第19話 特殊犯罪対策課6係 ー 2

「半分、ですか」


 うん、と清水さんが頷く。


「魔術が実在する。ここは正解だ。だけど超常現象ってわけじゃない。魔術は、人類史におけるれっきとした技術の一つなんだよ」


「技術?」


「科学と同じさ。元になる力があって、それが一定の法則を以って事象を引き起こす。この場合、魔術における力とは、魔力だ。ここまでは想像がつくかな?」


 清水さんに問われ、幸介は頷く。


 よろしい、と告げ、彼は言葉を継いだ。


「では魔力とはなにか。それは人や動植物、この世のありとあらゆる生命体が持つ生命力のことだ。人も、熊も、その辺の草花も、多かれ少なかれみんな魔力を持っている。その魔力―――つまりは生命力を駆使して事象を引き起こすのが、僕たちの言うところの魔術というわけだよ」


 説明されたところでよくわからなかった。故に幸介は問いを重ねた。


「魔術にはなにができるんですか?」


「なんでも」


「なんでも?」


「うん。なんでも。まあ実際には、だいたいのことは、って感じになるけど。たぶん、君がパッと想像できる程度のことなら、問題なくこなせると思うよ」


 促され、少し考えてみた。


「箒で空を飛ぶとか」


「余裕だね」


「杖の先から水鉄砲」


「お望みならぶっかけてあげようか」


「透視」


「今日の戸倉くんのブラの色でいいかなァァァァァーッ!」」


 突然、清水さんの左眼球が弾けた。しかし弾けたように見えたのは、彼の眼前で炸裂した液体の方だった。液状の弾が、彼の眼球目掛けて飛んできたのだ。


 目を丸くして幸介が振り向くと、そこには湯呑みに注がれていたはずの緑茶の中身を手のひらで弄ぶ戸倉さんの姿があった。しかし、実際に彼女の手のひらの上に緑茶がそのまま乗っているわけではない。目を凝らして見れば、湯気を纏った熱々の緑茶が、野球ボール程度の球体と化して宙に浮いている。


 原理がまるでわからなかった。それと同時に、これが魔術なのだと強制的に理解させられたような気がした。


 真空状態でもない限り緑茶は宙に浮かない。当たり前のことだ。しかし当たり前だと思っていたことが、現実として今、目の前で否定されている。緑茶は宙に浮いていた。


 真っ赤な顔で、戸倉さんは清水さんを睨みつけていた。恥も外聞も捨てたドスの効いた声でゆっくりと言い放った。


「目から飲むお茶は美味いかぁ? アァ⁉」


「いや、これはあくまでたとえ話でイヤァァァァァーッ!」


 清水さんが悲鳴を上げる。今度は弾道がしっかりと見えた。野球ボール程度の大きさに纏まっていた緑茶の中から、BB弾程度の小さな粒が弾として飛び出したのだ。


 緑茶は寸分の狂いもなく清水さんの右眼球に着弾した。両目を抑え、清水さんは呻いた。無理もない。なにしろ注ぎたてのお茶だ。それを眼球に突っ込まれた痛みと苦しみは想像を絶する。


 恐る恐る振り返ると、戸倉さんは色の消えた瞳で幸介を見ていた。あんたも飲みたいの? と訊かれたので、首をブンブン振ってお断りした。


 そう、と戸倉さんは呟いた。わざとらしくフン! と鼻を鳴らして、残った緑茶を自分の湯呑みに注ぎ直す。


 視界の端で、フラフラと清水さんが身を起こした。


「とりあえず……魔術のことはわかってもらえたかな……?」


 幸介は頷いた。頷いておかないと、この人がもっとひどい目に遭うような気がしたから。


 しかし同時に、別の疑問も湧き上がった。


「あの、一ついいですか?」


 恐る恐る尋ねると、清水さんはタオルで顔を拭きながら、どうぞ、と手のひらで促した。


「魔術が便利な技術だってことはわかりました。いろんなことができるし、魔獣……熊とかネズミを従えることもできる。でもだったら、どうして魔術は一般に普及してないんですか。空を飛んだりとか、使えたらすっごい便利だと思うんですけど」


「いい質問だね」


清水さんは苦笑いを浮かべながら言った。


【次回:特殊犯罪対策課6係 - 3】

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