傲慢でだれよりやさしい君へ
幼い頃、自分の無力さが歯痒かった。世の中にはたくさん苦しんでいる人達がいて、何かしたいと思っても俺に出来ることなんて殆ど何もない。そんな俺に母さんは言った。
「いいかい、詢基。一人の人間の力なんて本当に些細なものだ。きっと苦しんでいる人全てを救うことは出来ない……だから」
俺と同じ赤い目。俺を見つめながらもどこか遠い場所を見ていて、多分、きっと。母さんにも同じような苦しみがあったんだろうと幼心に気づく。或いは今でも、密かに叶って欲しいと願っているのだろうか?母さんが思いを馳せる場所は、幼い俺にはまだ届かない。
「たった一人でいいんだ。詢基がいつか、自分より大切だと思える人が目の前で苦しんでいたなら、その手を絶対に離しちゃだめだ」
それから、ずっと。燻っていた俺の心の中には、炎が灯っていた。嬉しいと暖かく、悲しいと弱々しく灯る。けれど決して消えることのない炎。この不可思議なものを疑問に思ったことなどなかった。炎はいつの間にか、俺の一部になっていた。
10年くらい前の、夏の日。俺は幼馴染みの南と共に、人攫いに遭った。正確に言えば、俺は見つかっていなかったし、大人に助けを呼ぶのが多分正しかったんだと思う。だけど脳裏を過ぎったのは母さんの何とも言えない表情と、大切な人の手を離すなという言葉。
母さんは今を受け入れながらもどこかで後悔も残していたのだろう。なら、俺は。
(この手を、絶対に離すな……!)
激情とか、熱情とか、きっとそんな感情だった。その時のことははっきりと覚えていない。ただ、熱くて、苦しかった。身体ごと燃え上がってしまいそうで、何もかもを燃やし尽くしてしまいそうだった。南の不安に揺れる顔が見えて、そこで意識が閉じた。
目覚めた時、俺は何も覚えてはいなかった。警察に聴取を受けても何も答えられず、火事の際煙を吸ったせいで記憶障害が起きたとか、ショックで記憶障害が起きたとか、好き放題言われるのも慣れきったころ、何かが足りないことに気づいた。そのことについて考えようとすると、頭の中で靄がかかる。
唯一、何かを知っている筈の南は、事件のことを決して口にしようとしなかったし、おかしくなってしまったと……口々に言われるのを、まるで本当にそうなってしまったかのような顔で、受け入れていた。
だからこそ、あいつは全て知っているのだと思う。その事実の中に……大人には知られたくないことがあるから、黙っている。それは多分、あいつ自身の為の嘘ではない。誰かの為に被った泥……あの状況で、俺以外の誰だと言うのか。
何が起こったのかは分からない。だけど、誓ったことがある。
(俺は絶対に、お前の手を離さないから)
Junki01
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