第18話 特殊犯罪対策課6係 ー 1
ゆらゆらと、湯気が立ち昇っている。
湯気の元は、戸倉さんが淹れてくれた緑茶だった。湯呑みは、幸介と、それから対面する係長席に腰を下ろした清水さんの前に置かれている。
戸倉さんと少女は、自席らしき後方の席からこちらを見つめていた。
ゆらゆら。湯気が揺れる。
白い靄の向こう側で、清水さんが口を開く。
「とりあえず、訊きたいことを言ってくれるかな?」
「訊きたいこと……ですか?」
拍子抜けな第一声に、戸惑ったのは幸介の方だった。てっきり、諸々の事情の説明を、彼らの都合でイチから捲し立てられるものだとばかり思っていたから。
そんな幸介の心情を察してか、清水さんは言った。
「現在君が置かれている状況は、単純に説明するだけでもかなりややこしいものがある。君の脳みそが、それらを僕の言葉一発で完璧に理解し切れるとは到底思えない。だから疑問点から潰していくんだ。質問に回答を行うことで、両者ともに状況への理解を深めていく。授業後に先生に質問する生徒は大概成績がいいだろう? それと同じ理屈さ」
幸介は考えた。考えた末、思い浮かんだ最初の疑問をぶつけた。
「ここはなんなんですか」
「内閣府特殊情報局、特殊犯罪対策課六係。そう言ったつもりだったけど?」
「そうじゃなくて……その、廊下にいた熊とか、ネズミとか……」
「魔獣―――」
瞳をスッと細めて、清水さんは言葉を紡いだ。
「―――そう言ったら、君は信じるかな?」
「……」
幸介は視線を伏せた。考えていたのは、森で遭遇した狼のことだった。
少女は狼のことを『マジュウ』と呼んだ。熊は引っ越し業者ではなく、ネズミは書類運搬機ではない。鷲が自販機で飲み物を買うなど言語道断であり、マネキンが人のように仕事をこなす時代はもっと未来の話。
しかしそれらの事象は、全て現実の代物として幸介の瞳に焼き付いていた。記憶にしっかりと刻み込まれていた。
故にこれは、信じるとか信じないという次元の話ではない。理解するかしないかの次元の話なのだ。
ゆっくりと、幸介は頷いた。
よろしい。そう言って清水さんは言葉を継いだ。
「魔獣というのは、そうだね、使い魔みたいなものだと思ってくれて構わない。動物とか人形などの対象物に、僕たち魔術師が魔力のコアを埋め込んで使役するんだ。君が廊下で見た熊もネズミも魔獣。森で君を襲った動物も魔獣。ああ、君を助けた彼女もまた、魔獣だよ」
促すように投げられた清水さんの視線を追って、後方を見やる。そこには、森で自らのことを魔獣と称していた少女の姿があった。貼り付けたような無感情の瞳が、こちらを見ていた。
幸介はなにも言わなかった。言うべき言葉が見つからなかったのだ。熊やネズミ、そして狼と同列に並べ語られた彼女のことを、どう呑み込むべきなのか惑ってしまったのだ。
幸介が黙ったままでいると、清水さんは感心したように言った。
「驚かないんだね」
少しの間を置いて、言葉を返した。
「そう自己紹介されましたから」
だが言葉とは裏腹に、変わらず幸介は惑っていた。しかし惑っていたからこそ、敢えて深く考えるのをやめることにした。今は少女のことよりも、自分の置かれた状況を理解することが先決であると判断したのだ。
清水さんの言葉からは、聞き覚えのあるワードがもう一つ飛び出している。
『マリョク』と。
少女は森の中での通信の際、そのワードを口にしていた。
仮に『マリョク』が『魔力』であるとした場合、『マジュツシ』は『魔術師』というふうに解釈することができる。
加えて、彼は『マジュツシ』の存在を『僕たち』と語った。複数形を意味するその言葉の中には、きっと戸倉さんだけでなく、施設内の廊下ですれ違ったありとあらゆる人が含まれているのだろう。
視線を戻して、清水さんを見据える。
整理した情報を確認するように、幸介は問いかけた。
「魔力……魔術……、そういう超常現象が、実在するってことですか」
「半分正解」
調子のいい声色で、清水さんは言った。
「でも半分不正解だ」
【次回:特殊犯罪対策課6係 - 2】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます