうすぐ奪っていくのだ。
虐めたくなるのは仕方のないことだと思う。
「エドガー様、レイ様もいらしたことですしそろそろ何があったのかお話しになりませんか?」
「そういえばエドガーは学園はどうしたんだい?」
「早退してきたみたいです。こんなこと初めてで心配で…」
シャルロットはエドガーの頭を撫でる手は止めないままだ。
するとエドガーはぽつりと声を出す。
「あまり女性に聞かせたい話じゃないんだ」
「女性のお茶会に飛び込んできて、今更ですわ」
「そうよエド。何があなたをそんな顔にさせているの?」
困ったエドガーがチラッとレイフォードを見上げる。
「二人とも心配しているよ?もちろん私もだけど。話せる分だけでいいから話してみないか?」
皆にそう言われてしまえば隠すのも申し訳ない気もして、エドガーは先ほどあったことを簡単に纏めて説明することにした。
◆
事のあらましを聞いた三人はそれぞれ何とも言えない顔をしていた。
レイフォードは呆れ顔、クローディアはにこやかだが目が笑っていない、シャルロットは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「だから女性には聞かせたくないと言ったではありませんか!」
エドガーは再びシャルロットの膝に突っ伏して泣きついた。
「義兄上!義兄上が学園に通われていた頃もあのような不純異性交遊が横行していたのですか!?あんな場所も弁えず…こっちの身にもなって下さい!」
そっちなんだ、と思いながらもレイフォードは自分が学生の頃を思い出しながら言う。
「恋人たちが寄り添い合っているのはよく見たけど、さすがにそこまではどうだろう。神聖な学び舎でそのような事をする者がいないことを信じたいが…」
「神聖な学び舎にいたから言っているのですよ」
実はレイフォードが学生の頃も何人か噂になったり見聞きした者がいるのだが、さすがに女性の前では言えない。
「あら、レイ様。男性の方々はよく『卒業したら政略結婚するのだから学生のうちは自由に遊ぶ』と仰っているのを聞いたことがありますが、まさかそれは身体の関係も含まれていますの?」
白い目で見るクローディアにレイフォードは焦る。
「まさかディアは私を疑っているの!?私には今も昔もディアだけだよ!」
とんでもない疑惑を持たれてしまうがレイフォードには否定することしかできない。
「そうは言いますが、私たちは国同士の政略結婚ですもの。学生の頃のことまでは知りようがないですし」
「確かに政略だけど、私は幼い頃に君と出会って一目惚れしてからずっとディア一筋だ!私の初めては全て君に捧げてきた!」
そこまで言われてしまえば少々八つ当たり気味になっていたクローディアも冷静になって我に返る。
「申し訳ありません。私の知らない学生の頃のレイ様のことを思うとどうしても嫉妬してしまうのです」
「私の学生時代なんて面白くもなんともないよ。無表情で冷徹な生徒会長だった。毎日ディアの事ばかり考えてた」
「レイ様……」
しばらく見つめ合ったかと思うとレイフォードは包み込むようにクローディアを抱きしめた。
◆
少々変な空気になってしまい、エドガーとシャルロットは兄夫婦を残しシャルロットの部屋へ引き上げることにした。
部屋へと戻る間中、エドガーの頭の中はずっとあのことが駆け巡っていた。
そもそも学園でするなよ
まさか学園にはああいう奴らが稀にいるのか?
さすがに常識のある奴らはしないだろうが常識を持ち合わせていないバカな奴がいることも確かだ
俺だって学園でシャルといちゃいちゃしたい
結婚まで乙女を守らなければならないからさすがに最後まではできないけれど・・・
というか、あんな教室とか木の陰でなんてごめんである
たとえ背徳感を味わいたいがためにシャルを机や木に押し倒してしまったら彼女の身体を痛めてしまうし、何より身体に傷をつけてしまうだろうが
よって学園での行為なんて却下だ
そうは思うが愛する人との愛を確かめ合う行為、なんて羨ましい・・・
延々と考え込んでいたが、せっかく早退までしたのだ。
シャルを愛でねばと思いなおす。
「変なことを聞かせてしまってごめんね」
「聞くこと自体はまあ問題ないんだけれど、身内の異性とそういうことを話題にすることの方がとても恥ずかしかったわ……女同士や恋人と話すのとは全くの別物なのね」
それに引き換えレイフォードはいたって普通だった。
恥ずかしかったのはきっと自分だけだったのだろう。
「それにしても学園でするなんて何を学びに行っているのかしら?」
シャルロットは呆れて物も言えない。
それに対してはエドガーも同感である。
しかも。
「俺はこんなに我慢しているのに当てつけか?あんな所ですることないだろ」
ふてくされるエドガーについつい苦笑してしまうが自分だってそう思っている。
だから彼の気持も理解できる。
「早く結婚したいわね」
「うん」
心の底からそう思った。
「初夜は覚悟してね」
「望むところよ」
二人の気持ちはいつでも一緒である。
穏やかな気持ちを取り戻したが、しかしその後も平穏に過ごせるわけがなかった。
◆
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