第3話 美味しくなぁれ
「わー、美味しそう!」
「……そうだね」
週末。ついに恵のおすすめのお店にデートでやってきた。ハワイアンパンケーキのお店。雰囲気はいい。お店全体ハワイイメージでソファもふかふかで座り心地もいいしメニューもどれもとっても美味しそう。
だけどいざ目の前に運ばれてきたパンケーキはこぶしを二つ縦に並べたくらいの特大ホイップクリームがのっていて、いや、めちゃくちゃ美味しそうだけど、同時にうわぁ、食べたら死にそう。って気にもなる。
一人分がこれ? 食べられるの? ボリュームがあるから食事かわりになるとは聞いたけども。まあ見た目はインパクトがありつつ可愛いしとっても美味しそうだけど。食べきれるかな。心配だ。初めてのちゃんとしたデートで残すとか気分が悪くなるとか、そんな格好の悪いところは見せられない。
どうして恵みたいなふわふわきゅーとな女の子が私を好きと言ってくれているのかわからないけど、私は友人からクール系と評価をもらっているのできっとそういうところなのだろう。しっかりしないと。
「とりあえず写真とっていい?」
「え、あ、もちろん! 合わせて一緒にとろっかー」
スマホをとりだして一応確認したところ、一瞬の隙にすでに恵はフォークとナイフを持っていた。あ、ごめん。そういえばこのお店よく来るって言ってた割に見せてくれた紹介写真は公式サイトのやつだけだった。写真撮らないタイプだったのか。うーん、チャラついてると思われてないよね?
とりあえず撮影。うん。二つ種類の違うのが並んでいるけどすごくいい写真だ。待たせても悪いので手早く撮影を終える。
「待たせてごめんね。じゃ、食べようか。いただきます」
「いただきまーす。んー! おいしー!」
大きく切り分けたパンケーキの上にたっぷりのクリームをのせ、これまた大きく口を開けた恵はぱくっと美味しそうにパンケーキを頬張った。そして実に美味しそうに表情をゆるませ、たまらないといった風に声をあげた。そしてぱくぱくと、けして下品ではない程度に勢いよく食べ進める。
その幸せそうな顔。ニコニコとこれ以上ないくらい楽しそうな笑顔で食べる姿をみていると、見ているだけでこちらまで嬉しくなってしまう。もっともっとたくさん食べてほしい。食べなくてもどんなにパンケーキが美味しいか伝わってくる。
可愛くて、ずっと見ていたい。こんな風に傍で見れるだけで、恋人になってよかったと思える。ずっとこんな恵と一緒にいれたら、きっとずっと心穏やかで幸せな気持ちになれるだろう。
「? あれ、食べないの? え、も、もしかして甘いもの嫌いだった?」
「え? ああ、いや、美味しそうに食べるなーって思って」
「うっ。食べ方、汚かった?」
苦手意識はあるけど、嫌いというわけじゃない。適量なら美味しく頂ける。だから本当に今は恵に見とれて手を付けていなかっただけだ。だけどどうにも言い方が悪いのか恵ははっとして恥ずかしそうに口元を隠してしまった。
「ううん。悪い風にとらないで。私、恵が美味しそうに食べるとこ好きなんだ」
「えっ、そ、そうなんだ?」
「うん。幸せそうで、可愛くて……まあ、えっと、食べるね」
恥ずかしそうではあるけどにやけたような顔になったのでほっとして、ついつい本音をこぼしすぎてしまった。大きな声ではないけど、近くに他のお客さんもいるのに。恥ずかしさをごまかす様に私も手を動かして食べることにした。
「ん、あ、美味しい」
ホイップクリーム、この量だととてもじゃないけど一口をたくさん食べないと余ってしまう、と思いパンケーキの割合から計算して多めに乗せて食べたけれど、思った以上に軽い口当たりで、くどくなくてすっと消えていって、パンケーキもまだあたたかく素朴な甘みと相まってとても美味しい。
「ふふ、でしょ! 量あるけど味変も全部美味しいからね」
「うん、ありがとう」
よかった。これなら私も一緒に楽しめそうだ。飲み物もコーヒーにしておいたし、口の中をリセットしながらならなんとかなるだろう。これで恵に気を遣わせず、遠慮なく楽しむ恵みを楽しむことができる。
私は苦手意識の食わず嫌いで先週のデートを先送りにしてしまったことを恥じつつ、これからは恵のおすすめは全部前向きに受け入れようと心に決めた。
「……」
と思ったのもつかの間。半分ほど食べたところでだいぶきた。そもそも量が多いのもあり、まだ気分よくお腹いっぱいだが、これ以上は気分が悪くなる。そんな予感がある。とはいえ、半分は食べられたのだ。十分だろう。持ち帰りをお願いしたらいいかな?
「? どうしたの? もしかしてお腹いっぱい?」
「うん」
「じゃあ私食べるね」
「え? 食べられるの?」
「え、う、うん……ご、ごめん。卑しかったよね。普段からしてるから」
もう自分の分をぺろりと食べきっている恵に思わず聞き直してしまった。私の問いかけに身を小さくしてしまう恵に、慌てて私は自分のパンケーキから一口分をカットする。
「そんなことないって。ちょっとびっくりしたけど助かるよ。はい、あーん」
「えっ!?」
「あっ」
そして急いで差し出してから、すごく驚いてる恵の反応に自分がしたことを自覚する。恋人にあーんしてしまった。普段から一人前を食べきれないことが多いので友達にわけたりよくしていたのでつい。
「あ、あーん」
「あーん」
でも、出したのをひっこめるのも。と迷っていると恵が真っ赤になりながらも口をあけてくれたのでそっといれる。
「え、えへへ。朋美ちゃんに食べさせてもらうと、もっと美味しいね」
真っ赤な顔で咀嚼してから、にへらと笑って恵はそんな風に私をフォローしてくれた。その包み込むような優しさと笑顔に、私は心臓を高鳴らせながらもっともっと恵に食べさせたいという欲求のまま、最後まであーんをした。
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