第14話 拘束 ー 4
短く息を吐き、しかし不安に駆られる心を必死に奮い立たせ、幸介は言った。
「そこまで知っているなら、一つ教えてください」
全てを話す覚悟はできた。しかしだからといって、幸介の側もタダで引き下がるわけにはいかなかったのだ。
知りたいことがあった。知っておかなければならないことがあった。だからこそ、敢えて威圧的な心持ちで戸倉さんの翡翠色を見据えた。
戸倉さんは、ふーん、と唸った。翡翠色の中に映るものを吟味するように、彼女もまた幸介を見据えていた。やがて戸倉さんは手のひらを差し出した。どうぞ、と言葉の続きを促した。
「僕と一緒に山に入った女の子は、どうなりましたか」
「それって、君のボスの桃生遥香のこと?」
静かに、幸介は頷いた。
クスっと笑ったのは戸倉さんだった。
「無事だよ。というか、事件に巻き込まれてすらいない」
「え?」
「警察に補導されたの。展望台に向かう道の入り口で変な踊りをしてる人がいる、って通報されて。本人はUFO召喚の儀式だとかなんとか言ってたみたいだけど……」
幸介は頭を抱えた。項垂れるのと同時に、深い溜息が出た。
よかった。心に抱いた安心感と共に、彼女の陥った状況のあまりの下らなさに呆れ返ったのだ。
なにが、ソースは私、だ。自分が真っ先に補導されているじゃないか。
はーちゃんへの恨み節をたっぷり込めた視線を上げ、幸介は言った。
「最初に僕が森に入った理由を深く突っ込まなかったのも、そのためですか」
「ああ、気付いてた? 彼女が警察であらかたゲロったからね。おかげでこっちは調べる手間が省けたよ。オカルト研究部……じゃなくて研究会、だっけ?」
研究会です。言葉を吐き捨てるように、幸介は言った。対照的に、戸倉さんはどこか勝ち誇ったような表情をしていた。
なんだろう、勝ち負けの問題というわけではないのに、こういう表情をされると自分がコテンパンにやられてしまったような気分になる。
幸介は男の子だった。男の子であるが故に、負けっぱなしでいるのはどうにも癪に障る。しかしその一方で、彼女に勝てるだけの身体的な自由も、情報も、今の自分は持っていない。だからこそ、投げやりな言葉で幸介は告げた。格好悪いことを自覚したうえで、それはせめてもの抵抗のつもりだった。
「女の子とキスしました」
「キス?」
見るからに意表を突かれた戸倉さんが、素っ頓狂な声を上げた。
やってやったぜ、と思った。
「キスって……、あのキス? 魚じゃなくて?」
「どのキスかはわかりませんが、ご想像通りだと思います。女の子に助けられて、身体検査されて、そうしたら生き残りの狼が襲ってきて、咄嗟に庇ったらそのまま転がって……」
「転がってるうちに……こう、チュッ、と?」
戸倉さんが小指同士をくっつける。恥ずかしいから変な言い方をしないでほしいのだけど。
黙ったまま頷くと、戸倉さんは身を乗り出して言葉を継いだ。
「それからどうなった?」
「僕は気絶したんだと思います。記憶が曖昧なので。ただ、女の子の姿が変わったような気はします。こう……鎌を持った感じで―――」
「死神」
幸介が語るよりも早く、戸倉さんは自らその言葉を紡いだ。それはつまり、彼女が少女の正体も、その姿についても情報を握っているということの証明でもあった。
短く息を吐き、戸倉さんは言った。わかった。椅子から立ち上がった彼女が指を鳴らすのと同時に、幸介の四肢を拘束していた枷が全て外れた。何事かと目を丸くして見上げると、戸倉さんは思案しているようだった。
大丈夫? いやでも。と、独り言のように何度も自問自答を繰り返していた。
やがて考えが纏まったのか、翡翠色の瞳がこちらを見た。
「場所を変えましょう」
そう言った。
【次回:内閣府特殊情報局 - 1】
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