第17話 内閣府特殊情報局 ー 3

「へっ―――?」


 素っ頓狂な声が口をついて出る。


 熊のときとは別の意味で、思考が止まったのだ。


 アクリルケースに整然と並べられたフィギュアも、等間隔で天井から吊り下げられたタペストリーも、それらは全て美少女キャラクターのものだった。スカートの中とか、胸の出し具合とか、ちょっと際どい感じのやつもあった。


 部屋の中には二人の人間がいた。


 一人は森で会った少女だった。森では見かけなかった黒いチョーカーを首に巻き、幸介と同じ病院着のまま脚立に登って、タペストリーの紐を天井のフックにかけている。


 そしてもう一人は部屋の奥にいた。スーツ姿のダンディな中年男性が、ドアを開けた戸倉さんを見て、しまった、という顔をしていた。


「か、か、り、ちょ、おお~⁉」


 荒ぶった声を上げたのは戸倉さんだった。感情の乗った足音をズンズンと響かせてダンディに歩み寄り、その胸ぐらを思い切り掴み上げた。


「これ以上グッズ増やさないでくださいって、言いましたよね? ね? ねえ⁉」


「い、いや、増えてない! 増えてないよ! 本当だって!」


 かかりちょおお―――係長(?)と呼ばれたダンディは、ブンブンと首を横に振って戸倉さんの言葉を否定する。


 しかし戸倉さんが腕に込めた力は弱まる気配がない。むしろ更に力を加えて、彼の体を宙に浮かせんばかりの勢いである。


「だったら四十六号にやらせてるのはなに⁉」


「あれは……、ほら、タペストリーの位置調整を……」


「見たことない絵だったけど?」


「それは……、新作が出たからで……」


「つまりまた増やしたと?」


「いや、増えてないのは本当だよ。だって作品は同じだもん。作品は、増えてない」


 ブチッと音が聞こえた気がした。それが戸倉さんの頭から鳴った音だということは、想像に難くなかった。ダンディの表情が青く染まる。恐怖に震える瞳を動かし、なんとか助けを求めようと視線を巡らせる。


 その視線が、幸介を捉えた。


「津山幸介くん!」


 まるで水を得た魚のように元気な声で、ダンディはその名前を呼んだ。


「そうだそうだ。戸倉くんには彼の事情聴取をお願いしていたんだった。こうして連れてきてくれたってことは、彼女と証言が一致したってことで、いいのかな?」


「……」


 戸倉さんは黙った。ダンディを睨みつけながら。胸ぐらを掴み上げながら。しかしその表情はなにかを思案しているようでもあった。


 ダンディは笑っていた。乾いた音が、口角から漏れ出すように発せられていた。やがて戸倉さんは盛大な溜息を吐いた。感情を投げ捨てるように、ダンディの胸ぐらから手を離した。


 解放されたダンディが、咳込みながら床に座り込む。


 その姿を見下ろしながら戸倉さんは言った。


「証言は一致しました。四十六号の記憶に差異はありません。また、記憶が操作された可能性もありません。彼は、完全に巻き込まれた側の人間です」


 戸倉さんの話を聞いたダンディは、また笑った。今度は呆れたように、鼻を鳴らした笑い方だった。


「それはまた不幸なことで……」


 ゆっくりと立ち上がり、憐れむような視線を幸介へ投げた。


「自己紹介が遅れてすまないね。僕は清水篤司しみずあつし。役職は係長―――つまり、ここの主だ。他の二人のことは既に知ってるよね。戸倉千明くんと、四十六号だ」


 ダンディ―――もとい清水さんの声に促されるようにして、戸倉さんの苛立ちを纏った視線がこちらを向く。


 四十六号と呼ばれた少女の、ぼんやりとした視線がこちらを向く。


 三者三様の視線を一身に受けながら、幸介はその言葉を聞いた。


「そしてようこそ。内閣府特殊情報局、特殊犯罪対策課六係。―――通称、いきもの係へ」


【次回:特殊犯罪対策課6係 - 1】

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