孤独を耐える夜は長く、冷たい

幼い頃から、世界は居心地が悪かった。父親の不穏、家庭内の不和、それに拍車をかける俺の病気。いつだって怯えていた。穏やかとは言えなくても、壊れることも怖かった。

俺には姉がいた。人一倍気が強くて頑固で意固地な。彼女はよく母親に手を上げる父親に逆らっては殴られていた。幼い俺は逆らうことも巻き込まれることも恐ろしくて、ただただ息を殺していた。

父親は酷く心の弱い、不安定な人だった。


ある夕暮れの日。何の変哲もない1日が終わりを告げようとしていた。俺は気づかない。父親の不穏がより一層色濃いものだったことを。夕飯の支度を母さんの近くで手伝っていたとき、父さんが険しい顔で現れる。いつも通り母さんに手を上げるのだろうと俺は萎縮した。


「燕。もうすぐごはんになるから、お姉ちゃんを探してきて」


それが母親の最期の言葉。穏やかな笑顔だった。父親を刺激しない様慎重に家を出て、姉をようやく見つけた頃に、悲鳴が聞こえた。よく知った声の。

胸騒ぎがした。何か良くないことがまた起きている。しかもとびきりの、だ。姉は俺の姿を視界に映したが会話もないまま、一目散に家の方へ戻っていく。

今、思えば。俺はこの時姉を行かせるべきではなかった。なぜなら。姉はこの後、父親に殺されてしまうからだ。

殺されて……化け物じみた力で、父親もろとも村を滅ぼしてしまうからだ。


俺が息を切らして家に戻った頃には、全て終わっていた。家に近づくにつれて石化していく村。音の止んだ民家。村が、死んでいると感じた。それでも嘘であって欲しいと自分の家の前まで来て、開け放された扉と、床に倒れ、石になった両親を見つけた。もう生きている人などいないのだと、理解した瞬間に俺は村から逃げ出した。


その後。行くあてもなく彷徨っていたが、頼る大人もいない子供がそうそう生きていけるはずもない。ましてや心臓に病を抱えている。限界はすぐだった。住んでいた村から少し離れた大きな街。人通りの多い商店街。俺は人混みの中力なく倒れて、這いつくばる。心臓が握り潰されているみたいに苦しい。喉は渇ききっていて、腹にはもう何も入っていない。ああ、ここで死ぬんだなと、全てを諦めた。


さよなら世界。やっと終わりか。喧騒は俺になんて目もくれない。それでいい。もういい加減、うんざりしていた。そんなことを考えて、目を閉じる。そうして、俺は死んだ。


だけど何故か、目が覚めた。重ねて言うが、俺は確かに死んだのだ。やっと死ねたとすら、思えたのに。心臓は痛くない。だけど全身が感電したかのように痺れ、言うことを聞かない。やっとの思いで頭を上げると、周囲の人間は遠巻きに、だけど確かに俺を見ていた。悲鳴をあげている奴もいる。

うるさい。見るな。誰も助けてなんかくれなかった癖に。今更見るな、俺を見るな!


そう強く願った直後に、雷が落ちた。俺を避雷針にして。普通なら死ぬ。だけど俺は死ななかった。そこでやっと理解した。村を石に変えた姉のように、俺は。

俺は化け物になったのだ、と。


Tsubame01

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